0010 疑惑と怒り
「話を戻すね。で、王様直々に頼まれた僕は、僕でしか得ることができない情報網をたどってこの街にたどり着いたってわけ。」
「私たちを囲んだのはその情報網とやらを使ってか?」
「いやいや、君たちを見かけたのは偶然だよ偶然。あんな路地裏で幼女と真っ赤なネクタイのお兄さんが真剣な顔でお話していたら勇者の血が騒いじゃうでしょ」
魔王様は幼女という単語が出るたび「だれが幼女じゃー」と否定をする。
その、勇者の血とかはよくわからないが正義感があることは確かなようだ。ま、まあ、お、俺は魔王さまに手を出したりなんかし、しないけどな。
「で、僕も話したんだ。君たちはどこまで知っていて、何を目的としているんだい」
魔王さまと目配せをした。
『魔王様、今日も一段と可愛いですね』
『そうだの…。ここは先程の勇者の話も本当みたいだし小出しに話していくか』
だめだ。全く意思疎通ができていないみたいだ。
「よかろう。私たちもお主たちと同じく奴隷商人を追っている。」
「なんでだい?」
「同胞を救うのに、理由がいるか?」
「ははっ、勇者でもない君が正義感だけで捉えられた人間を救うってことかい!?余りにも苦しすぎないか?」
なんとまあ鼻につく言い方だ。
「私はこう見えて魔族じゃ。人間ではない。」
チラッとこちらを見ると続けた。
「私の友人が、その奴隷商人に捕まったのだ。」
別に驚いたりはしない。やっぱりそうか。そう思っていた。さっきは魔族を救うことを目的として云々かんぬんと言っていたが、エヴァンの言うとおりそれだけでは動機が軽い、正直軽すぎるといってもい。
魔王様の性格上、魔族である同胞を救うのも目的の一つになっていることも確かだろうが、それだけで動く程御人よしってわけでもないだろう。
イリーナが強い怒りを抱いていたのはそういう理由か?もしそうなのだとしたらイリーナの怒り具合を思い出すに多分かなり親密な友人だったのだと思う。
「えー、あんた魔族なの!?角とかないし全然見えないわアッハッハ」
モルミーレの小馬鹿にするように体を乗り出して魔王様をジロジロと見た。
魔王様はたじろいでいたが俺は流石にその態度には腹が立った。
「言葉に気をつけろ。嘲るは自らの言動を省みてからにしろ。その首の上に引っ付いているのは飾りか」
「…んだとゴルァ」
モルミーレは、声を落として静かに怒りを顕にし、既に空になったガラスのコップを粉々に握りつぶした。
うん、もうこの女に口答えするのやめよう。
「おいモル!お前も知っているだろ。魔族は地域や人によっては差別の対象となっている。軽々しく、魔族だどうだっていうもんじゃない。それにほら、手のひらにガラス刺さってるじゃん。見せて」
モルミーレの手の平のガラスを丁寧に取っていくエヴァンに、ぶーと口を尖らせるモル。短気で、馬鹿力で痛覚も鈍いってこの女とうとうやばいな。
モルミーレは続けた。
「えー、でもそうやって魔族だからーって言って特別扱いするのもおかしくねー。私別に魔族が嫌いなわけじゃないしね。そういう行動や発言こそが差別なんじゃないの?私は平等に接してるつもりでいっているんだよ。そ・れ・に。」
視線の先にはジュースがおいしいのかご機嫌にストローを吸う魔王様。
「つるぺた幼女みたいなかわいい魔族は興味あるかも!!」
身を乗り出して魔王さまを見つめるそのは目をキラキラ輝いていた。魔王様は体をのけぞってモルミーレのスキンシップを避けた。
お前そっちの気あるのかよォ!?と思わざるを得ない態度だ。
それに俺は魔族の差別云々じゃなくて口の利き方に気をつけろと言いたかったのだが。
「う、うむ。そのとおりだな。ツカサ、私はそこまで気にしておらん。けど・・・」
続けて何を言いたげだったが、そこはあえて言わなかった。
魔王さまは、『アンやイリーナのように中には傷つく魔族もいる』と言いたかったんだろう。
魔王様や人間になれるギンと違って龍族と鳥獣族は見た目も完全に魔族だからな。昨日の話を聞く限りじゃ、今日で差別でいろいろなことがあったはずだ。
「ほーらー幼女もこう言ってるじゃんか。だいたいよー、好き嫌いだってあるんだ。人間が嫌いな魔族だっているだろ?それが許されて人間が魔族嫌うのは許されないってどういうことだよって私は言いたいね。」
魔王様はさっきはすぐに続きを言わなかったが、このモルミーレの発言が気に障ったのか続きを口にした。
「モルミーレ、と言ったかの。お主はずいぶんと正直者だの。お主の言うことは十分はわかるが、心に深い傷を負っている魔族もいるのだ。全員が全員私みたいな人間の容姿に近い魔族ってわけじゃないからの」
「はーいすみませんでしたー」
何だその適当な返事は。わかってるのか。本当に怒っちゃうぞ、心の中で。
魔王様は申し訳なさそうに俺のほうを向いて話をした。
「そして、ツカサ。そこまで私のために怒ってくれるのは嬉しいが、なぜそうも肩入れするのだ?お主との付き合いは短いしそこまで気を使ってくれることはないのじゃぞ」
自分で言うのもなんだが、確かに俺の行動は常軌を逸している。魔王様のために川に飛び込んだり、物の怪のタックルの身代わりになったり。
俺が魔王様ために怒る理由?確かにかわいいしめちゃくちゃ娘にしたいと思っているがそういう親心からそうしているわけではない。本心をここで述べるわけにはいかないが俺は感謝していることを魔王様に伝えた。
「俺が拾われてから一週間、衣食住を提供してもらって感謝しています。そして、アンスヘルム達にも良くしてもらっています。だからせめてあなたのために尽くしたいというのは悪いことでしょうか。あなたが苦痛は私の苦痛です」
カーッ!我ながら臭い事を言ってしまった。
「ふふっ、まるで執事のようじゃの」
口に手を当てて笑う姿はなんとも上品だ。好きになってしまう。
「さっきから一向に話が進まないね。で、魔族の友達を救うって話だけど、どこまで情報を集めたのかな?」
「お主らは先程から自らの身分と目的だけしか名乗っておらん。人身売買に関する情報はひとつも話しておらんな」
「うーんそうだな…もし君たちが本当に奴隷商人を追っていてそして今この街にいるということはある程度は知っているってことだね。うーん、何から話そうか…。そうだ、これなんかどうかな。」
エヴァンは依然と、得意げに、堂々と言葉を紡いだ。
「魔族が魔族を攫っている、とか」
「どういうことだ。」
「どうやら知らなかったみたいだね。それか惚けているのか…」
魔王様は明らかに動揺していた。そりゃそうだ。
そして、隣に座るシャルは既に太ももの武器に手をかけており、モルミーレはメリケンを装着していた。モルミーレは例のごとく拳と拳を合わせてめちゃくちゃ悪い顔をしている。なるほどね…ファーストコンタクトの時からモルミーレがそういう態度を見せていたのはそういうわけか。
「僕はね、君たち二人を疑っているんだ。幼女が自らを魔族だって言った時は流石に驚いたし、その身分の高そうな格好で名前を明かさないんだ。」
勇者はニコニコと笑顔を絶やさずにいる。
「それに魔族と人間が二人きりで居るのって、すごい稀有な状況だってわかってる?」
「思慮が浅い俺には、なんのことかわからない。」
ここで下手に反論しても疑われるだけだ。それに、俺らの持っている情報ではこいつらのこの疑いを晴らす材料がない。魔王様が俺に話していない情報があれば話は別だが。
「惚けちゃって。君たち二人が、もしくはほかの仲間がいてそいつらと一緒に誘拐してるんじゃないかってことさ。」
机をバンと鳴らし、手を付いたまま魔王様は立ち上がって言った。
「いい加減にしろよ小僧。お主のその減らず口この場で二度と開かなくすることぐらい容易だぞ。」
喫茶店に緊張が走った。
魔王様の瞳は爛々と赤く輝いており、瞳孔は完全に見開いていた。
「まぁまぁ、落ちて着いて落ち着いて。ほら店員もこっち気にかけてるし。モルにシャル。それを仕舞って。僕たちは話し合いに来たんだからさ。」
魔王様が怒るのもわかるが、こいつの言い分もわかる。こいつが話しているのはあくまで可能性のはなし、さっきからこうやって煽っているのは俺たちがボロを出すのを待っているからだ。
だが、その目論見もハズレだ。魔王様はこうやってはっきり怒りを露わにしてみせたのだからな。感情での訴えだが、俺たちはこうするほかない。
それに俺は改めて魔王様を尊敬しなおした。魔王様が怒りを顕にしたのは自分だけでなくアンスヘルムやイリーナ、ギンまでがその奴隷商人だと疑われたからだ。自分だけでなく、自分の仲間たちが自らが追っている憎きその相手として疑われたら激怒するのは主として当然だ。
魔王様の見開いた瞳孔は、冷静さを取り戻したのか徐々に徐々にいつも通りへと戻っていった。
「悪かったよ。でも僕は本当に君たちを疑っているんだ。考えても見てくれよ。この日、この時、この場所に身なりのきちんとした魔族と人間が二人いるんだからさ。疑うのも当然さ」
「私はお前が嫌いだ。」
「ははっ、当然だ。嫌われるようなことを言ったんだから。」
魔王様はふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いて続けた。
「私たちが知っている情報は大きく分けて4つじゃ。一つは領主のダグニスク・バックハウスが人身売買に関与しているということ。二つ目は推測なのだが、誘拐を行っているのは街はずれの道だということ。3つ目は先ほど偶然聞いたことで今日来る貴族もそれに関わっているということ。最後にこれも偶然の賜物、領の小さな村に怪しげな奴らが出入りしており、領主の館でもそいつらと思しき人間を視たと言う人間がおったのだ。」
「随分と不確定要素が多いね。」
「全部噂なのだからの。火のないところに噂は立たぬというでないか。」
魔王様は俺が知りうる情報をすべて今話した。この流れで持っている情報を全部出すのは正解だ。魔王さまの激昂によって、エヴァン達の口ぶりから察するに俺たちへの人身売買への関与の警戒を少し弱めただろう。その間に素性を曝け出すのは心理的にも効果がある。
「信じるか信じないかはさておいて、僕たちの知らない情報のせいで君たちへの疑いも少し増したけどね」
こうはいってるが、大分俺たちへの疑いはなくなっているはずだ。それにこうなったら何を言っても俺たちの疑いが完全に晴れることはない。いたちごっこというやつだ。その疑いは俺たちの行動で晴らすほかないということだ。




