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ハッピーエンドにはまだ早い。  作者: 世野口秀
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第四十二話 「ワイルドパンチ」

 おかしい、何かが。

 それが怪物の覚えた感覚だ。

前回 戦った時には対処できていなかった動きに、桃太郎は確実についてきている。

「どういうカラクリだ? お前」

「カラクリなんてねえよ。言ったろ? お前のやり口を覚えたって」

 紫電が弾ける度に姿を消す怪物。桃太郎はそれをぎりぎりで回避するのがやっとだったはずだ。

 ところが今の桃太郎は、全て余裕を持った動きで回避していた。

「……このッ!!」

「へいへいへーい、遅いぜデカいの」

 どんなに素早い拳を繰り出しても、風に揺れる柳のようにゆらゆらと柔らかな動きでかわしていく。

 前回の戦い、といってもそれは前日の話だ。

 たった一日で人間の動きが速くなることはない。

 何かの漫画のように重りを外せば速くなるかもしれないが、しかし桃太郎はそもそも重りなど身に着けていなかった。ならなぜ早く動けるようになったのか。

 恐らくは、彼が目を閉じていることと関係があるのだろう。

 桃太郎は先ほどからずっと目を閉じたままで戦っている。まともに考えれば戦っている途中に目を閉じるなどありえない。

 瞬きすらも命取りになるのだから。

 だが桃太郎は目を閉じたまま、怪物のすべての攻撃をよけ続けていた。

 攻撃が当たらないことにいい加減に焦れてきた怪物は、舌打ちを一つこぼすと地面を蹴って空高くに跳びあがった。

「じゃあ、これでどうだッ!!」

 雷鳴が轟き、怪物の右拳が青く光る。宙で振り下ろされた怪物の拳から一発の雷撃が下された。

 だが桃太郎は怪物が跳躍した時にはすでに構えていた。腰を落とし、四足動物のような低い姿勢で駆け出し、森の中へと飛び込んだ。

 落雷をかわせるほどに速くはなくとも、雷が落ちる前に離れておけば攻撃をくらうことはない。

「……ちッ!!」

 森の中に姿を隠され、怪物は舌打ちした。

 どこに行ったのか目を凝らして周囲を探りつつ、タイミングよく膝を曲げることで着地の衝撃を緩和し——。

「しゃあオラッ!!」

「何ッ!?」

 しかし着地の瞬間に背中側から数発の連打を食らい、思わず怯んだ。

 桃太郎は森の中から回り込み、怪物の後ろを取っていたのだ。

「離れろッ!!」

「おっと!! 危ねえ!!」

 怪物は桃太郎の腕をつかみ取ろうとしたが、その前に桃太郎が距離と取って離れる。最初から怪物相手に乱打戦に持ち込むつもりはないのか、先ほどのパンチもジャブのように軽いものだった。

「やれやれ、また掴まるとシャレにならないからな。じわじわ削らせてもらうわ」

 一時 目を開けていた桃太郎だったが、彼はそう言うとまたしても目を閉じ、深く息を吐きだした。

「……ふん、蚊でも止まったかのようなパンチだったがな」

「ああ、実際 蚊も止まってたよ。虫には気を付けような」

 挑発する怪物に対し、桃太郎は軽薄な笑みを浮かべてそう返す。口喧嘩では桃太郎の方が一枚上手らしい。


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