第四話 「王の興味」
「やあ、ハンプティダンプティから話は聞いている。お主が桃太郎か。ふむ、思っていたよりも若いな」
髭をさすりながら王はそう言った。
荘厳な服装や喋り方などの影響で、少々老けて見えるが恐らく年齢は三十代半ばといったところだろう。
思ったよりも若いというのであれば、桃太郎から言わせれば王の方が若いと言える。
「はい、お初にお目にかかります。日本という国からやってきました、桃太郎と申します。どうぞ、よろしくお願い致します」
「同じく瑚白と申します」
そう言って深く頭を下げる二人に、応は苦笑しながら応える。
「何、そう固くなるな。気楽にせよ。私はお主らの話が聞きたいだけでな。あのデスワームを単騎で討った男など、興味が湧かざるを得んよ。私も多少は剣の心得があるが、しかしアレを一人で倒すことなど到底出来ん。どのような武器を使ったのだ?」
桃太郎が王の手を見遣ると、成程。
確かに王の手には、長い修練の果てに出来たであろう剣ダコが見え、服の上から見ても筋肉が発達しているのが見て取れる。
話に聞いていた通り、活動的な王であるようだ。
「いえ、某は武器を使ってはおりません。育ての父が拳法家でしたので、私の武器はこの身一つ。徒手空拳が信条でして」
「何? 素手であの化け物を討ったと言うのか!? ハンプティ! そこまでは聞いておらんぞ」
「はい、黙っていた方が驚かれるかと」
ハンプティダンプティは悪戯っぽく笑った。彼の笑みに、王は額に手を当てて目を見開いていた。正しく信じられないといった面持ちである。
「なるほど。そうか……。まさか それほどとはな! いやあ驚いたぞ! 王として座して10年経ち、それなりに見聞を広めたつもりであったが、まだまだ世界は広いのう!!」
しかし やがて王は感心したように膝を打ち、大きな笑みを浮かべた。度量の広い王である。
そんな王に対し、焦れたように王妃が彼の袖を引いた。
「王、私も興味がございますのよ! 一人で熱くならないで下さいな!」
「ん? おう、済まぬ。桃太郎、瑚白よ。此方は我が妻。名を『シンデレラ』という。良くしてやってくれ」
王がそう述べると、王妃は居住まいを正し優しい笑みを浮かべた。窓から差した陽の光が彼女のダークブロンドの髪を明るく照らし、足元のガラスの靴も日光を受けて輝いている。
「初めまして。異国の方々。私はシンデレラと申します。私が相手の時はそう固くならずとも宜しいですよ。元は平民の出ですから」
そう微笑むシンデレラは、実に美しい女性であった。その美しさに誰もがひれ伏さざるを得ないような、圧倒されるような美しさを持っていた。
シンデレラ。
冷たい継母と二人の義理の姉から冷たい仕打ちを受け続け、灰の溜まった部屋の隅でしか休むことのできなかった彼女は、いつの間にやら灰を被ったように薄汚れていた。
だから継母たちの付けたあだ名が『灰被り(シンデレラ)』。
しかし幸薄いシンデレラは、優しい魔女の魔法により美しいお姫様に変身し、見事 王の心を射止め、ガラスの靴の導きにより灰を被っていた少女は本物のお姫様になった。
この国の誰もが知り、そして誰もがうらやむサクセスストーリーの主人公。
そう、それが今 桃太郎たちの目の前に立つシンデレラであった。
(綺麗な人だ……。こんな人が世の中に入るのか。世界ってのは広いなあ)
(凄いですなー、本当にきれいなお方ですぞー)
あまりの美しさに、桃太郎も瑚白も息を呑む。もう何度もあったことのあるハンプティダンプティでさえも、彼女の美しさにはため息が出る。
アメジストのような紫色の瞳に、磁器のように白い肌、ギリシャ彫刻のように均整の取れたスタイル。更には立ち居振る舞いまでもが洗練されている。
十人がすれ違えば、十人が跪くほどに美しい女性だった。
「どうだ? 美しい妻であろう? これほどの女が居ては側室を取る気にもならん」
「まあ、初めてお会いする方の前で。そのような惚気話をするものではありませんよ」
王の言葉をシンデレラは窘めるが、頬は赤く染まっている。満更でもなさそうだ。
仲睦まじいその光景に、桃太郎も笑みを浮かべる。
「仲が良いご夫婦なのですね」
「まあな。自慢の妻だ。……っと、話が逸れたな。私が聞きたいのはお主の強さの話だ。流石にただの筋力だけではあるまい。お主の拳法では魔法でも使うのか?」
そう尋ねる王の目は、まるで魅力的な玩具を見つけた子どものように輝いている。どうやら本当に、王は武技に興味津々らしい。