第十九話 「昔話」
ベッドに入っている内に、エルは寝てしまっていたらしい。
「ん……。お腹空いた」
思えば今日はまだ何も食べていなかったので、強い空腹感を覚える。
ベッドから出て、何か食事を摂ろうとは思うのだが、食事に行くのがどうにも億劫だ。それでも、熱で痛む膝を擦りながら立ち上がろうとしたエルの前に、小さな人影が目に映った。
「あ、エルさん。ご飯できたよー」
それはお盆の上に白い鍋を乗せた瑚白だった。彼はベッドサイドに小さめの丸テーブルを寄せ、その上にお盆を置いた。
ちょうど食事を持ってきてくれたらしい。
「瑚白君……。ありがとう」
「別にいいですぞー。エルさんがそろそろ お腹が空くころだって言ったのはご主人ですし」
「桃太郎が……? そうか、ありがたいわ」
「まあまあ、何はともあれ召し上がれー! ホテルのシェフさんに特別に作ってもらったんですぞー」
瑚白が鍋のふたを開けると、湯気とともに食欲を刺激する香りが広がり、エルはつい口の中に溢れる唾液を飲み込んで堪えた。
鍋の中身は、食べやすいように小さく切った鶏肉やニンジン、更にトマトやダイコンなどを入れた具沢山なチキンスープであった。
「わあ! 凄い! これは美味しそうだな!」
「そうですなー、ご飯にかけて食べたら美味しいと思うんだけど、お米があんまり使われないんですよね。フェアリーテイルは」
「米? 穀物の?」
「はい、ボクらの国ではあれが主食なんですぞー。まあ、そんなことは置いといて。どうぞ」
「じゃあ、いただきます」
エルはベッドに腰かけて スプーンを手に取り、静かにスープを掬った。そして何度か息を吹きかけて冷ますと、髪が食事の邪魔にならないように左手で書き上げてから、スープを口にした。
滋味あふれるスープが口腔を満たし、甘みのある野菜が口の中を転がり、柔らかい鶏肉の食感が心地いい。よく噛んでから飲み込むと、乾いたような痛みを覚えていた喉を潤すようにスープが体内を流れていく。
「美味しい……」
「そっか! ならよかったですぞ! ボクが作ったわけではありませんがなー!」
思わずこぼれたエルの言葉に、瑚白は満足げに笑った。
「はあ、美味しかった」
スープを綺麗に平らげて、エルは一息ついた。
忘れないうちに、コップの中に医師から貰った粉薬と入れて 水差しの水を注ぐ。粉薬は思った以上に溶けやすく、何度かコップを回している内にすぐ水に溶け、エルは水を一気に呷った。
薬を溶かした水はやや苦みはあったが マズいというほどではなく、それほど苦労せずにエルは薬も飲み切った。
「はい、お疲れ様ですぞー」
近くの椅子に座って エルが食事を終えるのを待っていた瑚白は、エルからコップを受け取り 鍋と一緒にお盆の上に置き、そのまま部屋を退出しようとした。
「ま、待ってくれないか! 瑚白君! ……話があるのだが」
だがその前に エルに呼び止められ、瑚白は首を傾げながらも椅子をベッドサイドまで運んで腰かけた。
皿の片づけなど慌ててやるほどのことでもなく、そして瑚白は暇だった。
「何ですかな?」
尻尾を振りながら瑚白はそう言った。彼にとっては暇が潰せるのなら何でも良いのだ。
エルは口元に手を当てて、言葉を選ぶようにして尋ねた。
「なあ、桃太郎から我とアイツがどうやって出会ったかは聞いたか?」
「いや、でもボクと似たようなもんだと聞いていますぞ」
「……はあ、アイツやっぱり適当なことを言ってたのか。違うんだ。実は、……我はアイツを殺そうとしたのだ」
「ああ、ならやっぱり一緒ですぞ。ボクも始めてご主人に会った時には殺そうとしましたからなー。懐かしいですぞー」
「全く、桃太郎は本当に適当……いやいや!! え!? 何!? それ、どういうこと!?」
瑚白の物騒な発言に 流石にエルも慌てた。
しかし肝心の瑚白はと言うと呑気なもので、「あれから もう数年経ちましたからなー。懐かしいですなー」などと言っている。
「いや! 懐かしいとかじゃないでしょ!! 何を言ってるんだ君は!! 君も桃太郎を殺そうとしたの!?」
「そうですぞー。因みにもう一人の仲間の赤華さんもご主人を殺そうとしましたな。すぐに命を狙われますなあ、ご主人は。いやあ愉快 愉快! えへへへ」
「何を笑ってるんだ君は!? どんな狂人だ!! というか、君たちはどんな関係なんだ!?」
何故だか やけに楽しそうな瑚白に、エルはそう言った。
その言葉を受けて、瑚白は尻尾の動きを止めてしばし考えていたが、やがて笑みを浮かべた。
「うん、そうですなー。じゃあ、話してあげましょうぞ」
瑚白は椅子の上に座った状態で 器用に膝を抱きかかえると、どこか昔を懐かしむような目をしながら、口を開いた。




