第十八話 「おばさんは元気が良い」
「ほい、じゃあ両手 挙げてねー」
「あ、はい」
上半身裸になったエルは、ベッドに腰かけて女性に身体を拭いてもらっていた。汗で湿っていた服も脱いだので、先ほどまでの気持ち悪さはもう無い。
しかし、女性同士とは言え一糸まとわぬ姿を他人に見られるのはやや気恥ずかしい。
「あの……前側は自分でやるので」
「ん? そうかい? まあ、それなら別にいいけど。しかしアンタは体が細いねえ」
女性からタオルを受け取ったエルは、そう言われて自分の身体に目を向けた。
確かに、エルの身体はかなり細い。今まで満足な食事を摂ってこなかったことを考えれば仕方ないのかもしれないが、あばらは浮き出ており腰回りもかなり細い。
「ほれ、こんなところまで小さいじゃないの」
そう言って女性はいきなりエルの胸を揉んだ。
「きゃあああああ!! 貴様ッ! 我に何をするんだ!?」
エルは慌てて自分の身体を抱きしめるようにして女性から離れ、驚いた拍子に口調も普段通りのものに戻った。
だが、しかし当の女性の方は首を傾げている。
「何をそんなに慌ててるんだい? 女同士でさ。別に生娘って年でもあるまいし」
女性がそう言うと、エルの顔は真っ赤に染まった。それはきっと熱の所為だけではないだろう。
エルはタオルで赤くなった顔を隠しつつ、消え入るような声で「それもそうだが……」と返した。それを見た女性は楽しそうにニヤッと笑った。
「へえ、何だ。そういうことか」
「な、何だ! 何が言いたい!?」
「いやあ、身持ちが固いんだね。悪いことではないけどさ」
「そ、そういうのではない。別に……誰もがいい相手と巡り会って幸せになれるわけでもないだろう」
エルの言葉に、女性も口が過ぎたかと反省した。エルがここに来た時の格好を思えば、彼女が苦労してきたというのもよく分かる。
流石にからかい過ぎたかと、女性も反省した。
「あー、確かにすまなかったよ。余計なことを言い過ぎたね。でも、良かったじゃないか。桃太郎の旦那に見初めてもらって」
「……へ?」
しかし女性のフォローの言葉はエルが全く予想していなかったもので、彼女は素っ頓狂な声を上げた。
「どういう、ことだ? 我が桃太郎に見初められたなどと、誰が言いだしたのだ?」
「誰って。……街で噂になってるよ。桃太郎さんが貧民街から美人を連れて帰って来たのは、暴漢に襲われてた女性を助けたからだって。だから怪我してるんだって話だよ。違うのかい?」
表情を見る限り、女性が嘘を吐いている様子はなく、これに関しては女性がふざけているわけではなさそうだ。
「ああ、いや。そういうわけではない。我と桃太郎は、そのような関係ではない」
「じゃあ、どんな関係なんだい?」
そう聞かれても困ってしまう。
敵同士、と答えようにも風呂に入れてもらい、服を買ってもらい、食事と酒を奢ってもらい、病気になったら医者まで呼んでもらい、これで敵同士であるはずがない。
味方同士と言えるほど互いのこともよくは知らないが。
よく考えれば、本当にどういう関係なのだろうか。
エルは首を傾げていた。
そんなエルに対し、女性は楽しそうに笑った。
「ねえ、アンタ。もし、まだ何もやってないなら今のうちに既成事実を作ればいいんじゃないの!?」
「既成事実? どういうことだ?」
「くっくっく、決まってんだろ。……夜這いだよ。夜這い」
「なッ!? 何をバカなことを!!」
女性の言葉に、エルはまたしても赤面した。
慌てたように自分の身体をタオルで拭き、用意して貰っていた別の寝間着に着替えるが、女性は未だ楽しそうにニヤニヤと笑っている。
「だってさぁ、アンタ。考えても見なさいよ。桃太郎さんは今この街じゃあ英雄みたいなものよ? 謝礼金も恐らくは相当な額貰ってるし、あんだけ強ければ仕官すれば勤めるところにも困らないわよ。それに、適当に見えて女性関係は真面目そうだしねえ。街の娼婦たちから店に誘われても、やんわり断ってるみたいだし」
「な、なら夜這いになんて来るはずがないだろう!」
「何言ってるんだい! 『私、あなたに一目ぼれしてしまいましたわ!』とか言って全裸でベッドに押し倒せばいいのよ! アンタ、体は細いけど顔は良いし そういう体型を好む人もいるし、あとは流れでやってくれるわよ! 今のうちに唾吐けておけば良い目が出るかもよ?」
「わ、我はそんなことはせん!!」
「やれやれ、身持ちが本当に固いねえ。あーあ、アタシがあと十歳 若かったら夜這いするのにねえ」
「……」
「アンタ、『十年若返ってもおばさんでしょ』とか思ったんじゃない? おばさんなんてあっという間よ?」
「べ、別にそんなことは考えていない!! 我はもう寝る! 手伝ってくれてありがとうございました!!」
エルは女性の言葉から逃れるように、ベッドへと潜り込んだ。