第四十話 「煽り耐性」
森の中を白い影と赤い閃光が駆け抜けていく。
一見すると美しい光景だが、もし目の前でこの光景を見たならば誰しも腰を抜かすだろう。
人間よりもはるかに大きな体躯をした獣など、それだけで恐ろしい。
しかし幸い、ここには彼らの姿を見て驚くような人間は存在しない。
二人——いや少なくともこの状況においては二匹が正しいのだろうか——は木々の隙間を滑らかに駆け抜けていく。
「ちょこまかと逃げやがって!!」
「君は本当に口が悪いですなー。カルシウムが足らんのではないですかな?」
苛立つヴェラヴォルフに対しおちょくる瑚白。
劣勢で逃げているはずの瑚白が自分に対して挑発してくるこの状況は、ヴェラヴォルフにとっては心地のいいものではなかった。
苛立ちは彼の心の中で燃え広がり、その身だけでなく心までもが焦げるように熱くなっていく。
ヴェラヴォルフのその苛立ちを瑚白はよく理解していた。
「ほーれ、ほれほれ~」
故にそのいら立ちを増長させるように、彼は尻尾で後方に向かって砂をまき散らす。それも一度や二度ではなく、何度も何度も執拗に繰り返す。
「……このッ!!」
「やーい怒りましたな~!」
更に苛立つヴェラヴォルフに、更に楽しそうな声を上げる瑚白。
いい加減に苛立ちが最高潮に達してきたヴェラヴォルフは、姿勢を低くすると全身の炎を一旦 収縮させる。
その直後、爆炎をまき散らしてヴェラヴォルフは瑚白に躍りかかった。
「いい加減にしろッ!! 犬野郎!!」
それはまるで一本の巨大な火炎の槍のように、尾を引いた赤光が砂塵のカーテンの先の瑚白を貫——かなかった。
「……え?」
目を開けたヴェラヴォルフの視界に移っているのは、一面に広がる美しい蒼。
彼はいつの間にか誘い出され、崖から飛び出してしまっていたのだ。
「海ッ!? 海だとぉおおおおおおッ!?」
彼は自分の視界に広がる青い景色に目を丸くした。
そう、この森は初めて桃太郎達とハンプティダンプティが出会った場所であり、そして海にほど近い場所に広がっているのである。
足の速い瑚白とヴェラヴォルフであれば、すぐにでも海へとたどり着く。とは言え、ヴェラヴォルフに瑚白の考えがバレると困るので、わざわざジグザグに走って遠回りしながらここまで来たのだが。
「そこまで慌てるってことは、やっぱり苦手なんですなあ。水が」
背後から聞こえた声に、ヴェラヴォルフは必死に首を後ろに回してそちらへ止め向ける。
そこにいたのは、水面に立って佇む瑚白の姿であった。
瑚白の能力は『対象物の状態に関わらず掴み取ることができる能力』である。その能力を応用すれば、彼は水面だろうが空中だろうが何であれ足場にすることができる。
彼にとっては水面も陸上も空気中ですら散歩道に過ぎないのだ。
「畜生!! こんな負け方して堪るか!!」
しかし、ヴェラヴォルフにも多少は似たようなことができる。
足の裏から火炎をジェット噴射のように放つことで、多少の推進力を得て空を飛ぶことができるのだ。
炎をまき散らし、必死に崖へと戻ろうとするヴェラヴォルフに対し、しかし琥珀は容赦などしなかった。
「いやあ、負けるんだなあ。それが」
瑚白の尻尾は海水の中に突っ込まれ、網状に分解・再構成された彼の煙は大量の海水をかき集めていた。
「っあ!? あああああああ!!」
「今更 逃げられませんぞー。これでも喰らっておいてくださいなーッ!!」
瑚白は海水を掴み、ヴェラヴォルフ目掛けて投擲した。海水は巨大な水柱となり、うねるような水流が赤熱の狼を飲み込んだ。




