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ハッピーエンドにはまだ早い。  作者: 世野口秀
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第六話 「お命頂戴」

「いやー、王様マジいい人だったじゃん! 思ってたより気さくだし」

「そうですなー。正直ちょっとビビってたんですけど、良い人で良かったですぞー」

「あの方はよほど失礼なことをしなければ怒らんさ」

 城を後にした桃太郎、瑚白、ハンプティダンプティは馬車の中で寛いでいた。

 馬車の窓の外を見れば、まだ大勢の人々が桃太郎たちに手を振ってくる。桃太郎も微笑みと共に手を振り返した。

「うーん、別に何か打算的なことがあったわけじゃないけどさ。他人に感謝されるのは悪くない気分だな」

 そう言う桃太郎は本当に朗らかな笑みを浮かべていた。元々 根が単純で自己愛も強い男なのだ。褒められて悪い気はしない。

「ああ、ところで。この服って本当に貰っちゃっていいのか?」

 桃太郎は羽織の下のスーツをトントンと指先で尋ねながら、目の前のハンプティダンプティに尋ねた。

 瑚白は既に、王城で自分の元々着ていた和装に着替え直していたが、桃太郎は謁見の際と同じくジャケットの代わりに羽織を羽織ったスーツスタイルのままであった。

「構わないさ。俺様だってこの街の連中を助けてくれたことには感謝してる。そのお礼みたいなもんさ。そっちの少年のブーツもな」

 ハンプティダンプティは瑚白の足元に目を向けた。彼は服装こそ和装に着替えているが、履物はハンプティダンプティに貰ったブーツであった。和装にブーツを合わせているため、明治時代の女学生のようなファッションになっている。

「ありがたいですなー、履きやすくて助かりますぞー」

 瑚白が元々履いていた草鞋も相当に古くなっていた。元の妖怪の姿に戻れば靴など関係ないのだが、普段は人の姿で行動しているので靴が良いものであるに越したことはない。

 と、そんな風に穏やかな雰囲気の中で彼らが話をしている中で、桃太郎は窓の外に襤褸布を纏った人影を見つけた。いわゆる浮浪者か何かの類であろう。

 襤褸布をフードのように頭まで覆っているので顔は見えないが、足元は裸足で 襤褸の下からこちらをじっと見つめているように思えた。 

「この国は結構 豊かには見えるが、やっぱ浮浪者や孤児なんかも居るのかい? まあ、どれだけ国が豊かになっても あぶれるような奴は居るんだろうけどさ」

「何? ……それは確かに貧しい奴も居るには居るが、この辺りに浮浪者なんて居ないはずだぜ。王城に近いこの辺りは一級地だからな。地域全体を清潔にしているから浮浪者が漁るゴミはそのまま貧民街に運ばれるし。俺様もこの辺りで仕事をして長いが、浮浪者なんて見たことないぜ」

 何気ない桃太郎の言葉に、ハンプティダンプティはそう答えた。あっけらかんとそう言い放つ様子を見る限り、彼が嘘を吐いているようには決して見えない。

 しかし、ならば何故 あんなところに襤褸を着た人間がいるのか。

 更には、襤褸布を纏ったそいつは、桃太郎がこちらを見ていることに気付いたのか、慌てたように路地の奥へと走り去っていった。

「逃げ出したか。……気になるな。瑚白、先にホテルに戻っててくれ。ちょっとアイツ追い駆けてくるわ」

「え? オイオイ!? どうしたよ桃太郎!?」

「いってらっしゃいませー、ご主人」

 慌てるハンプティダンプティと慣れ切った様子の瑚白を残し、桃太郎は馬車から飛び降りると、地面を蹴って駆けだした。

 矢のように疾走する桃太郎は、直ぐに視界の中に先ほどの襤褸布を見つけた。慣れない路地ではあるが、脚は桃太郎の方が格段に速く、きっとすぐに追いつけるであろう。

 ――などと思っていたのだが、しかし距離が中々に縮まらない。

(アイツ……、どんどん足が速くなってないか?)

 いつの間にやら相当な距離を走ってきた。先ほどまでは裏路地でもキチンとフタのついた木製の大きな箱にゴミが詰め込まれ、整理整頓が行き届いていたのだが、だんだんとゴミがあたりに散乱しているのが目立つようになってきた。

 しかしそこで 路地を塞ぐように大きな木製の壁が作られていた。これであの襤褸布も足を止めるだろう、と思った桃太郎であったが。

「……」

 襤褸布は地面を蹴って大きく跳ねると、数メートルはあろうかという壁を一息に飛び越えた。

「マジかッ!! やべえなあ。アイツ完全に一般人じゃないなあ。嵌められたか?」

 そうは言いながらも、桃太郎とてここで引き返すつもりはない。

 彼もまた助走の勢いをつけたまま深く膝を曲げると、地面を蹴り抜くようにして跳び、壁を越えた。

 そこは これまでの整理された区域とは異なり、古びて あちこちが痛んだ家屋と廃品に溢れた区域であった。

 いわゆる貧民街といったところだろう。これまでと違って荒んだような雰囲気だ。

「……わざわざ ついて来てくれて感謝する。我としてはどうやってココまで誘い込もうか悩んでいたのだが、手間が省けた」

 襤褸布の下から聞こえた声は女性のものであった。彼女の言葉に対し、桃太郎は口元を大きく歪めて小馬鹿にしたような表情を浮かべた。

「やっだー、お姉さんの一人称って何? 我とか本当に使う奴いたんだ~! 某マジでびっくり~」

「一人称が某の奴にだけは言われたくない。……まあ良い。我はお前との遊びに付き合うつもりはない」

 彼女が襤褸布の下からずるりと取り出したのは、一丁の銃だった。桃太郎も火縄銃であれば日本で見たことがある。彼女の持つ銃も形状としては似ているように見えたが、しかし点火するための火縄が見当たらず、代わりに何やら小さな取っ手のようなものが付いている。

「ふふふ……。それでは、君の命。頂戴いたす」

 彼女は銃を構え、謡うようにしてそう言い放った。


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