第三十話 「脱走」
ヴェラヴォルフを振り切るために迷路のように細くくねった道を飛ばし、自動車が疾走する。
「十字の方向!! 狙撃部隊!!」
敵の存在にエルが真っ先に気付き、声を上げる。
建物の屋根の上で銃列を敷いた金属の兵隊たちが、腰を落として小銃を構え 銃口をハンプティダンプティたちに向けていた。
乾いた銃声が鳴り響き、銃口から硝煙が立ち上る。
「……邪魔ですなー」
しかし琥珀の煙で作られた尻尾がすべての弾丸をからめとり、ガードする。
その間にエルは近くの壁に向けて発砲し、跳弾させた弾丸を兵士たちが足場にしていた建物の壁を壊すようにして着弾させる。
「うぉおおおおおっ!!」
「足場がッ!?」
「家の住人には申し訳ないが、これくらいは大目に見てくれ」
「仕方ねえだろッ!! そんなことを気にしてる場合じゃないぜッ!!」
エルの独り言のような呟きにハンプティダンプティが言葉を返し、ハンドルを切って兵士たちを残して突き進む。
ハンプティダンプティは、一体どこでこんな道を把握したのかという程 曲がりくねった道を実にスムーズに運転していく。
「しかし、あの兵士たちは至る所にいるな。どうなっているんですかなー?」
「どこかで本体が分身を生み出しているんだろうが、本体の見当がつかない以上 一体ずつ倒していくしかないな」
「ってうおぉおおおお!! おい!! お前ら!! 前を見ろ前をッ!!」
ハンプティダンプティの慌てた叫びに対し、エルと琥珀は一体何事かと前方へと目を向けた。
細い路地を抜け、いつの間にやら広い通りに出ていた自動車。
その先にあるのは祭りで興奮したのか、甲高い声を上げて笑っている子どもの集団であった。
彼らはハンプティダンプティたちの乗る自動車に気が付いている様子はなく、このままだと車にぶつかる。
ハンドルを切って子どもたちをかわせるほどに道幅に余裕はない。
「……ウッソ!! どうするんだ!? 何とか出来んのかハンプティダンプティ!?」
「逆にお前らがどうにか出来んのか!? 俺様は子どもを轢くなんて御免だぞ!!」
「まあ、そう慌てるものではないですぞー。
しかし慌てるハンプティダンプティとエルに対し、琥珀の様子は落ち着き払っていた。
琥珀は車から飛び降りると、地面を蹴って子どもたちの前に立ちふさがった。そのときにやっと子どもたちも琥珀や自動車の存在に気が付いた。
「うわ!?」
「何!? 何なの!?」
「はいはー、少しじっとしておいてほしいですなー」
彼の体からは薄い煙が立ち上り、その煙が広がっていくとそれはアーチ状に変化し子どもたちを守るようにして覆った。
「そのまま突っ込んでいいですぞー」
「い、いいのかッ!? 突っ込むぞ!!」
琥珀の言葉を信じ、ハンプティダンプティはアクセルを緩めることなく突っ込んだ。
自動車の車輪を琥珀の煙が『掴み』、足場となって支える。そしてスピードをできる限り減速させることなく車を走らせた。
「……重ッ!!」
人間の乗った自動車の重さに顔をしかめながらも、それでも琥珀は何とかその重さに耐える。ヴェラヴォルフの牙のように一点に集中するパワーには弱いが、それでも四つのホイールに重さを分散させれば支える程度のことはできるのだ。
車は琥珀の上を乗り越え、歪に跳んで宙を舞った。
その間に琥珀は後部座席のシートに自分の尻尾を引っ掛け、子どもらを覆っていた煙を解除、車に引っ張られて彼の矮躯も浮き上がった。
「じゃあねー、子どもたち。驚かせて申し訳ありませんなー」
琥珀はそれだけ言い残すと、尻尾で自分の身体を引き寄せ後部座席に飛び込んだ。その姿を、子どもたちは茫然とした様子で眺めていた。
直後に車が地面に激しく着地し、車体が大きく揺れた。
「ぐへっ!? 大丈夫か!? 俺様の身体どこか割れてないか!?」
「見たところどうということはない。もっと飛ばしてくれ」
「お願いしますなー」
「……はあ、卵遣いが荒いな」
愚痴を吐きながらも、ハンプティダンプティは車を走らせ続けた。砂塵を巻き上げ、町からの脱出を目指して彼らは突き進んでいく。
やがて町の出入り口である巨大な門が見えてきた。
その前には、なぜだか先ほどまでの兵士たちではなく一般的な鎧を身にまとった騎士たちが待ち構えていた。
「エルさん、騎士はボクが払うのであなたは門を」
「わかった」
エルは銃を構え、琥珀はいまだに目を覚まさない桃太郎を抱きかかえた状態で尻尾を上げる。
「止まれ!! そこのお前ら!! とまれ!! 貴様らは他国の間者である疑いがある!! 即刻止まれ!!」
盾を構えた騎士がそう叫ぶが、ハンプティダンプティは鼻で笑って後部座席の二人に尋ねた。
「なあ、止まれって言われて止まるやつ。俺様は見たことないんだがどう思う?」
「僕もないですなー」
「我もないな」
「じゃあ、そういう感じで行くか」
ハンプティダンプティは更にもう一段階 車を加速させ、騎士たちに突っ込んでいった。
だがそれに慌てたのは騎士たちである。
「と、止まれ!! 止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ!! 止まってええええ!!」
「君らが退けばいいのですぞ」
琥珀はあっさりと尻尾で騎士たちを払いのけ 道を切り開き、エル引き金を引いた。
跳弾という使用難易度の高い攻撃方法ではあるが、しかしエルならば動かない対象物に充てる程度は難しくとも何ともない。
周囲の建物や地面を複数回 跳弾した銃弾は威力を高め、門を破砕した。
「脱出ッ!!」
ハンプティダンプティはアクセルを踏み込み、彼らは町の外への脱走に成功した。
「……で、俺は本当にもう追わなくてよろしいのですか?」
人目につかぬように、屋根の上で体を伏せて車を目で追っていたヴェラヴォルフは、そんな質問のような独り言をした。
すると彼の脳内に直接 響くような声が返ってきた。
『ええ、かまいません。貴方達は人目に付きますから。彼らはそのまま一度 街の外へ出します。そのほうが都合もいいですし。Kやスズも一度戻って体勢を立て直すように連絡してあります。貴方も戻りなさい』
「畏まりました。では仰せのままに、王妃」
ヴェラヴォルフはそう答え、自らの纏ってい火炎を鎮火させ少年の姿に戻ると、そのままひっそりと姿を消した。




