第四十四話 「決着」
「二つ? おいおい何だ? ああ、もしかして某がカッコいいことに気が付いちまったか? たっはー! 自分でもそう思うわ」
「いや全然違うわ。……お前が目を閉じているのは、何か特別な理屈があるもんじゃない。ただ、俺の速さに惑わされないためのものだろ?」
怪物の言葉に桃太郎の眉がピクリと動く。
その反応で怪物は自分の考えが正しかったのだと確信し、口元を緩めた。
「……はー、まあいいぜ。これくらいなら気づかれても気にならねえわ」
仕方なく桃太郎は肩を竦めて答えた。
そう。桃太郎が目を閉じていたのは、何も目を瞑ることで速さが増すような能力を持っているわけではない。
怪物の速さについていけないのは、一瞬で距離を詰められることに桃太郎の感覚が追い付かないからだ。十あった距離が零になるから対処が遅れるのである。
であれば、最初から距離が詰められた時点で対処するようにすればいいのだ。
「予め目を閉じ、俺が姿を現した時の物音だけで対処する。ほとんど自己暗示じゃないかと俺は思うが、効果は実際にあったようだな」
「まあな。確かに自己暗示かもしれないが、ほんの小さな自己暗示で動きってのは変わってくるもんだよ」
目を瞑る。
それは人間にとっては非常に影響の大きなことである。人間が受けている情報の大半は視覚から得ているからだ。それだけ我々 人間にとって視覚は重要なものなのだが、逆に言えばそれだけ処理を視覚に割かなくてはいけない。
目で追えないものを見ても仕方ない。
ならば耳で追えばいいだけ、それが桃太郎の出した結論だった。
「それに、月のない夜にも戦えるよう目を閉じて戦う訓練もしてきた。足音とか衣擦れの音で相手がどう動くかも手に取るように分かる。別に今更お前が何に気付こうと、某には関係ないよ」
「ああ、そうだな。なら、これでどうだ」
怪物は、まるで散歩でもするかのように、ゆったりと足を前に出した。
それは一歩だけではない。突然の行動に対し驚きを隠せないままでいる桃太郎に対し、怪物は悠然と歩き やがて桃太郎の間合いに入る一歩手前の位置で足を止めた。
「お前が視覚を捨てるなら、俺は速さを捨てる。拳を出せば届く距離なら、細かいことは関係ない」
「……へえ、そうかよ」
初めて怪物と戦った時に気が付いたが、彼の武術は間違いなく我流のものだ。誰かに師事して習得した技術ではない。
移動やパンチそのものは早くとも、技を繰り出すまでがあまりにも遅いのだ。
そうでなければ、桃太郎も目を閉じた程度でこれほど容易く怪物の攻撃を避けることはできない。
人間に拒絶されて生きてきた怪物が、誰かに技術を教えてもらうというのは考えてみれば確かに難しい話だ。
だからこそ、怪物は技術ではなく速さで勝負を仕掛けていたのだが、しかし
彼は速さを捨てた。これは単なる自己暗示のようなものではない。
『覚悟』だ。
討たれる覚悟で討ちにいく。腹を括った結果が、この間合いなのだろう。
「いい加減に俺も内蔵が掻き回され過ぎてな。自己回復には時間がかかるし、走るにしても速度が落ちる。ならば、一撃に全てを賭ける。今お前がやっているようにな」
「そっちも気付かれてたか……。それは予想外だったわ」
閉じていた目を開け、桃太郎は苦笑を浮かべる。
これが、怪物が気付いたもう一つのことであり、桃太郎にとって最大の秘密。
彼が生まれつき持っていた、能力に関することだ。
「お前がワームを倒したと聞いたとき、何かの冗談かと思ったよ。しかし本当にワームの腹には大きな穴が開き、顎は砕けていた。あれほどの攻撃を簡単に打てるなら、俺は最初の一撃で負けていた。しかし、そうはならなかった」
「……」
「発動条件があるんだろう? 威力を溜めて、攻撃を打つための条件が」
怪物は確信をもってそう答えた。
そう、その通りだ。
桃太郎が生まれつき持っていた能力というのは、自分の中にパワーを溜め それを一気に開放するというものだ。
「『ぶん殴ったときに相手へ与えるダメージをゼロにする代わりに力を溜め、任意のタイミングで殴った相手にすべてのダメージをまとめて返す』。それが某の生まれつき持っている能力だ。理屈や原理は知らんけどな」
桃太郎は能力をあっさりとバラした。といっても、どうせ気付かれていたのだから桃太郎本人はあまり気にしている様子はないが。
「しかし、何時 気が付かれたのかは問題だ。お前、某の能力にどうやって気が付いた?」
「最初に戦った時、地面を踏むようにしていたろ? あの動作の後に、それまでのお前の力では到底 起こせないレベルの震脚を起こしていた。それに、さっきから右拳の攻撃が異様に軽い。そこに疑問を持ち、答えにたどり着いた」
「あー、だろうな。攻撃が軽すぎて気付かれるんだよなあ。まあ、四発分は溜めたからよしとするか」
今更 騒いでもどうにもならない。
桃太郎も怪物も行く道は互いに一つ。
「タネも仕掛けも割れちまった。だがありがたいことに、一歩踏み出せば拳が届く距離だ。なら、洒落臭いのは終いだ。どっちの拳が強いのか、試そうぜ。怪物」
「望むところだ、人間。……俺は王妃様のために、必ず勝利を捧げるッ!!」
怪物の方が、体格が大きい分 腕も長い。それはつまりリーチも長いということであり、一見すると桃太郎の方が不利に見えるが、しかし桃太郎のリーチも短くはない。
一歩踏み出し、カウンターで合わせれば十分に届く売る範囲だ。
相対する二人は、それぞれに構えをとる。
桃太郎は左手を軽く下げ 右拳を顎の前に置き、膝を軽く曲げていつでも踏み込めるように姿勢を整える。
対照的に怪物は腰を落とし、左手も右手も低い位置で軽く握りしめて構える。重心も低くしており、飛び込んでくる桃太郎を迎え撃つ構えだ。
二人が構えをとると、それぞれの右腕に変化が起きた。
桃太郎の右腕には赤い燐光が煌めき、対して怪物は右腕から激しい紫電が迸る。
この一撃に、全てを賭けているのだ。
構えたまま二人は動きを止め、辺りに響くのは弾けるような紫電の音だけだ。
(おいおい、マジか。ここで決着がつくか!?)
物陰に隠れ二人の様子を眺めていたハンプティダンプティは、足元に落ちていた小枝に気付かず、『ぱきっ』と乾いた音を立てた。
——直後、二人は同時に動いた。
轟くような雷鳴と突き崩すような衝撃。森に落ちていた枯葉が舞い上がり、衝撃で森全体の木々が揺れ、周囲の小鳥の群れが高く飛び立った。
そして、決着がついた。




