第三話 「ガラスの靴の王妃様」
「いやー、しかし。少し格好つけたくらいでこんなことになるなんてなあ」
慣れない洋装に辟易しつつ、桃太郎は太い石柱の並ぶ廊下を歩いていた。彼は黒のスラックスと同色のベスト、その上にジャケット代わりの自分の羽織を合わせて、髪もキチンと整えており 普段の軽薄な様子とは大きく異なっていた。
と言ってもそれは見た目だけで、暖かな日差しを浴びて眠くなったのか 呑気にあくびをしていたが。
「結構 派手なことをしましたからなー」
その隣を歩く瑚白は、スラックスがショートパンツになっているスーツを着ていた。幼い見た目をした彼は、より一層 幼くなったことを気にしていたが、桃太郎の「いいじゃん。可愛いし、超素敵」という言葉に気を良くし、意気揚々とスーツを着ていた。
「やれやれ、自分たちのやったことを自覚してないのか? お前らのやったことは、これまでこの国が成し遂げることが出来なかったことなんだ。だから国王陛下に謁見する権利を貰えたんだぜ」
何処までもマイペースな彼らの少し先を行くハンプティダンプティは、後方を振り返りつつ そう言った。
そう。昨日、桃太郎と瑚白はこれまで街を苦しめていたデスワームを倒し、大勢の人々を救ったことで街の人々にそれは それは大きな歓迎を受けた。
出会う人 通りすがる人、誰からも拍手を受け、感謝の声を受けていた。
ワームの体液塗れになっていた桃太郎と旅の垢が溜まっていた瑚白は、街の人々に公衆浴場へ連れて行ってもらい、更には見かける人から酒を貰って食料を貰って騒ぎまくっていた。
また、桃太郎が助けた内のとある女性と赤ん坊――瑚白が出会ったあの親子なのだが――の亭主は街でも有名なホテルのオーナーであった。
『妻子を助けて頂いたのですから、ぜひ!!』
そう言われ、二人は初めて畳に布団ではなく ふかふかのベッドで眠り、旅の疲れを癒すために泥のように眠っていた。
そして今朝になって彼らの前に姿を現したのがハンプティダンプティであった。彼は一人ではなく、数人の使用人と思しき連中を連れて現れ 寝ぼけ眼を擦る二人にこう言った。
「よう、昨日ぶりだな。……実は、俺様は宮廷御用達のテーラーでな。お前らの話を国王陛下と王妃様に話したところ、ぜひ会いたいと仰せだ。どうだ? 城に来てくれないか? 恐らく結構な額の謝礼も出るぞ」
謝礼にも心惹かれるが、それ以前に一国の王と王妃の誘いを断るほど桃太郎たちも馬鹿ではない。
ハンプティダンプティに用意して貰っていた衣服に着替え――桃太郎は自分の羽織だけは譲らなかったが――彼らは王城へと向かった。
そうして現在、彼らは王たちに拝謁するべく謁見の間に向かっているのである。
呆れたようなハンプティダンプティの言葉に、桃太郎もまた肩を竦めて応える。
「俺はむしろ お前がそんな仕事の出来る奴だってことに驚きだよ。そんなに偉い奴が木の枝に登って降りられない なんてな」
「ほっとけ! 新しい服のデザインを考えるために、インスピレーションを求めてたら ああなったんだよ! 俺様はクリエイティブな仕事をしてるんだ!」
「それはそれとして、ボクらこの国の儀礼にはそんな詳しくないのですがー。よろしいのですかなー?」
と、瑚白が手を挙げてハンプティダンプティに尋ねた。一応 道すがら多少の礼儀作法は教わったのだが、しかし彼らは異国の平民でありこの国の礼儀作法には とんと疎い。
瑚白はその点に一抹の不安を覚えていたのだが。
「何、問題はないさ。言ったろ? この国には色んなおとぎ話のキャラクターが集まってるんだ。多種多様な文化や価値観のごった煮だからな、多少の礼儀は大目に見てもらえるさ。それに今の王はそういうことは気にしないんだ。何せ、豪商の娘だったとは言え貴族でない平民の女性を王妃にするくらいだからな」
「へー、それはすごいんですなー」
ハンプティダンプティの言葉に、瑚白は感心したような声を漏らした。一国の主が貴族でない女性と婚姻し、更には正室にするなど そうはない。
時折り侍女に手を出して妊娠させるような君主も居るのだが、しかしたいていの場合は金で誤魔化すか最下位の側室になるか と言ったところだ。
地位を無視して妃にするなど、よほどの思い入れがあったのだろう。
「ああ、でも。作法が分からないなら、分からないなりに気をつけろよ。俺様も一応 傍に控えてるが、流石に無礼なことをすれば多少の刑罰は下されかねんからな」
「分かってるよ。こっちだって少しは気を付けるさ」
分かっているのか いないのか、桃太郎は実に気楽な調子でハンプティダンプティに言葉を返した。
やがて彼らの前に、巨大な門が立ち塞がった。
鮮やかな装飾が施された門の前には屈強な二人の門番が控えており、明らかにこれまで見てきた部屋の様子とは異なる。
ハンプティダンプティが門番に片手を上げると、門番たちは重厚な扉をゆっくりと押し開けた。
その先に広がっていたのは赤いじゅうたんと豪奢なシャンデリアの目立つ、大きな広間であった。奥には階段があり、その頂点には金の装飾で彩られた二つの椅子が並んでおり、その後ろの壁には巨大な龍の紋章が描かれ、更に王族用のものと思われる通路も見える。
王族が謁見の間に入るときは、あそこから入るのだろう。
「失礼致します」
ハンプティダンプティは不安定な頭を下げて、会釈した。それを見て桃太郎と瑚白も同様に頭を下げてから、室内へと這入っていった。
謁見の間の両脇には、これまた煌びやかな衣装を着た者たちがズラリと並び、彼らは桃太郎たちに興味深そうな視線を送っていた。この国の大臣たちであろう。
「ハンプティダンプティでございます。客人をお連れ致しました」
ハンプティダンプティはそう言って、地面に片膝を突いて首を垂れる。桃太郎たちもまた、同じように膝を突いて首を垂れる。
その様を見て、大臣の中でも一際 派手な装束と立派なひげを蓄えた老人が鈴を鳴らした。
すると、頭を下げている桃太郎たちには見えないが、謁見の間の奥から硬い足音が響いて来、やがてその足音は室内にまで入ってくると、椅子に座る物音が聞こえた。
「苦しゅうない。面を上げて構わんぞ」
言われた通り、桃太郎たちは顔を上げた。
その先に居たのは、若くも凛々しい青い目をした王と、『ガラスの靴』を履いた王妃であった。