第二十一話 「何だか素敵なこと」
「それがボクと、ご主人の出会いですぞ」
目を細め、懐かしむようにしていた瑚白はそこで一度 言葉を切った。
エルはしばらく反芻するように 彼の言葉をかみしめていたが、やがて口を開いた。
「ちょっと聞きたいんだが。桃太郎は……、君を責めたことがあるか? 自分を傷つけたことに関して」
「いいや、ない。一度もないですぞ。たまには喧嘩したりもするけど、あの人は そういう話を蒸し返すことはないですな」
「そうか。……なあ、瑚白君。桃太郎は、何でそんなことをするんだろうか?」
「そんなこと……って、どんなことですかな?」
瑚白は首を傾げた。
彼の首の動きに合わせて尻尾も丸くなるのが可愛らしい。
エルは桃太郎に向けて引き金を引いた時の感覚を思い出しつつ、自分の手を見つめた。
「自分を殺しに来た奴を、何で見逃すんだろうか? 何で……助けてくれるんだろうか? 桃太郎は」
「……うん、そうですな。何度か訊いたことはあるんですが、直接 訊いても応えてくれなくて。でも、以前 ご主人が酔っているときにこんなことを言っていましてな」
それは鬼ヶ島で、桃太郎が仲良くなった鬼たちと酒を飲んでいた時のことだった。
気分が良くなったのか、桃太郎はこんなことを言い出した。
『某は自分が一番好きなんだよ。だから自分が楽しければいい。でも厄介なことに、自分だけ楽しいっていう状況ってあんまり無くて、周りの人も楽しそうでないと意外と辛かったりするんだよね』
酒の席で笑いながら言っていたことで、多分 桃太郎本人はこんな話をしていたということはほとんど覚えていないだろう。
だが、だからこそ それは桃太郎の本音なのだろう。
適当で軽薄で、だからこそ桃太郎は自分の信念や信条というものを語ることを好まず、何を考えているのか分からないこともある。
でも、桃太郎の考えていることなど本当にシンプルなのだ。
「あの人はね、自分が面白ければ それで良い人なんですぞ。自分のことが大好きで、自分が一番 大事で、人助けもご主人にとっては自己満足感を満たすだけのものなんですな。でもそれ故に、自分が気に入った人は幸せにしたいし、誰かを助けることに必要以上の意味を見出さない。あの人は本当に自己満足だけで動きますからな」
「……自己満足、ね」
「だからね、エルさん。ご主人が何を考えているかなんて、そんなに気にしなくていいですぞ。多分あの人は、エルさんを少しばかりでも助けることが出来れば、それだけで『良いことをしたら飯がうまい!』なんて言いながらご飯を食べて、その後にはもう全部 忘れてる。それぐらい適当な人だから、エルさんだって適当でいいんだよ」
「……そう」
エルは瑚白の全ての言葉を聞き、飲み込んだ。
ああ、そうだ。
エルを助けたのはただの自己満足で、風呂に入れたのも服を着替えさせたのもエルの汚い格好が気になったからというだけ、エルを食事に誘ったのもただ楽しそうというだけだったのだ。
本当にどこまでもシンプルな男だが、しかし だからこそ理解できるし納得できる。彼はただ面白そうなことをしているだけに過ぎないのだから。
「……面白い男ね、ふふふ」
「えへへー、全くですなー」
「ハッハー、誰の話かよく分からんけど笑っておこう」
と、そこでいきなり会話に参加してきた男は。
「桃太郎!?」
「ご主人!?」
「はいはい、桃太郎さんですが? お腰につけたきび団子ならもう無いぜ。旅の二日目には全部食い終わったんでな」
当然のように桃太郎であった。
彼はいつの間にやらエルの部屋の出入り口に立っており、何食わぬ顔で二人の会話に這入ってきた。
「も、桃太郎! 一体 何時からそこに!?」
「ん? エルさんが『キャー! 桃太郎さんのカッコよさはマジ神! 控えめに言って抱いて欲しいわ!!』って言ってたあたりから」
「言ってねーよ!!」
「冗談ですよ。正直に言えばついさっきですよ。何か話し込んでるから驚かせようと思って這入ってきただけです」
「君、女性の部屋に入るんだから声を掛けるかノックをするか、それくらいの配慮は必要だぞ」
「その発想は無かった」
「相変わらず適当ですなあ、ご主人。適当で片づけていいデリカシーのなさではない気もしますが」
「あ、そうだ。ここに来た理由を忘れるところだった。何か瑚白が戻ってこないからホテルの人たちが心配してたんだよ。まあ仲良く話してただけなら別に良いんだけどさ。何か真面目な話でもしてたのかな? 邪魔したね、某は失敬するよ」
本当にちょっと様子を見に来ただけなのか、桃太郎は踵を返して戻ろうとしたが、そこでエルは訊こうと思っていたことを思い出した。
「あ、そうだ! なあ、桃太郎。一つ訊いて良いだろうか?」
「良いですよ、何です?」
「その言葉遣いのことだ。何で我の本名を聞いてから敬語と敬称付けで呼ぶようになったんだ? 最初はそうではなかっただろう」
「ああ、そんなことですか。もう敵じゃなくなって、そしてあなたが年上であることをちゃんと確認したからです。もう敵でもないのに、タメ口は使わないですよ。あ、空いた皿もついでに下げますね」
「え? ああ、ありがとう」
「ご主人、それくらいやりますぞー!」
「いいよ、ついでだし。瑚白はエルさんに付いておきな。じゃ、エルさんは安静にしておいてくださいね」
桃太郎は皿の乗ったお盆を持って、そのまま部屋を退出していった、
その場に残された瑚白とエルは、何となく桃太郎の出ていったドアを見つめていたが、やがてエルは呟くようにして言った。
「あいつ、……本当に我に撃たれたことを気にしてないんだな」
「まあ、そういう人ですからなー」
瑚白は笑ってそう言い、エルも釣られて僅かに微笑んだ。
懐が大きい、といえば確かにそうなのかもしれないが。本当に変わった人間だと二人はそう笑い合い、そして桃太郎に出会えたことを幸運に思う気持ちだけは、口に出さないでいた。
胸に秘めているほうが、何だか素敵な気がしたから。
「……なるほど。これは困ったな。どうしたものか」
しかし遠く離れた尖塔から、望遠鏡を使ってエルの部屋の窓を通してその様子を見ているものが居た。彼は軍服を着ており、服も体もすべてが金属製だったため、普通の人間でないことは直ぐに分かった。
そしてもし、彼の特徴をもう一つ上げるとしたら、彼の脚が一本しかないということであろうか。




