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ハッピーエンドにはまだ早い。  作者: 世野口秀
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第二十二話 「祭り」

「なんか最近 騒がしくないですか?」

 窓の外を忙しそうに駆け回る人々の様子を眺めながら、桃太郎は近くにいたホテルのオーナーに尋ねた。

「ああ、今晩から収穫祭なんですよ」

 収穫祭。

 それは世界各地の様々な地域で見られるものであり、日本でも新嘗祭というものが古くから存在していた。

 農耕を生活の基盤とする民族にとって、実り豊かで過ごしやすい秋というのは大切な時期であり、それはフェアリーテイルにおいても例外ではない。

そのため、毎年の作物の収穫を終えるこの時期には大きな収穫祭をするのだ。

「収穫祭は今日から一週間ほど続きますからね。しばらくは騒がしいですよ」

「へえ、某は騒がしいのも嫌いではないです。瑚白、今日は祭りに行こうか?」

「わーい! 行きますぞ!」

 桃太郎に声を掛けられた瑚白はおおきく尻尾を振って喜びを露わにする。瑚白もにぎやかな祭りは好きなのだ。

 と、そこで桃太郎は窓に鼻先をつけて興奮したように外を眺めているエルに気が付くと、悪戯っぽい笑みを浮かべ、彼女の背後に回り込んだ。

「やあ、エルさんもお祭り――?」

「うわあ!」

「あいだッ!?」

 驚かせようと いきなり背後から声を掛けた桃太郎に対し、エルは彼の顎に頭突きを叩きこんだ。

 といっても狙ったわけではなく、驚いた拍子に後ろに仰け反ったエルの頭が、近づき過ぎていた桃太郎の顎にぶつかっただけだが。

「す、すまない! 大丈夫か、桃太郎?」

「あー、大丈夫。某こそ下手なことしてすみませんな」

「そうか、大事ないなら それに越したことはないが。……で、何の話だ?」

「そんなに大した話じゃないんスけど……、一緒にお祭り行きますか? 行きたそうだったんで」

「……良いのか?」

「ダメな理由はないでしょ」

「なら、……行きたい」

「じゃ、決まりで」

 エルは未だに桃太郎を殺そうとしていたことを気にしているようで、どこか申し訳なさそうな様子であった。


 だが、そんなものは最初だけだった。

「桃太郎! これ、美味しそうじゃないか!?」

 エルは喜色満面で屋台のソーセージを指さしていた。

 祭りはまだ始まったばかりだというのに、彼女はまるで子供に戻ったかのようにはしゃいでいた。

 いや、実際にそうなのかもしれない。

 エルがこれまでの人生において『子どものように遊べた時間』というのはあまりにも短い。誰も彼もが寄ってたかって、エルが子どもで居られる時間を奪ってきたのだ。

 だったら、今からでも好きに遊べばいい。

 そう思って、桃太郎はエルに微笑みを返した。

「また何か食べるんですか? じゃあ某も一つ貰うか」

「あ、ボクも頂きたいですな!」

「じゃあ、おじさん。我らにソーセージを三本ほど貰えるだろうか」

「あいよー。って、え!? あ、ああ。分かったよ」

 出店の店主はエルの顔を見て戸惑っているようであった。どうやら彼女の顔の傷跡が気になったらしい。

 店主はエルの顔から目を逸らすと、手元のソーセージの方に視線を落とした。あからさまにエルの顔を見ないようにしているらしい。

「……」

 エルは何も言わず、黙って自分の火傷の跡を手で隠した。

 目の切り傷に関しては、包帯で覆っているため他人からは見えないが、火傷の方はそうもいかない。

「いやあ! これ美味そうだね。ソーセージ、だっけ? 故郷にはお目にかかったことのない料理だからなあ。涎が止まらないぜ」

「おお! まあうちの自慢の料理だからな……って。アンタ、話題の桃太郎さんか?」

「いかにも某が桃太郎さんですよ、ってそんなに大したもんじゃないですけどね」

「謙遜するなよ。……で、そっちのお姉さんは桃太郎さんの恋人かい?」

 店主はエルが桃太郎の知り合いだと気が付くと、とたんに顔を綻ばせた。桃太郎は今、街では有名な人物であり、大抵の人たちは街を助けてくれた桃太郎には悪い感情を持っていないのだ。

 愛想がよくなるのも必然だろう。

「いやあ、知り合い以上恋人未満ですね」

「……それ、要は友達ってことか?」

「そうとも言いますね」

「基本はそうとしか言わんだろうよ。まあいいや。ほれ、ソーセージ」

 桃太郎の適当な態度に、屋台の店主は苦笑いしながら串に刺したソーセージを差し出し、桃太郎は礼を言って受け取った。

 歩きながら瑚白にソーセージを一本渡し、もう一本をエルに渡そうとしたのだが、何故だか彼女は急に俯いてしまっていた。

「あれ? エルさん、どうかしました?」

「いや……別に。その、なんて言うか……」

「え? どうかした?」

「ありがとう。色々と」

「……いいですよ。別に」

 桃太郎は薄く笑った。

 それは軽薄な彼が偶に見せる、優し気な笑みだった。

 桃太郎の笑みが、エルにとっては何故だかとても眩しく見えて、彼女は顔を赤らめて目を逸らした。

「あ、エルさん! 顔が赤くなってますぞ?」

 と、そこで瑚白が悪戯っ子のような笑みを浮かべてそう言った。面白がるように尻尾を振り、エルの赤くなった顔を見上げている。

「そ、そんなことはない! いつも通りだ!」

「えへへー、むきになっちゃって。エルさんのそういうところ、可愛いですぞ。ね、ご主人!」

「……ああ、そうだね。色々と言ってくる人はいるでしょうけど。某はエルさんのこと可愛いと思いますよ」

 桃太郎の言葉を聞いたエルは、耳まで顔を赤くするとソーセージを手にしたまま唐突に駆け出した。

「……ッ!! わ、我は先に行くぞ!!」

「え!? ちょっと、エルさん!?」

 エルはそのまま人ごみに紛れてしまい、直ぐに見えなくなってしまった。

「いや、先に行くって言っても。……どこに行ったんですかな?」

 何か目的の場所があったわけでもなく、ただ祭りの様子を眺めていただけだったので、エルがどこを目指して進んでいったのかは分からないが、勢いで駆け出しただけだ。

 そう遠くへは行かないだろう。

 ただ、ちょっとからかい過ぎただろうか。

瑚白がそう思いながら頭を掻いていると。桃太郎はソーセージを食べながらエルのいなくなった方向を見ていた。

「エルさんのああいうとこ、結構マジで可愛いよね」

「……ああ、ああいう一見しっかりした可愛い系の年上って、ご主人の好みでしたね。もしかして、ご主人もエルさんのこと満更じゃないんですかな?」

「さぁ、どうだろうね?」

 桃太郎は、そう言って誤魔化すように笑った。


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