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ハッピーエンドにはまだ早い。  作者: 世野口秀
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第二十七話 「忠誠心」

 ヴィクター・フランケンシュタインという一人の学生がいた。

 彼は優秀な人間だったが、いつからか自分の手で『人間を創る』という野心に囚われ、墓を荒らして大勢の人間の死体をかき集めるようになり、やがて一つの身体を作り上げた。

 そしてその死体に命を吹き込むために、フランケンシュタインは避雷針で雷を呼び寄せると、その雷撃で死体にショックを与えた。

 実験は成功し、彼は死体に声明を与え世界で初めての人造人間が生み出された。

 だが、狂気に心を囚われていたフランケンシュタインは気が付かなかった。

 すぐれた知性と体力、そして人間の心を併せ持ったその存在は、酷く醜い容姿をしている怪物であったということに。

 実験が成功したことでフランケンシュタインは我に返り、彼はその怪物を捨てた。

 創造主に見捨てられた怪物は、その醜さから会う人間たち全員に嫌われ、疎まれ、蔑まれた。

 だから彼は、フランケンシュタインに自分の妻となる怪物を作ってくれるようにと頼んだ。

 人間には近寄らない、ただ愛し合える存在が欲しい。

 そんな怪物の願いを、フランケンシュタインは拒んだ。自分が作った怪物が繁殖することを恐れたのだ。

 人間に絶望した怪物は、復讐のためにフランケンシュタインの恋人や家族を次々と殺し、そしてまたフランケンシュタインもまた怪物を殺そうとした。

 しかし、結局フランケンシュタインは怪物を殺すための旅路の中で衰弱死し、怪物も焼身自殺によって自らの命を絶つことを選んだ。

 そうしてこの物語は終わりを迎える――はずだった。


「だが、怪物は死ねなかった。怪物は、全身を焼いても死ねない程の怪物だったのだ。だというのに皮膚は焼けただれ、より醜い化け物になってしまった。それが俺だ。創造主に名前すら与えられなかった怪物が、……俺なんだ」

 目の前の怪物は、そう言葉を締めくくった。

 先ほどの桃太郎のダメージが抜けない所為か、彼は額から冷や汗を流している。

 桃太郎は怪物に逃げられないように、彼の腹部を足で踏みつけて押さえつつ 手で口元を覆って彼の話を反芻していた。

 やがて桃太郎は口元から手を放し、前髪をかき上げた。

「……なるほどな。それで人間を嫌って、この国で傭兵――いや、殺し屋にでもなったってとこかな?」

「殺し屋か。まあ、あながち間違ってはいないな」

 怪物は自嘲気味に笑った。

 だが怪物の目の色を見た時、桃太郎は背筋が凍ったように冷たくなる感覚を覚えた。何故ならば、怪物のその目は決して何もかもを恨んで自棄になった人間のそれではなかったからだ。

 彼の目には、確実な生きる意志を感じさせる色があった。

「だが仕える相手は俺が選ぶッ!! 誰を殺すかは選ばんが、誰のために殺すかは俺が選ぶッ!! 俺は王妃様のためになら、誰だって殺してみせるッ!!」

 怪物は自分の腹を押さえていた桃太郎の足を掴んだ。万力のような握力の所為で、桃太郎の骨までが軋むような音が響く。

「お前に分かるかッ!! いや、分かるまい!! 創造主にも裏切られる怪物の気持ちがッ!! 死にたくても死ねない怪物の気持ちがッ!! 何よりも、そんな怪物をありのままに受け入れてくれた王妃様が、俺にとってどれだけ大きなものかッ!! 分かるまいッ!!」

 怪物は確実にダメージが蓄積しているはず、だというのに彼の力は一向に弱まらず、寧ろ強くなる一方である。

 しかし、これくらいは桃太郎も予想していた。

「四木々流 冬の型ッ!! (よろい)(どお)しッ!!」

 足を掴まれた状態でも、桃太郎は踵だけを浮かせて自分の体重を乗せて怪物の腹部を蹴りぬく。更にインパクトの瞬間に合わせて踵を支点にして捩じれを加えることで、相手の体内深くにまで衝撃を突き刺す。

 分厚い鎧で身を守る相手を攻撃するために生み出された技である。

「がふッ!!」

 桃太郎の蹴りは的確に怪物の内臓にダメージを与え、怪物は口から血を吐き出した。その隙に掴まれた手を振りほどこうとした。

 が、しかし。

「……ッ!! テメエッ!! テメエこの野郎ッ!! 手を放せよッ!!」

「そういうわけにはいかんな。ここまで打たれて何もお返しが出来んでは悪かろう」

 怪物は口から一筋の血を流しつつ、ニチャッと張り付いたような笑みを浮かべた。

 彼の身体が波打つような火花が散り、それはやがて怪物と桃太郎の両方の身体を包み込むほどに大きな雷と為る。

「弾けろッ!! 餓鬼がぁアアアアッ!!」

「がぁあああああああああッ!?」

 雷が落ちたかのような轟音が轟き、二人の周囲が焦土と化した。

 その場で形を成していたのは、桃太郎を見下ろすようにして立っている怪物と、膝立ちになって白目をむいて浅い呼吸を繰り返している桃太郎だった。

「お前も強かった。それは間違いない。しかし、俺の女王様に対する忠誠心の方が上だ」

 怪物もまた息を荒くしてはいたが、しかし目の色と呂律を確認する限り意識に問題はないようである。

「恨みはないが、お前は王妃様の幸福の邪魔だ。……ここで消えろ」

 怪物は止めを刺すために拳を握り固め、振り上げた。

 だがそんな彼の視界に 何か白く小さな塊が映り、咄嗟に怪物はその白いものを掴み取ろうとした。

「……卵?」

 そう、その白いものは卵であった。

 そして怪物が卵をキャッチしたその瞬間に、それは爆発して煙幕をまき散らした。

「げほっ! ごほっ! 何ッ!? 何だコレは!?」

 灰の中に煙幕が入り込み、更には目や嗅覚にまで刺激が広がり、五感が大きく鈍る。それでも必死に鼓膜に意識を集中させ、周囲の様子を探る。

 すると怪物の耳に何やら獣の唸り声のようなものが聞こえた。

 しかし これは獣の声そのものではない。もっと低く、腹の底から響いてくるような重低音である。

「こ、これは。まさかッ!!」

「桃太郎ォオオオオッ!! 掴まれェええええッ!!」

 煙幕を突き破って現れたのは、四輪自動車に乗って現れたハンプティダンプティであった。

 運転席から身を乗り出して、必死に手を伸ばすハンプティダンプティの声が桃太郎に聞こえたのか、桃太郎は緩慢な動きではあったが しかし確実にハンプティダンプティの手を掴んだ。

 ハンプティダンプティに引っ張られ、後部座席に転がり込むようにして跳び込んだ桃太郎は、やはり意識はないのか呻き声も上げない。

 だが それでもハンプティダンプティは桃太郎を救出することに成功し、アクセルを踏み込んだ。

 自分を残して疾走する自動車に、怪物は舌打ちした。

「チィ!! そう言えばアイツも一台 車を持っていたな。クソ鬱陶しい!! その程度の速さで俺から逃げ切れると――」

 怪物の周囲で紫電が舞い、彼は地面を蹴って駆けだそうとした。

 が、膝が笑って足を踏み出すことが出来ない。

「クソ!! 充電切れかッ!!」

 車に乗って逃走するハンプティダンプティを視界に捉えることしかできず、怪物は苛立ちに任せて拳を地面に叩きつけた。


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