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ハッピーエンドにはまだ早い。  作者: 世野口秀
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第四十九話 「掴んだ幸せ」

 桃太郎たちが案内されたのは、優しい色合いの調度品で飾られた部屋だった。部屋の出入り口を守るようにして、一本足の錫の兵隊は扉の外に立ち、ドアを閉めた。

 中に入ったのはシンデレラ、桃太郎、瑚白、エル、そしてハンプティダンプティの五人である。

「どうぞ、座ってくださいな」

 シンデレラに促され、四人はソファに腰掛ける。ハンプティダンプティの身体は横幅が大きいためやや狭いが、それでも座れないわけではない。

 テーブルを挟んでシンデレラも向かい合うようにしてソファに腰掛ける。

「ここは私の自室です。邪魔は入りせんので、ご安心を」

「そりゃあどうも。……で、わざわざお部屋まで招いてくれた理由は何ですか? お茶に誘われたわけでもないでしょうに」

「ええ、そうですね。時候の挨拶もいらないでしょう。単刀直入に言います。あなたたちの望みは何ですか?」

「某としては、犯罪者扱いしたことを取り消して謝罪してくれればそれでいい。あとは自力で故郷に帰れればいい。いい加減に爺ちゃん婆ちゃんが心配する」

「ボクはご主人についていければそれでー」

「俺様もアンタが関係のない人間を巻き込んだことに関して謝罪して償ってくれれば、それでいい」

 桃太郎と瑚白は外国人であり、この国の内情には元々 興味関心はない。ただマイナスをゼロに出来れば良い。

 ハンプティダンプティもシンデレラのやり口は嫌いだが、それでも彼女が正しいことや善いことをしたことも知っている。ただ断罪する気にはならない。

「我は貴様を殺す。それ以外に望みはない」

 しかしエルだけは別だ。

 彼女だけは王妃(シンデレラ)に対し直接的な恨みを持っている。彼女だけはシンデレラを許していられない事情がある。

「あなたも分かっているはずですよ。私を殺しても黒綴りは消えない。殺人鬼になるか、誰かの運命を奪うことでしか、その本の呪縛からは逃げられないんです。あなたのために相応しい人間を見つけ、運命を奪うサポートをします。それで何とか——」

「何とかなるわけがないだろう」

 エルの口調は落ち着いているように見えた。

 しかし、彼女は血が滴るほどに唇を噛みしめて怒りを抑えていただけだった。目は怒りで充血し、全身の毛穴からシンデレラに対する怒りが噴出しているように思える。

「何とかなるわけないだろう。やっと掴めると思った幸せを、貴様が奪ったのだ。上げて落としたのは、貴様だろうが。だったら我も、貴様を上げて落とす」

「その復讐の先に、何もないとしてもですか?」

「復讐の先に何があるかを貴様が決めるな。あるだろうが、貴様を殺した達成感や爽快感というものがッ!!」

 エルの怒りは抑えきれなくなった。

 ソファの革を強く握りしめるあまりに爪が大きく食い込み、呼吸はまるで肉食獣のように荒々しいものになる。

 もしエルが暴れても抑えられるように、桃太郎と瑚白は座ったまま重心を前に出す。

「……分かりました。ではこうしましょう」

 と、そこで。シンデレラは唐突にソファから立ち上がると、床に膝をついた。

そして親指以外の右手の四指を地面につけると、額から脂汗を滲ませて浅い呼吸を繰り返す。

「おい、あんた何をする気だ?」

 異様なシンデレラの様子に桃太郎も眉根に皺を寄せ、瑚白やハンプティダンプティだけでなく、エルまでもが戸惑う。

 だがシンデレラは周囲の様子を気にも留めず、意を決して四本の指に体重をかけて——へし折った。

 ぺきぺきぺきぺきっという軽い音が響き、遅れて激痛がシンデレラの脳を走った。

「あああああああああ!! (つう)ぅうううううあああああ!!」

 シンデレラはあまりの痛みに絶叫し、あり得ない角度で反り返った指にエルを含んだ四人も硬直した。

「な、何をしてるんだ貴様はッ!! 何がしたいんだ貴様はッ!!」

「あ、あなたが望むなら……。私は、幾らでも骨を折る。あなたが自分でやりたいなら……好きに痛めつけてくれていい。で、でも。お願いです。身勝手なことは分かってるんです。それでもお願いです。……命だけは、助けてくれませか?」

 シンデレラは額を地面に擦りつけるようにして嘆願した。

 日本の土下座のような形式的なものではなく、ただひたすらに頭を下げていた。

「な、何を言う!? 頭を下げられたくらいで、許せものかッ!! 我が、我がどれだけ……ッ!!」

「わ、分かっています。……私も同じだったから。私もやっと掴めると思った幸せを奪われて、それでも必死にここまで……来たんです。やっと幸せになれたんです。不器用だけど優しい夫と、何よりも守りたい子どもができたんです」

「……ッ!!」

「おねがいじまずッ!! もう少しだけ、家族と一緒にいたいんでずッ!!」

 シンデレラの顔は涙でぐしゃぐしゃになっており、何時もの美しさはなく、喉が詰まって奇麗な声も出ない。

 しかしだからこそ彼女の必死さがエルには分かった。

 エルもシンデレラの気持ちは分かるのだ。きっと彼女もかつて、エルのように誰かに幸せを奪われたのだろう。

 それでも、やっと掴んだ幸せがこれなのだろう。

 きっとエルでも、その幸せを手放すことはできないだろう。

「だが だからこそ許せないッ!!」

 エルはソファから立ち上がり、隠し持っていた六連発型回転式拳銃(リボルバー)を抜いた。

(いつの間に——⁉)

 桃太郎も琥珀も彼女がそんなものを持っていることは知らなかった。いや、実際に彼女はリボルバーなど持っていなかった。

 これは先ほど近衛騎士隊長の横を通り過ぎる際に、彼の腰に合ったものを掏り取ったものだ。桃太郎に小銃を奪われても、エルはシンデレラを殺すことを諦めていなかったのだ。

 動揺した桃太郎達よりも、エルの方が 動きが速い。

 この銃に装填されているのはエルの灰の銃弾ではなく、単なる鉛玉だ。跳弾させずにそのまま撃てば間違いなくシンデレラを射殺できる。

 エルは銃の撃鉄と起こし、引き金を引——。

「待って!!」

 しかしそこでドアが開け放たれ、少年の声が部屋に響いた。


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