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ハッピーエンドにはまだ早い。  作者: 世野口秀
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第七話 「銃弾」


「へえ、そうかよッ!!」

 桃太郎は足元に落ちていた小石を蹴り、彼女の顔を目掛けて弾き飛ばした。彼女は頭を振って小石を避けるが、しかし桃太郎としては彼女が引き金を引くのがほんの数瞬でも遅れてくれればそれで良い。

 桃太郎は膝を曲げて腰を落とし、体勢を低くした状態で猟犬のように駆けだした。

 銃であれ弓矢であれ、飛び道具を持った相手と戦う時の鉄則として 師であった養父に叩きこまれたことはたった一つ。

『撃たれる前に討て』というシンプルな解だ。

 桃太郎は襤褸布の女がこちらに銃口を向ける前に、銃を叩き落とし 奪い取り そのままねじ伏せるべく一呼吸の間に呼吸を詰める。

(このまま潰すッ!!)

 矢を引き絞るように右手を引き、彼女の銃を奪おうとしたその時。

 襤褸布の女は桃太郎に銃口を向けることなく、そのまま地面に向かって発砲した。

 当然のことながら、地面に向かって撃たれた弾丸は地面に叩き込まれ――ることはなく、あろうことか そのまま向かい来る桃太郎の腹部 目掛けて跳弾した。

(――は!?)

 瞬きにも満たないような僅かな時間の切れ間の中で、桃太郎は自らの取るべき行動を取捨選択した。

 サイドステップで回避――間に合わない。

 胴体を捩じって回避――かわし切れない。

 防御――左手を捨てるか。

 しかしこれ以外の選択肢はない。

 桃太郎は腰の前に構えていた左手を突き出し、手の平で弾丸を受け止めた。桃太郎の肉体は鍛えられているだけでなく、生まれつき頑丈にできていた。それこそ鬼ヶ島の鬼たちとの殴り合いに耐えるほどに。

 襤褸布の女が持つ銃は日本で見た火縄銃よりも銃口が小さい。ならば自分の肉体であれば無傷では済まなくとも、左手を犠牲に弾丸を受け止めることはできる。

 その計算は当たってはいたが、しかし思っていたよりは幾らか違った。

「ッあああああああああああああああああああああああああああ!!」

 弾丸が桃太郎の左手に着弾した瞬間、爆発したのである。

鼓膜を殴りつけるような音とともに衝撃が襲い掛かり、彼は後方に吹き飛ばされ 背中から地面に倒れ込んだ。

 それでも最早 習慣のように体に刷り込まれた動きで、桃太郎は倒立後転のように 更に後方へと転がると両足を広げて地面に着け、右手で地面を押すようにして上半身を起こして体勢を立て直した。

「痛えッ!! 何なんだコレは!?」

 桃太郎が自分の左手に目を向けると、それは酷い有様であった。手の平の皮膚は吹き飛び、肉までもが抉れて指の中指と薬指の根元辺りに至っては骨まで見えている。

 あまりの痛みに指先を動かすことも ままならない。

「あの攻撃を受けて その程度で済む方が我としては驚きだ。左手が完全に吹き飛んでもおかしくはないと思ったが。……いや、防御したことの方が驚きだな。良く反応したものだ。もし防御が遅れれば見えているのは手の骨でなくハラワタだったぞ」

 左手首を握りしめ、出血を抑えつつ痛みを堪える桃太郎に対し、襤褸布の女は不敵な笑みを浮かべると、銃の取っ手のような部分――ボルトを引いて、空になった薬きょうを排出させると、襤褸布の隙間から取り出した灰色の弾丸を装填し直した。

「だが、我とて必要以上に苦しめる気はない。じっとしていれば余計な痛みは与えんぞ」

「こんなところで死ぬ気はねえよ」

 桃太郎は冷や汗を掻きつつも女に笑みを返した。しかし余裕があるわけではない。先ほどの攻撃のからくりは分からないままだ。

(銃弾のあの動きは知っている。跳弾と言う奴だ。昔 爺ちゃんに連れていかれた戦場で見たことのある光景だ。それは良い。だが……地面に銃をぶっ放して跳弾するもんか? アレは明らかに狙った攻撃だった。どういう仕組みだ? 加えて何故 弾が爆発した? あいつの持っている銃によるものか? それとも――)

 必死に思案する桃太郎に対し、襤褸布の女はわざわざ考える間などは与えない。今度は桃太郎の胸元辺りに銃口を向け、引き金を引いた。

(もういいッ!! 分からんものは分からん!! 間合いを詰めて潰すッ!!)

 桃太郎は再度 地面を蹴り、襤褸布の女に突貫した。

 そして自分に飛来してきた弾丸は、大きくしゃがみ込むことでかわす。どういう理屈で跳弾したのかは知らないが、自分の後方に流れてしまえば どうということはない。

 銃弾は桃太郎の頭上を掠めて飛んで行った。

「二度も喰らうかッ!!」

 そして銃を奪い取るために、体を沈めた反動を利用して襤褸布の女に飛び掛かろうとしたその刹那。

 僅かに見える女の口元に笑みが見えた。

 同時に桃太郎は女に飛び掛かるのを止めて、そのまま低い姿勢を保った。すると、さきほど通り過ぎたはずの弾丸が桃太郎の頭を掠めて戻ってきた。

(そうか! 後方の壁に弾を当てて真っ直ぐ跳弾させたのかッ!!)

 桃太郎の後方には先ほど乗り越えた木製の壁がある。あそこに弾を当てることで跳弾させたのだろう。

 しかし そんなことは普通の銃弾では無理だ。やはりあの女は何か特別な能力を有していたのだろうが、もう遅い。

 跳弾した弾丸は、今度は女を目掛けて飛んでいる。自分の撃った弾で自滅する、桃太郎はそう思ったが、しかしそれもまた違った。

 女は桃太郎が跳弾を回避することも読んでおり、手にした銃を使って弾丸を打ち返したのだ。まるで野球のバッターがボールを打ち返すように。

「ッあ!?」

 桃太郎は呻くような声を漏らしつつも、上半身を捩じって攻撃を回避した。だが、攻撃をかわすことが出来たのは上半身だけであり、銃弾は桃太郎の右足の脛の辺りを僅かに掠め――やはり爆発した。

「ぐぁああああああああ!!」

 弾は掠めただけであったが、爆発により桃太郎の脚の肉は大きく吹き飛び、血液と肉片をまき散らした。足の肉は大きく抉れ、見ているだけで口元を覆ってしまうほどに痛々しい。

 爆発の衝撃で またしても吹き飛ばされた桃太郎は、今度は受け身も何も取れずに地面に倒れ込んだ。

「ぐぅッ!?」

 うつ伏せになった桃太郎は、焼けるような痛みに顔を顰めた。左手だけでなく右足まで潰されては、走ることさえも敵わない。

「ふふふ。あのデスワームを倒したというから警戒していたんだが、我の敵ではなかったな」

「……クソッ! クソッ! クソッ!」

 勝ち誇るような女の笑みに、桃太郎は苛立ちを込めて三度 拳を地面に叩きつけた。歯を食いしばっても、女に勝てるわけではない。

 誘い込まれて、完全に嵌められた。

「我の勝ちだな」

 そう言って女は桃太郎に銃口を向けた。

 だがしかし、桃太郎はこんなワケも分からぬままに死ぬ気はない。最期まで足掻いてみせる。

「待ってくれ」

 桃太郎は赤く染まった左手を突き出し、待ったをかけた。襤褸布の女が、骨まで露出した桃太郎の手の平を見た時、僅かに銃口がブレたのを桃太郎は見逃さなかった。

「何だ……? 最後に言い残すことでも?」

 応える女の声は、やはり僅かに上擦っていた。


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