0012 少女の辱め
先ほどの店の料金は割り勘だった。エヴァンがご馳走するといったものの、魔王様が施しなど受けんと頑なに拒否したたからだ。もちろん、モルミーレが粉砕したコップはエヴァン持ちだったが。
先ほどの有耶無耶になった、魔王さまのボロ屋の近所のおばさんの話だが、エヴァンはそのことについて、「これからダグニクスの館に用事があるんだ。隙を見てカマ掛けてみるよ」と言って、噴水広場から東側にある領主の館に向かって歩いていった。もちろんシャルをおいて。
かくいう俺たちだが、約束通り服屋に向かっていた。
太陽は噴水広場の真上から西の食品売り場の方に傾いており、夏の日差しがこの街の熱気を一層加速させる。街の作りは基本石造りだし、この人多さのせいで熱は篭もり、石窯の中で焼かれているみたいだ。
俺、魔王さま、シャルの三人が今歩いているのは噴水広場から南側の出口へと続いている。雑貨屋や服屋が立ち並ぶこの通りは、食べ物が並んでいた西側の通りに比べ人の数が多かった。
聞き耳を立てると、どうやらこれから来る貴族、えーっと名前なんだっけ。そう、イグニール・ライトウッドがこの道を通って東側の領主の館へと向かうらしい。
腐っても貴族。ライトウッドは結構有名な貴族の姓らしく、たとえ分家でも一目見ようと野次馬が集まってくるのだろう。
魔王様はというと、さっきの雰囲気とは打って変わって楽しげにヒールをカツカツと鳴らして歩いている。魔王さまのカツカツというヒールの音と、シャルのツカツカというロングブーツの足音がとても心地言良い。その担いでいる大剣かなり邪魔じゃないのかと疑問に思った。
俺はというと仕事柄、極力足音が出ないように歩くことを訓練されたため、タイルが張ってある地面でもあまり足音が出ない。クセになってんだ、音殺して歩くの。
ちなみに俺の靴は特殊で、板金が仕込まれているから蹴られたら滅茶苦茶痛い仕様となっている。
「幼女。服屋へ行くと言っていたけど宛はあるの?」
「幼女じゃなくて少女と呼べといったじゃろ!あてなどない!ふん!」
魔王様は再度、幼女呼称案を否決し鼻を鳴らした。
魔王様を『少女』と呼ぶことに戸惑いを感じながらも、アンスヘルム達との情報提供を促した。
「えーっと、少女様。アンスヘルム達にはこの事報告しなくていいのですか?一度戻ったほうがいいと思うのですが…」
勇者と会ったこと。
少しは解けたが、未だ勇者であるエヴァンに疑われていること。
人身売買に関与しているであろう貴族が今日こちらに来ること。
今夜パーティがあって何かしらの動きがあると予想されること。
そして、魔族もその人さらいに関与しているということ。
「うーぬ、確かにそうじゃの。どうにかして社交パーティに侵入しなくてはならないしの」
魔王様はパーティに行く気マンマンであった。俺も魔王様と一緒に踊りたい。
それを聞いたシャルは踵を返し、勇者エヴァンのところへ報告しに行こうとした。
「侵入するの?エヴァンに報告するから」
「ふっふっふ、いいのか、ハレンチ娘よ。」
ピタリと止まって青い髪を揺らしながら振り向くシャル。
魔王様は自分が優位に立ったと確信したのか、腰に手を当てドヤ顔で言い放った。
「お主が勇者に報告している間に私たちは姿をくらますのだが。いいのか?」
シャルはムスっとした顔になって魔王様を見ていた。。
「往くぞツカサ!」
魔王様はシャルなんてしーらないと言わんばかりの態度で俺の手を握って歩き出した。
魔王様の手小さくて柔らかくてかわいいかった。
それにしても魔王様!なんてゲスイ!俺の想像していた魔王像そのものだ!!
「幼女、汚い」
と、シャルは追いかけるように着いてきた。
魔王様も歩きながらナーッハッハッハっと高らかに笑っている。
魔王様の小癪な嫌がらせによって悔しそうな顔になったシャルは、鉄仮面だと思っていた俺にとって微笑ましかった。
魔王様もその表情の変化に気づいたらしいが、その表情の変化に対して誂うような追撃はしなかった。
「ではツカサ!とりあえずここの店に入ってみようではないか!」
魔王様が指さしたその店は、普段着売り場ではなくパーティ用の紳士服やドレスが並べれらている店であった。この店は他の店とは一層雰囲気が異なり高級感が漂っていた。
シャルも気づいたらしく、ダメというように手を広げて店内への道をふさいだ。
「ここでパーティの服買うつもり。それを許しちゃダメだと思う。」
「お、お主。少しは弁えたらどうじゃ。」
魔王様の目尻がピクピク動き、若干イラついていることが分かる。
「シャル。お前はエヴァンにこの方の邪魔をしろと言われたのか?」
ブンブンと首を横に振って否定する。俺はシャルに目線を合わせ、そしてにこやかに優しく説得した。
「んじゃ、大丈夫だ。俺たちはただ服を買うだけで、別にここで盗みを働いたり、悪いことをしようとしているわけじゃないんだから。シャルはエヴァンに言われたことをしっかり守っていればいい。わかったかい?」
「わかった。」
この少女、さっきから魔王様への反抗心だけで行動している気がするが、なんか微笑ましいからこのまま様子を見ておこう。
魔王様はというと、あっさり引き下がったことが不満だったのかヅカヅカと呼気荒く入店していった。こら魔王様はしたないですよ。
中に入ると、正面にパタパタとホコリを落としているメガネをかけたおばさんが一人と、奥の角で何から刺繍をしているおじさんが一人いた。
店内に飾られている服は豪奢なものばかりで、漆黒から純白、赤、青、紺と様々な色のドレスが並んでいた。男性服もタキシードのような服があり、色々な色、そして柄の蝶ネクタイが目立った。
「こーんにちはー!」
魔王様が元気よく挨拶すると、ホコリを払っていたおばさんがいらっしゃいませーと駆け寄ってきた。そのおばさんの従業員服も綺麗に刺繍が施されており、ここの店の腕が優れていることがわかった。
「えーっと今日はどのようなご要件で?」
店員は俺を見て話しかけてきた。当然だ、魔王様は傍から見たらただの幼女。妹かなにかだと思われているのだろう。
魔王様はそんなこと気にせず、俺とシャルを指差し続けた。
「えーっと、この男の服と、あそこの女の服の採寸をしてくれ。今日領主の社交界へ行くのだ。私はこの服で十分じゃろう」
シャルは店の中の入り口付近で、この店を観察しており、時よりドレスに近づいて生地を触っていた。多分魔王様の声は耳に入っていない。
「かしこまりました。少々お待ちください。…あんたァ!採寸して欲しいお客様がお見えになったわよ!」
刺繍作業をしていた旦那と思しきそのエプロン姿の男性は、せっせと立ち上がり、長い木の棒を持ってやってきた。
「いらっしゃいませ。サイズ図るんで手を広げてくださいな」
俺は言うとおりに手を広げ、サイズを測ってもらっている。その男の店員は所々その木の棒にぺんで印をつけてサイズを測っていた。
シャルも気になったのかこちらにぴょこぴょことやってきた。
「はい、んじゃ次そこのお姉ちゃん。あたしがサイズ図るから手広げてねー。この剣邪魔だからそこにおいておいてねー」
女性の店員はシャルの両手肘あたりを持ち上げて、サイズを測り始めた。
俺の採寸が終わったと同時に近くに寄ってきたシャルは何が起こっているのか分からずなすがままにサイズを図られている。
木の棒が誤って太ももに触れて変な声を出したシャルは、キッっと俺を悔しそうに睨みつけてきた。いや、俺は別になんも悪いことしてない。
「幼女、これは一体どういうこと。なんで私がこんな辱めを受けなくちゃならないの」
「何を言っておるのじゃ。お主も私たちと一緒にパーティに行くのだから当然じゃろ」
「聞いてない」
「今言ったからの」
また睨んでる。当然俺は何も知らない。
採寸が終わるとくたッとその場に座り込み、すっかり意気消沈していた。たかが採寸でここまで疲弊する奴も初めて見たがな。
「私、やっぱりあなた嫌い」
どうやら俺に言ってるみたいだ。何もしていないのに嫌われてしまった。
「俺はお前のこと嫌いじゃないぞ」
魔王様と仲良くしてくれてるし。




