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ハッピーエンドにはまだ早い。  作者: 世野口秀
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第四十一話 「水面を歩いて」

 料理を終えた後の高熱のフライパンに数滴の水を垂らせば、すぐに熱で蒸発してしまうだろう。

 だが、逆に大量の水を掛ければ熱を奪われて急速に冷えていく。

 何時だって何だって物量というのはあらゆるものを押しつぶしていく。

 そしてそれは今回も同じことだった。

「がああああッ!?」

 全身の毛並みを逆立て炎をまき散らすヴェラヴォルフも、始めは荒れ狂う水を全て蒸発させようとしていた。

 しかしそんなものは、焼け石に水ならぬ海原に焼け石といったところ。

 ヴェラヴォルフの放つ熱よりも、奪われていく熱の方が大きくやがて彼の身体は荒れ狂う波に飲み込まれ、その全身の炎が完全に鎮火した。

 空高く打ちあがった水柱の一部は水蒸気となったものの、その大半は単なる海水のままだった。海水はその中にヴェラヴォルフを閉じ込めたまま、水面へと落ちていき大きな波しぶきをあげた。

 水面を軽やかな足取りで進みながら、瑚白はその様子を眺めつつ落とすようにして呟いた。

「……分かっていましたぞ。君たちが自分たちと相性の良い相手を選んでいたことは」

 そう、まともに正面からやり合えば瑚白はヴェラヴォルフには勝てないし、エルはスズの兵隊に負ける。桃太郎も一度は怪物に負けている。

 それは何故か。

 怪物たちがそうなるような相手を選んだからだ。

 もし錫の兵隊と瑚白が戦えば瑚白の圧勝だ。

 どれだけの分身で攻めてこようと、瑚白は単なる鉛玉程度であれば容易くつかみ取ることができ、錫の兵隊くらいなら容易く嚙み千切れる顎を持っている。

 そもそも悪妖であったころには、大勢の武者を蹂躙していたのだ。瑚白は対集団戦能力には長けているのである。

 そしてエルの場合は、敵に気付かれずに狙撃して一撃で相手を倒すことができる。怪物の動きは確かに俊敏だが、例えどんなに足の速い獣でも四六時中 走っているわけではない。

 足を止めたところで撃てばいいのだ。怪物は大層 頑丈な体であるようだが、それでも五回ほど跳弾させれば手足を飛ばすほどの威力にはなるだろう。

 また、桃太郎の場合はヴェラヴォルフを倒すことができる能力を持っていた。多少の制約はあるものの、彼は巨大なデスワームの腹を撃ち抜くほどのパンチ力を有しているのだ。

 彼ならばヴェラヴォルフを一撃で倒すことも可能だ。

 また、エルなら下手をすると子どもの姿をしたヴェラヴォルフに対して引き金を引くことはできないかもしれないが、桃太郎なら重傷にならない程度の加減をして倒すこともできるので、彼なら躊躇いなく倒せるだろう。

 そう、つまりは相手方が相性の良い手を出してきていたから初戦は後れを取ったのだ。

「君たちはボクらのことをある程度 知ってから襲ってきたみたいだったね。それはいいさ。戦いだからね。でも、今回は相性の良い相手をボクらが選ぶこともできたけど、そうしなかった。何でか分かりますかなー?」

 海の水面を揺らす波紋の中心に目を向けたままに、瑚白は一度 言葉を切ってから話を続けた。

「負けっぱなしは性に合わないからですぞ。ボクもエルさんもご主人も。それだけの話です」

 瑚白は何時の間にか少年の姿に戻っていた。

 そして静かに海面に浮かんできた小さな子どもの狼を抱っこした。

「殺せ……。俺は負けた」

 口調はシリアスだが、しかしその子狼の声はまだ声変わりしていない子どものように高く、思わず瑚白は笑みを漏らした。

「わざわざ殺しはしませんぞ。もう戦いは終わりましたからなー」

 優しく子狼を抱きかかえた瑚白は、水面を歩いて森へと足を向けた。

 桃太郎とエルの戦いはもう終わったかと思いを馳せながら。


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