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ハッピーエンドにはまだ早い。  作者: 世野口秀
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第一話 「卵の男」

第一章

 フェアリーテイル。

 それは名前通り、様々なおとぎ話が詰め込まれたおとぎの国の名である。

 一つの国の中に多様な人々や動物、挙句の果てにはモンスターまでもが同居している非常に珍しく、そして平和で幸福な国。

「それがこのフェアリーテイルってわけだ」

「ほーほー、なるほどねえ。それは御親切にどうも。……で、日本に帰るにはどうしたら良いワケ?」

「そこまでは知らん。大体、日本なんて国 俺様は初めて聞いたぞ。……ほら、ここまで話しただろう。頼む!! 俺様を助けてくれー!!」

 と、叫ぶハンプティダンプティは木の枝から宙づりになっており、両足を木の枝に引っ掛けて何とかぶら下がっている状態であった。

 こうなってしまったのは、別に何か大したことがあったわけではない。

 単にハンプティダンプティがバランスを崩して、一人で落ちそうになっているだけなのである。

「まあ、それは良いんだけどさ。そんなにバランスの悪い体型してるのに、なんでわざわざ木に登ってたんだ?」

 そう言いながら 桃太郎はハンプティダンプティの頭を両手で支えると、彼の身体を木の枝から離し 地面に落とさないように気を付けて、ゆっくりと地面に下ろした。

 両足で地面に立ったハンプティダンプティは、安堵のため息をついた。

「いやあ助かったぜ。木に登ると格好いいかな? なんて思って登ってみたらこのザマでな。昨日の夜からこのままだったんだ。助かったぜ。俺様はこのまま干し生卵になるんじゃないかと思ったくらいだ」

「干し生卵って、単に腐った卵ではー……」

「ま、助かったからいいだろ。……そうだ! 助けてくれた礼にフェアリーテイルまで連れて行ってやろうか? どうせ俺様も帰るしな」

「マジでか。オイオイ、卵! お前 意外と良い奴だな。なんか偉そうな卵とか言ってスマンな」

「できればお願いしたいですぞー!」

「よし、じゃあ俺様についてこい!!」

 ハンプティダンプティは 尊大な態度の割には義理堅い男だったようだ。桃太郎と瑚白は彼の申し出に喜んで賛成し、彼らは共に歩き出した。


「ほら、見えたぞ。あの街がフェアリーテイルだ」

 しばらく歩いて森を抜けたハンプティダンプティは、そう言って大きな壁に囲まれた美しい街を指さした。中心には鮮やかな彩色が施された城が見え、その城の周りに城壁が建てられ、周囲に街並みが広がっており、更にその周囲を壁に囲まれた構造をしている。

 日本でも城は 堀や生垣、城壁に囲まれていたが、ここまで大きな街全体を覆う壁というのは見たことがない。

「ほう、これは見事なもんだなあ」

「すごいですなー。ボクはそれなりに長生きだけど、こんな街は見たことがないですぞー!」

 素直に感心したような声を上げる桃太郎と、尻尾を振って興奮を表す瑚白。彼らの言葉にハンプティダンプティも得意げな表情を浮かべる。

「かっかっか! そうだろう? 俺様もこの街が好きでな、そう言ってくれると嬉しいぜ。さあ、あそこに門が見えるだろう? あそこから入るんだ」

 確かに、壁には大きな門があり そこには国に入る手続きのためなのか長蛇の列が出来ていた。

 三人は門を目指して再度歩き始めたのだが、しかしふと気付いた。

「……ん? 地震ですかなー?」

 地面が小さく揺れているのだ。だが地震にしては揺れの様子がおかしい。地震と言うよりも小刻みな地響きといったところだ。

 首を傾げる瑚白と桃太郎に対し、ハンプティダンプティは顔を青褪めさせると、慌てて駆け出した。

「た、大変だー!! みんな逃げろォオオオオ!! 門を閉じるんだァアアアアアアッ!!」

 その慌てぶりは尋常ではない。門の周辺にいる人々や門番に向かって叫びながら、短い脚をフル回転させて走っている。

 そのただならぬ様子に、瑚白と桃太郎も慌てて後を追った。

と言っても鍛えられた桃太郎と瑚白にとってはハンプティダンプティのダッシュなど、容易く追いつける程度のものだ。すぐに追いついた彼らは ハンプティダンプティと並走しつつ彼に尋ねた。

「なあ、ハンプティダンプティ。何かヤバいことでもあったのか?」

「数年に一度くらいだがな、たまに化け物が出るんだ!! だがアイツが出るのは冬前のはずだぞ!! 何でこんな時季に!! 門を急いで閉めないと街に侵入されかねない!! そんなことになったら大惨事だぞ、畜生!! にしても突然だぞ!! ――デスワームの襲撃なんて!!」

 ハンプティダンプティの言葉に合わせたかのように、地面から巨大なミミズの化け物のような生き物が姿を現した。

 胴体の太さが軽く3メートルはあろうかというほどで、地面から完全に体が出ていない現在でも体長は20メートルを超えている。

 デスワームが姿を現したことで、門番や周辺の人々たちもその存在に気が付き、大きな悲鳴を上げた。

「きゃああああああああああああああああああ!!」

「大変だァアアアアアア!! デスワームが出たぞーッ!!」

「早く門を閉じろーッ!!」

 人々は慌てて門の中に駆け込むが、人数が多いため全員を街の中に入れていたらその前にデスワームが街の中に侵入してしまう。

 仕方なく門番たちは人々が避難する前に門を閉じ始めた。

「まだだ!! まだ待ってくれぇええええ!!」

「まだ子どもが居るんだぞ!!」

「嫌だぁああああ!! 待ってくれぇえええ!!」

 声高にそう叫ぶ者もいるが、門を開けたままにしておくわけにもいかない。無慈悲にもモンは閉じられていき、残されたものがデスワームから逃れる術はない。

 悲鳴を上げて、人々は固く閉じられた門を叩いて助けの声を上げるしかない。

 残された人々を見つけてデスワームはその口を大きく開ける。がっぽりと空いた口の周囲を囲むようにして生える黒光りする大きな牙は、間違いなくデスワームが肉食性であることを示しており、人々は泣き叫びながら逃げようとするが、彼らに逃げる手段はない。

「た、大変だ! このままじゃみんな食われちまうぞ!!」

 その様子を見てハンプティダンプティは悲痛な声を上げた。このままでは町の外にいる人間は間違いなく全員デスワームに食い殺されるだろう。

 が、しかし。

「マジかー、やべえなあ。これ某達で何とかしないとダメな奴じゃね?」

「そうですなー。じゃあ行きますかなー」

 桃太郎と瑚白は、まるで散歩にでも行くかのような調子でそんなことを言った。

 彼らの会話に「へ?」と素っ頓狂な声を上げるハンプティダンプティに対し、桃太郎は「某達は先行くから。転ばないように気をつけろよ」と言うと、膝を曲げて大きく跳躍した。

 一方で瑚白は姿勢を低くして四つん這いのような体勢を取ると、全身から白い煙を上げ、やがて彼の姿は、一頭の巨大な犬と化した。

 桃太郎は犬となった瑚白の背中に着地し、そのまま跨った。

「さて、それじゃあ瑚白。一気に行くぞ!!」

「分かりましたぞー!!」

 煙のようにユラユラと揺れる幻惑的な姿をした瑚白は、地面を蹴って矢のように疾走すると、瞬く間にデスワームに追いついた。

「瑚白は他の人間達を守っててくれ。こいつは某が潰す」

 と言うと、桃太郎は瑚白の背中を足場に跳躍した。瑚白はさらに加速し、デスワームを追い抜くと逃げ惑う人々を庇うようにして立ちふさがる。

 そこでやっとデスワームは瑚白の存在に気が付いたらしく、巨大な牙を打ち鳴らして気色の悪い威嚇音を立てる。

「ぎちぎちぎちぎちッ!!」

「うー、気持ち悪い。ボクこういうの苦手ですぞー」

 デスワームの威嚇音に対し、瑚白は眉根に皺を寄せて耳を垂れ下げる。鋭い聴覚を持つ瑚白にとってデスワームの威嚇音はひどく耳障りなのだ。

「わ!? 何だこのデカい犬!?」

「きゃあああああ!? 今度は何!?」

 逃げ惑っていた人々もやっと瑚白の存在に気が付き、驚いて腰を抜かしていた。瑚白は彼らを怯えさせないように、尻尾を振って優しい表情を浮かべた。

「もう大丈夫ですぞー。ご主人が来たから、ね」

 瑚白の視線に釣られて、人々はデスワームの頭部 上空に目を向けた。そこには拳を握り固めて、デスワーム目掛けて落下してくる桃太郎の姿があった。

「あの人の名前は、桃太郎。桃から生まれた不思議な人間で、適当で、でも何だかんだで優しくて――ボクが知る限り最強の人間だよ」

 桃太郎を見つめる瑚白の瞳に宿るものはたった一つ。

 自らの主人への圧倒的なまでの『信頼』であった。

「そんじゃあ一丁カッコよく決めるかッ!! 爺ちゃん直伝ッ!! 『破城墜(はじょうつい)』ッ!!」

 空気を切り裂き、落雷のような桃太郎の鉄拳がデスワームの頭部を打ち砕く――直前。

 デスワームは桃太郎の存在に気付いて頭を持ち上げると、大きく口を開けて桃太郎を待ち構えた。

「え!? あ!? ちょ!? そういうの無しで!! タイム!! ちょっとマジでタイム!! マジで誰か止めてやめて止めてお願い本当に500円上げるからマジでぇええええ!!」

 桃太郎は必至に空中で両手足をばたつかせたが、彼に空を飛ぶような能力は無い。

「ぱくっ」

 と、音を立ててデスワームは桃太郎を一口に飲み込むと、喉をモゴモゴと動かして桃太郎を胃まで流し、豪快なゲップを出した。

「げっふぁ」

「「「「「「「「「「うわああああああああ!! 普通に食われたぁあああああああ!!」」」」」」」」」」

 その光景に逃げ惑っていた街の住民だけでなく、城壁の上に築かれた物見やぐら から様子を見ていた衛兵までもが絶叫した。


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