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ハッピーエンドにはまだ早い。  作者: 世野口秀
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第二十四話 「襲来」

「さーて、エルさん見当たらないなあ。あの人、確か金も持ってないよな」

「困りましたなあ」

 雑踏の中を進みながら、桃太郎は瑚白を肩車して歩いていた。

 といっても、別に瑚白が高いところに上りたがったということではなく、人ごみの中でエルの姿を探すのなら多少なりとも高いところから見たほうが探しやすい、という理由である。

 ただ、そんなことをしてもエルの姿は見えず、よく目立つ分 周りの人から声を掛けられることが増えたくらいのものだ。

「ねえ、お兄さんたち。人を探してるの?」

 と、そこで声を掛けてくる少年が居た。

 知っている顔ではない、どこの子どもだろうか。そう思いつつも、どうやら彼は何かを知っているらしいので、桃太郎は笑顔で応えた。

「ああ、顔に包帯を巻いたお姉さんを探している。少年、何か知ってるのかい?」

「うん、あっちのほう!」

 少年が指差したのは、最初にエルと戦った貧民街の方であった。

 何故わざわざそんなところへ、という疑問を抱きつつ どうせ当てもないので桃太郎と瑚白は少年に礼を言ってから貧民街へと歩き出した。

 少年は桃太郎たちの姿が見えなくなるまで その背中を目で追っていたが、桃太郎たちが細い路地に入ったのを見届けると、その場から駆け出し やがて一人の兵士のもとへ向かった。

「ねえ、兵隊さん! 言われた通りにしたよ」

「ああ、ご苦労だったね。約束通り、お駄賃をあげよう」

「ありがとう! ……でも、何で僕にこんなことを頼んだの? 兵隊さんが自分でやればよかったのに」

 少年の言葉に、兵士は歯を見せて笑った。

「なに、大人は色々と大変なんだよ」

 その兵士は少年に数枚の硬貨を渡すと、銃を背負いなおして歩き出した。彼の身体は人間のそれとは違い、金属で出来ていた。

 例えるなら、その兵隊はまるで金属製の人形のようであった。


 桃太郎たちは肩車のまま歩き続けていたが、しかし一向にエルの姿は見えず いつの間にやら人気のない貧民街の方にまでやって来てしまった。

「……はて、エルさんマジで見当たらないんだけど。もしかして、家に戻ったのか? 忘れ物でもあったのかな? 多少の荷物はもう取って来たと聞いていたけど」

「どうしたんですかな? しかし、ここは何と言うか……人の視線が痛いですなー」

 瑚白の言う通り、貧民街のあちこちから桃太郎たちに対して鋭い視線が向けられている。

 以前 来た時にも思ったのだが、やはりこうした場所はよそから来た人間に対しては排他的だ。

「どうするかなあ。エルさんの家まで見てみるべきかな?」

 桃太郎がそこから更にもう一歩 踏み出そうとした時、貧民街の奥から襤褸布を纏った人影が見えた。

「ん? エルさん……なわけないよなぁ」

 一瞬 纏った襤褸布からエルかと思った桃太郎であったが、しかし彼女はもうそんな恰好をしていないし、何よりも体格が違う。

 最初は距離があったためよく分からなかったが、しかしよく見れば今 桃太郎の視界の映っている者はかなりの巨躯である。

 桃太郎も背はかなり高いほうだと思うが、しかしソイツはどう見ても三メートル近い体格をしていた。

「……あのデカいの、何か厭な雰囲気がするなあ。瑚白、某のことは良い。エルさんを助けに行ってくれ。人間の姿でチンタラやってる場合じゃなさそうだ」

「分かりましたぞー」

 エルは桃太郎の方から降りると、白煙を纏って巨大な犬の姿に変化し、放たれた銃弾のように疾走して走り去った。

 一人で残った桃太郎は、襤褸布の人間と相対するようにして構えた。

「よう、あんたデカいな。何食ったらそんなに育つんだ? 某にも教えてくれよ」

「お前が桃太郎だな?」

 その声は獣の唸り声のように低く、男のものであるということは直ぐに分かった。

 だが桃太郎はそんなことより、自分の質問に答えられなかったことの方が気になったらしく大げさに方を竦めた。

「へいへいへーい、何だよ。某の質問には答えてくれないのか? でも心の器が広い桃太郎さんは答えてあげるよ。はい、桃太郎さんは桃太郎さんです」

「ならば死ね」

 僅かに、男の周りで紫電が弾けた。

 男が桃太郎の眼前で拳を握り固めていたのは、それとほぼ同時だった。

「は?」

「フンッ!!」

 間抜けな声を上げる桃太郎の顔面を、岩のように大きな男の拳が打ち抜き、桃太郎の首が千切れるのではないかというほどの勢いで頭がねじれた。

「何するんだテメエ」

 しかし、桃太郎の目はまだ生きていた。

 男の拳は確かに桃太郎の顔面を打ち抜きはしたが、クリーンヒットはしていなかった。

 攻撃を受けた瞬間、桃太郎はわざと首を捩じって威力を緩和させたのである。

 しかし、完全に回避したわけではなく、もちろん痛みは覚え、怒りも覚えた。

「四木々流 冬の型。足刈(あしがる)ッ!!」

 文字通り、桃太郎は男の足首を刈り取るようなローキックを放った。足刈とは敵の足首を破壊し、機動力を奪う技である。

 常人離れした桃太郎の膂力と訓練の成果である的確なキックにより、男の足首は粉砕され――なかった。

 ごぎッ!! というおよそ人間同士の喧嘩では発生しないであろう鈍い音があたりに響いた。

(かてぇッ!? コイツの脚、めちゃくちゃ硬いッ!! 鋼の脚絆でも装備してんのかよッ!!)

 敵の足首を粉砕するはずだったが、逆に衝撃で自分の脚の方が痺れる。

 その一瞬の隙を突き、男は桃太郎の顔面を掴むと後頭部から地面に叩きつけた。

「がァアああああああああ!!」

「がふッ!?」

 咄嗟に右手だけ自分の後頭部の下に敷き、多少は衝撃を和らげるが それでも脳が揺れることは避けられない。

 ごく短い時間だけではあるが、桃太郎の動きが止まった。その隙に男は止めを刺そうと、拳を振り上げた。

 そして大槌のような一撃が桃太郎の頭部を粉砕し――ない。

「四木々流ッ!! 冬の型ッ!! 意思(いし)()きッ!!」

 脳が多少 揺れたところで桃太郎は多少なら身体を動かせる。それほど軟な鍛え方はしていない。

 桃太郎は自分の左肩を右手で掴むようにして構え、更に左手で右腕を補強する。それによって、自分の固く尖った右肘が顔を守るような状態になる。

 つまり、男は桃太郎の顔面ではなく肘を殴ることとなった。 

 ガギィ!! というまたしても人間同士の殴打では先ず聞こえることのない鈍い音が響き、男の拳が粉砕された。

 特に中指の状態は悪く、ありえない方向に曲がってしまい男は一瞬 動きを止めた。

 桃太郎はその隙に地面を転がって距離を取ると、腹筋と脚の筋肉をバネにして起き上がった。

「……フン」

 しかし男は、曲がった指に無理やり力を込めると、骨からピキピキと異様な男が聞こえるのも気にせずに拳を握りしめ、腰を落として構え直した。

 桃太郎もゆっくりと息を吐き出し、両足を軽く広げて腰を落とした。

(コイツが誰かは知らんが……。強いな)

 何時もの軽薄な雰囲気を引っ込めた桃太郎は、目の前の『敵』に対して最大限の敬意と警戒を以って構えた。


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