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ハッピーエンドにはまだ早い。  作者: 世野口秀
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第二十三話 「銃声」

 そう言えばここは何処なのだろうか。

 しばらく走ってから、エルはやっと自分が道に迷ってしまったことに気が付いた。しかもこの喧騒の中では桃太郎達を探し出すのは困難だろう。

「まあ良いだろう。子どもじゃあるまいし」

 少々はぐれたところでどうということもないだろう。

 エルはそう結論付けると、一人だけで周辺を見て回ることにした。ソーセージを齧りつつ、何か面白いものでもないかと探していると、鮮やかな飴細工を作っている出店を見つけた。

「おお! これは凄いな。なあ、桃太――」

 言いかけ、そう言えば彼らはいなかったのだと気が付いた。更にはよくよく考えてみると、エルはお金も持っていない。

 祭りで遊ぶための金だけでなく、ここ最近の生活費は全て桃太郎から出してもらっていた。

「もしかして、我は桃太郎に甘えているのだろうか? ううむ、元々は働き者だったはずだが。……何か例を考えるべきか」

 エルがソーセージを食べながら考え込んでいると、近くを歩いていた男性と肩がぶつかった。

「おい、ぶつかったぞ!!」

「ああ、君の方がな」

 酒に酔っているのか、男はエルに怒声を上げるが、逆にエルは冷静なままに挑発するような言葉を返した。

「何だとお前!!」

 男はエルの胸倉を掴もうと、その逞しい腕を伸ばした――が。

「五月蠅い」

 エルは食べ終えたソーセージの串を男の耳の穴の中に突っ込み、彼の動きを制した。鼓膜を突き破る僅か手前で止められていた。

「我の服に汚い手で触るな」

「な、何だよ! クソ!!」

 酒に酔っていても、流石に耳の中に串を突っ込まれると畏縮したのか、男の声は震えており、ゆっくりと後ずさった。

 エルは男の耳から串を抜くと、近くにあったゴミ箱にそのまま串を放り投げた。

「折角の祭りで喧嘩をするな。我は行かせてもらうぞ。人を探しているのでな」

 金がないと何も買えないし、やはり一人で祭りを回るのも味気ない。

 少々 気恥ずかしいが桃太郎たちのところに戻るかと、もと来た方向へ戻ろうとしたエルに対し、男は収まりがつかなかったのか 背後から殴りかかった。

「チクショウ!! 死ねクソアマが!!」

「やれやれ、五月蠅いと言うに」

 エルは男の脚を外側から払うようにローキックをかました。

 文字通り足を掬われるような形になった男は、そのまま転倒した。

「いってぇ!! クッソ!! 汚い顔した女が!!」

「……勝手に言ってろ。馬鹿が」

 口汚い言葉を吐き捨てる男を置いて、エルは歩き出した。

 だが、彼の言葉が気になってつい自分の頬の火傷の跡を手で覆い隠す。

 すると、喧嘩の騒動で周囲の他の人々もエルの方へと視線を向けており、そしてもっと言うなら彼女の火傷の跡にその視線は向いていた。

(早く……桃太郎達のところに戻ろう。何だか、いやな気分だ。一人で暮らしていたときは、気にしてないつもりだったのに)

 他人からの視線には慣れたつもりだったが、どうにも落ち着かない。急いで桃太郎たちの元に戻ろうとしていたエルだったが、そこで声を掛けられた。

「ああ、エル・フォスケットさんですか?」

 彼女に声を掛けたのは、まるで金属で出来ているかのような三人の兵士であった。三人はまるで鏡に映したかのように、そっくりだった。

「……何かな? 今の男のことなら、我の正当防衛だと思うが?」

「いや別に。そのことじゃあない。さっきの件に関しては私たちにも見えた。アレはあの男が悪い」

 確かに、兵士の内の二人が倒れていた男に肩を貸し、「ちょっと落ち着くまで来てもらおうか」と男を別の場所に連れて言っていた。

 この兵士たちは、どうやら祭りの治安維持を担当しているらしい。

 フェアリーテイルでの治安維持は 基本的には王国に使える騎士隊が担当しているが、こうしたイベントなど人手の足りない時には、国境警備などを担当する兵団の方から人員が派遣されることもある。

 彼らもそうした兵士なのだろう。

「じゃあ、我に何の用だ?」

「桃太郎さんがあなたをお探しです。人ごみに紛れてはぐれてしまったと」

「……そうか」

 自分が勝手に動揺して突っ走っただけなのだが、どうやら桃太郎は気を使ってくれたようだ。

 若干の気恥ずかしさは覚えるが、何にせよエルも桃太郎たちを探していたということに違いはない。

 この兵士が案内してくれるならそれに越したことはない。

「では、こちらへ。桃太郎さんが待っています」

「ああ、かたじけない」

 エルは兵士の跡をついて歩きだした。


 しばらく歩いていたが、どうにも様子がおかしいことにエルは気が付いた。

 兵士は、エルが桃太郎達とはぐれた場所とは反対の方向へと進んでいくのだ。エルも違和感は覚えており、もう何度も兵士に尋ねていた。

「こちらの方向で合っているのか? 我の感覚では反対方向だと思うのだが」

「だから大丈夫ですって。あんな人混みじゃあ歩くにも苦労しますからね。ちょっと遠回りなくらいが丁度 良いんですよ」

 兵士は笑ってそう言うと、そのまま進み続ける。

 だが、明らかに兵士は人気のない方向へと進んでいく。疑いを持ったまま他人に付いて行くほど、エルの警戒心は薄くない。

「……やっぱり気になるな。場所はある程度 分かっているし、我は自力で戻ることにする。ここまで来てもらって すまなかったな」

「え!? いや、待ってくださいよ。困りますよ」

「我は自分で何とかする。君ももっと他に職務があるだろう。ありがとう、だがもういい」

 エルはそう言って踵を返し、兵士の引き留める言葉にも耳を貸さなかった。

 仕方なく、兵士は溜息を吐いてエルに背を向けて歩き出した。

 兵士が何か不審な動きをする様子はなく、エルは自分の考え過ぎだったかとも思ったが、その時。

 視界の端で何か陽の光を浴びて輝くものが見えた。

「ッあ!?」

 咄嗟にエルは地面に飛び込むようにして転がり、その場から動いた。

 それと同時に一発の銃声が鳴り響き、近くに置かれていた空の樽が吹き飛んだ。

「狙撃ッ!?」

「ああ、外したか。いっそのこと もう少し前に撃っておけば良かったかなあ」

 兵士は自分の軍帽のつばを上げ 冷たい視線をエルに向けると、背負っていたボルトアクション式小銃を手に取った。

 彼はこれまでの柔和な雰囲気を引っ込め、エルに対して明らかな敵意を向けていた。

 いや、目の前の兵士だけでなく先ほどの狙撃手もそうだろう。エルが回避しなければ今頃どうなっていたか分からない。

 周囲に視線を向けると、鐘楼の上や廃屋の窓など様々な場所で何かうごめく影が見え、それ以外にも陽の光を受けて輝くものが見える。

 輝いているのは、恐らく狙撃手の持つ双眼鏡であろう。

「……エル・フォスケット。悪いが、手足を潰して拘束させてもらうぞ」

「そうか、ではやってみたまえ」

 挑発するようなエルの言葉に、目の前の兵士の目が剣呑な光を見せ、立て続けに十発以上の銃声が鳴り響いた。


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