第五話 「王子」
「魔法……ですか。それは耳慣れるもの故、某には分かりませんが 育ての親が言うには某の生まれは少々変わっているのだと。そのため、直ぐに信じてもらえるかは分かりませんが、これは決して僻事でも戯れでもございませぬ」
「生まれ? どのように変わっているのかしら? 焦らさずに教えてくださいな」
王妃もまた興味深げに桃太郎に尋ねる。調子に乗りやすい性分の桃太郎は、ここで僅かに破顔しつつも一呼吸貯めてから言い放った。
「何でも、育ての母が川で拾った大きな桃から生まれたのだと聞いております」
「「桃!?」」
彼の言葉に王も王妃も、更には周囲の大臣やハンプティダンプティまでもが どよめいた。
桃から生まれた人間など、このフェアリーテイルでも聞いたことがない。
「それは……真か?」
「はい、お天道様に誓って」
周囲はざわついているが、少々 調子に乗ってきた桃太郎は口に大きく笑みをたたえて話を続けた。
「某は不思議なことに桃から生まれ、育ての両親に拾われました。養父はかつて名のある流派で師範代をしていた拳法家でして、某もその技術を身に着けました。やがて その訓練の中で気づいたのですが、某はどうも人より頑丈なようでして。怪我をしても大抵は一晩 眠れば治り、力も並の人間よりも遥かに強い。生まれつき、そういう体質なのです」
「それは、桃から生まれたことと何か関係があるのかしら?」
「そうでないかと思っておりますが、実のところは良く分かりません。某の生まれた桃の木を探してみたこともありますが、結局見つからなかったもので」
「ほう……。うむ、凄い! 凄いぞ桃太郎!! もっと お前の話が聞きたい! 続けてくれ」
この荒唐無稽な話を信じるだろうか、とは桃太郎も思っていたが しかしそこはおとぎの国の王とその妃。
桃太郎の話をスンナリと受け入れ、彼の話を熱っぽく聞いていた。
やがて桃太郎が成長し、鬼退治のために旅立ち 瑚白と赤華を仲間にして、鬼ヶ島で激しく鬼と激しく戦う場面では 王も王妃も手に汗握り、やがて鬼と人間が和解する場面では穏やかな笑みを浮かべて話を聞いていた。
聞いていた以上に話しやすい国王たちである。
桃太郎の話に熱が籠っているというのも勿論あるだろうが。
「――そうして某は、見知らぬ人々であっても命は命と。一度 化け物の腹に飲まれた程度で折れてはならぬ、彼らを助けるために化け物を打倒さなくては、と。デスワームの中で激しく暴れ、腹をぶち抜き 更にはその顔面を殴り上げて討ち果たしたのでございます!!」
最後にデスワームを打倒した際の話を聞いた王と王妃は、思わず拍手までしており、実に愉快と言わんばかりの様子であった。
「うむ、面白い!! 桃太郎は腕が立つだけでなく、口も上手いな!」
「滅相もありません、国王陛下」
王の言葉に桃太郎は会釈した。彼の話に王たちが満足したようで何よりである。そんな和やかな雰囲気の中、突如 外から鐘の音が響いた。
教会の鳴らす正午を告げる金であろう。その音を聞いて王は名残惜し気な表情をしつつも、口を開いた。
「ううむ、もうそんな時間か。まだまだ聞きたいことはあったのだがな。スマンが、私たちにも政務があるのでな。もう時間がないようだ」
「いえいえ、本日はお招きいただきありがとうございました」
王の言葉に、桃太郎も瑚白も もう一度深く頭を下げる。
すると王と王妃は顔を見合わせ、大臣の一人に目を向けた。視線を向けられた大臣は両手を打ち鳴らして大きな音を立てた。
その合図で、使用人の男性が何やら絹製の包みの乗った盆を持って現れ、彼は桃太郎たちの前で片膝を突くと、盆を掲げるようにして差し出した。
「桃太郎、お主のお陰で大事な我が民たちが救われた。それはせめてもの感謝の気持ちだ。受け取って欲しい」
「……分かりました。ありがたく頂戴したします」
桃太郎はその包みを受け取った。それほど大きなものではないのだが、手にした瞬間ずっしりと重い。金貨か何かが入っているのだろう。
この国の金銭は有していないので、ありがたいものに違いはない。桃太郎が包みを受け取ると使用人の男性は下がっていった。
「ふむ。それと、もし何か他に欲しいものがあれば多少のものは用意させよう。何か希望はあるか?」
「そうですね。……モノではないのですが、二つほど伺いたいことが」
「何だ? 申してみよ」
王の返答を受け、桃太郎は恭しく頭を下げると一呼吸おいてから尋ねた。
「はい、これまで申し上げた通り、某どもは日本から漂流してこの国にやってきました。故郷の家族にせめて無事を知らせたいのですが、何か手段はないでしょうか? 手紙でもなんでもよいのですが」
「……ううむ、この国は日本との国交がないからな。私の方では日本と遣り取りできるルートは持っておらん。ただ港の方に行けば商船の一隻二隻ほどは日本への航路を知っておるやもしれぬ。一度そちらに向かってみよ」
「なるほど、そうですか。ではそちらに向かってみます」
「うむ、では二つ目は何だ?」
「はい、こちらに関しては大したことではないのですが。あちらに居られるお子様は、陛下とお妃さまのお子様でしょうか?」
桃太郎が視線を向けたその先に居たのは、精緻な意匠を凝らした王冠を被った可愛らしい少年であった。年齢は十歳にも満たないだろう。青い目とダークブロンドの髪が特徴的な子どもだ。
彼は王たちが使っていた通路からひょっこり頭を出して、桃太郎たちの謁見の様子をずっと見ていた。
誰も何も言わないので、桃太郎も訊くべきか悩んだのだが 誰も気づいていなかったようだ。
その少年に気付いた王は驚いて軽く目を見開き、王妃は「まあ!」と声を上げて両手で口元を覆った。
少年は気付かれてしまったので慌てて隠れようとしたが、しかし今更もう遅い。
「こら、待たぬか スキナー」
王に声を掛けられ、少年は恐る恐る謁見の間へと這入ってきたが、王妃が手招きすると彼は表情を明るくして駆け寄り、彼女の背中に抱き着いた。そして王妃の陰に隠れるようにして、顔だけを出して桃太郎の方をじっと見つめた。
「スキナー、そんな無礼なことをしてはダメよ。あの方々にご挨拶なさい」
「……スキナー王子と申す。初めまして」
王妃に促され、スキナー王子は蚊の鳴くような声でそう言った。やはり王たちの息子であるらしい。ただ威風堂々とした王にはあまり性格は似ておらず、引っ込み思案な様子であったが。
「やれやれ、相変わらず気が小さいな。……ああ、桃太郎。この子は確かに私とシンデレラの息子。名前をスキナーという」
「こちらこそ初めまして、王子。王子は何故 覗き見るようなことを?」
「その……とても強い異国の騎士が来たというから会ってみたかったけど。お父様とお母様にはダメと言われたので……こっそり」
「まあ、いけない子ね。これもお仕事なんですから、貴方が来るにはまだ早いのよ」
窘めるような口ぶりではあるが、王妃は彼を責める気はないらしく そう言いながらも優しく頬を撫でていた。
王もまた何やら思案するように髭を擦っていたが、一つ嘆息すると柔和な笑みを浮かべた。
「まあ悪戯なら私も散々やったからな。今回は許そう。これ以降は怒るがな。……桃太郎、多少 気が散ったかもしれんが、容赦してくれ」
「いえ、某は構いません」
「……桃太郎。もう お話は終いか?」
スキナーは桃太郎に話をねだるかのように、甘えた声を出したが 桃太郎は苦笑して返す。
「申し訳ございません。陛下たちのお時間がないようですから。もし、また呼んでいただければ、その時に幾らでも」
「本当か!? その時を心待ちにしておるぞ!!」
そういうスキナーの表情は明るく、存外に彼もまた父親のように冒険譚が好きなのかもしれない。
和やかな雰囲気で、桃太郎たちは謁見の間を後にした。