第二話 「褒められて伸びる奴」
「……マジかよ。アイツ、食われちまった」
肩で息をしながら、フラフラと覚束ない足取りで走っていたハンプティダンプティは、桃太郎が食われる という悲惨な光景に膝から崩れ落ちた。
門の外の人々も次は自分の番だと悲鳴を上げる。
「きゃあああああ! 普通に食われたじゃないの!!」
「どうすんだよ!! このままじゃ俺達まで食われちまうぞ!!」
「ちょっと!! あの人は最強なんじゃなかったの!?」
桃太郎が颯爽と現れ、無意味に食われてしまったことに動揺した人々は瑚白に食って掛かった。
恐怖で半狂乱に陥った人々に囲まれた瑚白は。
「……あちゃー」
などと間抜けな声を上げた。
更には桃太郎一人では腹が満たされなかったらしく、デスワームは頭をもたげて大きな口を瑚白たちに向ける。
「うわああああああああ!! もう駄目だあああああああああ!!」
「誰でもいい!! 助けてくれぇええええええ!!」
「やだなあ、皆さん。慌て過ぎですぞー。まずは落ち着きましょうぞ」
泣きわめいて助けを求める人々に対し、瑚白は未だに落ち着き払っており、彼は静かにその場に腰を下ろした。
「この状況でどう落ち着けって言うのよ!!」
瑚白の傍に立っていた女性は、落ち着いた瑚白の態度にさえ苛立って声を荒げた。すると彼女が背中に背負っていた赤ん坊も、大きな声をあげて泣き始めた。
「びええええええああああああ!!」
「あらまー。参りましたなー。ほら、赤ちゃん。心配ないですよー。もう、終わりましたからなー」
瑚白は大きく太いその尻尾で、赤ん坊の頭を優しく撫でた。その感触が気持ちよかったのか、赤ん坊はやがて泣き止み「あうー」と興味深げに瑚白の尻尾の毛を掴んで遊んでいた。
「……え? もう終わったって。どういうこと?」
瑚白の言葉に赤ん坊の母は耳を疑ったが、しかしそれは聞き間違いでも嘘でもなかった。
彼女がデスワームに目を向けたその瞬間、ワームの腹がはじけ飛んだのである。
青い血と粘着質な体液、そしてコバルトブルーの臓器があたり一面に舞い散り、鼻を衝く刺激臭が漂う。
「ンンンンンアアアアアアアアアアアアッ!!」
生理的嫌悪感を覚えるデスワームの悲鳴が響き渡る中、デスワームの腹の大きな穴から人影が歩いてくる様子が見えた。
「うーん、ネバネバする。納豆を頭から被ったらこんな感じなのかなぁ。完全に罰ゲームじゃんコレ」
額に張り付いた前髪をかき上げ、姿を現したのは当然のごとく桃太郎であった。
デスワームの腹から生還した人間など、聞いたこともない。人々は大きく どよめいたが、しかし瑚白だけは彼が戻ってくることを信じていた。
いや、もっと言うなら知っていた。瑚白にとって桃太郎というのは、それだけ信じられる存在なのだ。
「もー、何をやってますかなー? その状態でボクの上には乗らないでほしいのですぞー」
「そう言うなよ。桃太郎さんも頑張ったんだぜ」
デスワームの臓器を踏みつぶしながら歩いてきた桃太郎は、瑚白の前に立つとそう言って笑った。
「が、あ。ンンンンンンああアアアアアアアアアアアア!!」
と、その時。デスワームは腹から大量の血液をまき散らしながらも、桃太郎をもう一度 喰らおうとした。
今度は丸呑みでなく牙を使って咀嚼してからだと言わんばかりに、デスワームは全体重をかけて牙を桃太郎に振り下ろした。
「やれやれ、元気に満ち溢れてるなあ。ワンパク小僧かよ お前。まあでも悪いな。まだ右腕にも『溜めてる』んだ」
桃太郎は右腕を大きく回すと、両足を肩幅に広げて 腰を落として構え、拳を緩く握りしめた。
「じゃあな、ミミズ先輩。来世ではもっと可愛げのある生き物に生まれ変われよ。爺ちゃん直伝。四木々流 冬の型ッ!! 『破城墜・逆天』ッ!!」
左足で踏み込みながら体を大きく沈みこませ 右拳は地面を掠めるような軌跡を描きつつも 右足のバネで全身を跳ね上げ 拳は天を打ち抜くように突き上げられる。
全身の筋肉を使って放たれた大きなスイングのアッパーは、デスワームの下顎を跳ね上げた。
デスワームの頭部は殴り上げられ、へし折れた牙はワームの頭を貫き 更には衝撃波で頭部が弾け飛んだ。
今度は内臓でなく、青い肉と血液 そして黒光りする巨大な牙を周囲にバラ撒いたデスワームは、今度は完全に沈黙した。
その光景に誰もが息を呑み、静寂があたりを包んだ。しかし誰か一人が小さなうめき声を漏らすと、周囲は興奮の坩堝と化し歓声に飲み込まれた。
「うおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
「すげえぞッ!! お前ぇええええええええええッ!!」
「あの化け物を倒すなんて!!」
城壁の上の衛兵たちも また銅鑼を鳴らし、歓喜の声を上げ 拳を突き上げていた。
「とんでもねえことになったぞォオオオオ!!」
「オイ!! 誰か上に知らせろ!! こりゃあ祭りだぞッ!!」
「うおおおおおおお!!」
自分を包み込む歓声に気を良くした桃太郎は、デスワームの粘液の気持ち悪さも忘れ、デレデレとした笑みを浮かべ 両手を振って応えた。
「あ、どーも どーも! もっと褒めてー!! 俺 褒められて伸びるタイプなんで!! できる限り積極的に褒めて下さいなー!!」
「はー、そうやってすぐ調子に乗るのは良くないですぞー」
瑚白が桃太郎を窘めるが、しかしもう長い付き合いだ。桃太郎がこういう性格であることは瑚白もよく知っている。
故に彼も桃太郎にそれ以上 何か言うことはなく人間の姿に戻って隣に寄り添った。
やっと門の近くまでたどり着いたハンプティダンプティは、歓声と拍手に包まれる二人の姿に言い知れぬ高揚感を覚え 思わず呟いた。
「――変えられるかもしれない。こいつ等なら」
桃太郎と瑚白の背中を見るハンプティダンプティの目は、赤々と燃えていた。