第二十五話 「ヴェラヴォルフと薬莢」
家の屋根から屋根へと跳躍し、瑚白は疾走していた。足音をほとんど立てることなく、誰かの視界に映ることもなく奔る彼は、鼻をヒクヒクと動かしエルの匂いを辿っていた。
だが、そんな彼の鼻は火薬の匂いを捉えた。
「……弾薬の弾けた匂い? 確かエルさんは銃使いだったはず、何か関係がありますかな?」
瑚白は方向を転換させ、火薬の匂いを辿り始めた。
ところが、ふと彼の道を塞ぐように一人の少年が屋根の上に立っていた。
彼の頭髪は白と黒の入り混じった独特の色合いで、凛々しい顔立ちをしていた。見た目の年齢は十代前半かそこらで、人間の姿と化したときの瑚白と同じくらいに見える。
しかし、彼の纏う雰囲気は単なる少年のそれではなかった。
「……何かなー、君? 邪魔なんだけど」
「お前、瑚白だろ? 桃太郎の飼い犬の」
「ああ、その通りだよ。で、君は誰だねー? ボクが質問に答えたんだから、君にも応えて欲しいんだけどー」
「俺はヴァラヴォルフ。お前と同じ、化け物だ」
少年の全身を淡い炎が包み込み、彼の身体は炎と一体化していく。やがてその炎は形を変え、白と黒の体毛の入り混じる一頭の巨大な狼と化した。
人間と狼の狭間にある化け物、それ故に人狼である。
「瑚白、今からお前を殺す」
「へえ、そうですかなー。だったら、不意打ちしたほうが良かったですぞ?」
「……残念だがな、犬野郎。そんなことをする理由はない。なぜなら俺の方がお前よりも強いからだ」
全身に炎を纏い、巨大な火の玉のようになったヴェラヴォルフは火の粉をまき散らし、立っていた家の屋根を燃やしつつ、瑚白に牙を向けて飛び掛かった。
「そういう街に迷惑をかけるのは止めた方が良くないですかな?」
瑚白もまた全身から立ち上らせる煙を一層 濃くすると、彼の尻尾も太く大きなものとなり、瑚白はその尻尾でヴェラヴォルフの牙を容易く受け止めた。
「が……ッ!! グルアアアアッ!!」
ヴェラヴォルフは唸り声をあげるが、しかし瑚白の尾をかみちぎるどころか傷一つ与えることが出来ない。
いや、それどころか瑚白の尻尾から口を離すことさえもできない。
「まだまだ若いですなー、君は」
瑚白は屋根の上から飛び降りると、重力落下のスピードと威力を乗せてヴェラヴォルフを地面に叩きつけた。
激しい衝突音とともに あたりに火の粉が舞い散り、周囲が赤く染まる。
しかし建物は瑚白の出した煙に覆われており、周りに火が移って火事になるようなことはない。
「さて、エルさんを探さないとね。どこに行ったんですかなー?」
「お前こそ、どこに行く気だ?」
その声に瑚白が振り向いた時、火炎で形作られた巨大な顎が瑚白に迫っていた。
咄嗟に彼はバックステップし、そこから跳び去った。その直後に彼が一瞬 前までいた場所は火炎の牙に食いちぎられ、焼き尽くされた。
その様子を見て、瑚白は牙をむき出しにして警戒する。
「君……さっきよりも大きくなってないですかな?」
間違いなく、ヴェラヴォルフは先ほどよりも大きくなっていた。
彼の身体を形成する炎は勢いを増しており、距離を開けていても肌に熱を感じていることに瑚白は気付いていた。
「ああ、そうだな。……そしてお前のその煙、捉えたものの行動を阻害する効果でもあるのか?」
「応える義理はないですなー」
「そうか、まあ別にいいぜ。――熱で煙も何もかも焼き尽くせば良いだけだからな!!」
ヴェラヴォルフは火炎をまき散らし、再度 瑚白に踊りかかった。
銃声が空気を揺らし、振るえた空気がエルの鼓膜を叩きつける。
だが、それだけだ。
鉛玉そのものはエルにはかすりもしていなかった。
「遅いな」
エルが行ったのは 桃太郎がエルに対して行ったことと同じ、つまりは撃たれる前に距離を詰めて叩き伏せるということだ。
彼女は敵が発砲する前 瞬きのような僅かな隙をついて、足元の小石を正面に立っていた兵士 目掛けて蹴り飛ばした。
そして兵士が咄嗟に、銃の柄で小石を弾いた隙に地面を蹴って彼との距離をゼロに詰めると、そのまま兵士の鳩尾に肘鉄を叩きこんだ。
「ぬうおッ!?」
「君の銃、お借りするよ。返す当ては無いがね」
ベキョ!! という軽い音とともに、金属でできた兵士の身体は大きく歪んだ。
狙撃手たちの撃った弾丸も、影のように地を這い疾走したエルの身体を捉えることはできず、直ちに穴を穿つだけに終わった。
エルは兵士の後頭部を地面に叩きつけ、彼の持っていた小銃を奪い取ると近くの小屋の陰に隠れた。
敵の数はそれなりにいるようだが、射線が通らなくては狙撃手に撃たれることはない。
隠れたまま、エルは自分のポケットに入れていた灰の銃弾を装填し、息を整える、
(……こんな街中で襲撃してくるなんて、やってくれるな。間違いなく、この国の兵士ではあるんだろうが、こんなことをしてくるとしたら女王くらいのものか?)
だが、今までエルのことなど完全に放置していたというのに、なぜ今更 彼女を襲ったのか、もし理由があるとすれば。
「当然、桃太郎達との接触がきっかけだろうな。じゃあ、アイツらもまずいかもしれない。助けに行かないと」
「……お、思ったよりも、やるな」
声のした方に目を向けると、それは先ほどエルが銃を奪い取った敵の兵士だった。
腹部がひしゃげ 後頭部も大きく凹んでいるが、彼は目をぎょろりとエルに向け、口元には不敵な笑みを浮かべていた。
「お前の能力は、知っているぞ。お、王妃は、お前のことを警戒していたからな。お前の能力、灰の銃弾は『跳弾させれば跳弾させるほど威力が増す銃弾』だ。しかし、その能力は多数の相手との戦闘には向かない。チマチマ跳弾させている合間に、私のように物量で押して潰せば良いだけだからな、ククク」
彼の言葉は当たっている。
灰の銃弾の効果とは、跳弾させることで弾の威力が増すというものだ。
桃太郎と戦った際、一度しか跳弾しなかった弾丸は手の肉を吹き飛ばす程度だったのに、二度 跳弾させた弾丸が掠っただけで桃太郎の脚の肉を大きく抉ったのはそれが理由だ。
加えて、灰の銃弾が対象を『攻撃』するのは、エルが『ターゲット』として撃った対象のみである。
そのため逆に言えば、対象以外に当たれば極端に脆いものは貫通するが――例えば障子紙のようなもの――たいていのものであれば跳弾する。
彼らは そのことを知っているらしかった。
だが、エルは動じることなく冷たい目をしたまま、銃のグリップを握り直した。
「そうか。やはり君たちは女王の部下か。加えて、君は『私たち』でなく『私』といったな? 先ほどの兵士たちと君は異様に顔が似ていると思ったが、どうも君は自分の分身をつくるとか、そういう類の能力らしいな。なら、我とて引き金を引くことには何のためらいもない。わざわざ教えてくれてありがとう」
エルは銃を兵士に向け、引き金を引いた。
乾いた音があたりに響き、兵士の頭を打ち抜いた。兵士の頭を吹き飛ばすと 彼の頭は空洞だったらしく、かつて頭部を形成していた金属片は辺りに舞い散り、やがてその身体全てが細かく砕けて地面に吸い込まれるようにして消えた。
エルは敵が完全に壊れたことを確認すると、地面に耳を押し付けた。
規則的なリズムで、集団の足音が地面を介して伝わってくる。先ほどの狙撃手たちが確実にこちらに向かってきている。
「確かに複数との戦闘は好きじゃない。最優先は桃太郎達との合流だな」
ボルトを引いて空になった薬きょうを排出し、新たな灰の銃弾を装填したエルは、銃を背負って駆け出した。




