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ハッピーエンドにはまだ早い。  作者: 世野口秀
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第十七話 「風邪」

 翌朝、大分 日が高くなったところで桃太郎は目を覚ました。

 昨晩は少々 飲み過ぎてしまったらしく、胃の中が気持ち悪い。だが、これくらいのことはよくあることだ。

 桃太郎は大きなあくびをしてからベッドを降りた。

「ん、おはよー」

 すると、洗面所の方から歯ブラシを加えた瑚白が姿を現した。瑚白は大して飲んでいなかったが、彼は元々から朝が弱いので つい先ほど起きたばかりだ。

 桃太郎は瑚白に「ああ、おはよう」と返してから、手に巻いていた包帯に気付いて 足の包帯とともに全て解いた。

 たった一晩しかたっていないというのに、手も足も怪我は跡形もなく治っていた。

「相変わらず傷の治りが早いですなー。早いどころじゃ済まないけど」

「まあなー」

桃太郎は寝ぼけ眼で顔を洗いに洗面所に向かうと、水差しに入っていた水をボウルに注ぐ。そしてボウルに溜まった水で何度か顔を洗い、タオルでキレイに拭いたところで。

「……あれ? エルさんはどうなったっけ? べろんべろんに酔ってて覚えてないわ」

「顔 洗ってから気付くんですか……。エルさんなら隣に部屋を取ってたいたでしょう。もう忘れたのですかな?」

「忘れたっていうか そもそも覚えてなかったわ。ああ、隣に部屋を取ったのか」

 酔って帰った桃太郎達は、エルの部屋を決めていなかったので空いていた隣の部屋をそのまま使わせてもらっていた。

 ただ、彼女に関しては少し心配に思うことがある。

「あー、あの人。多分だけど、酒をあんなに飲んだのは昨日が初めてだよなあ。大丈夫かな、どっかで倒れたりしてないのか?」

「一応スタッフさんが多少は面倒見てくれたみたいだけど、どうですかなー。見に行きましょうかな?」

 見に行くと言っても隣の部屋である。

 二人は寝癖が付いたまま隣の部屋に向かうと、扉を軽くノックした。

「エルさーん。おはようございます。起きてますか?」

「……」

 桃太郎が声を掛けても、エルからの返事はない。ただ寝ている程度なら良いが、何か問題があると困る。

「エルさーん、大丈夫ですか? ……うーん、どうしようか。勝手に入るのはマズいか?」

 もう一度 声を掛けても何の反応もないので、流石に心配になってきた桃太郎。

 そこで試しに、瑚白は自分の犬耳をドアに押し付けた。犬の妖怪である瑚白は聴覚にも優れている。ドア越しにでも、中の物音はよく聞こえる。

 すると、部屋の中から「桃太郎……けほッ! けほッ!」と、桃太郎を呼びながら咳き込むエルの声が聞こえた。

「ご主人! エルさんが病気かも!」

「マジか。しゃあねえ、ちょっとお邪魔しますよ!」

 桃太郎がドアノブを回すと、カギは掛かっていなかったらしく すんなりとドアは開いた。

 部屋の中に這入った桃太郎たちが廊下を進んでいくと、ベッドに疲れ切った様子で倒れ込んでいるエルの姿が目に映った。

「エルさん!? 大丈夫ですかな!?」

 瑚白が慌てて駆け寄ると 彼女は耳まで顔が赤くなっており、軽く触れただけで体温が上がっているのが分かった。

「……頭 痛い。どうなっているんだ、これは。病気なんて……ほとんどしてこなかったのに」

「大丈夫ではなさそうだな。瑚白、医者呼んできてくれないか? 君が行くのが多分 一番早いし」

「分かりましたぞー!!」

 桃太郎はエルの額に手を当てて熱を測ると、瑚白に医者を呼びに行かせた。エルは額から大粒の汗を流しており、酷く苦しそうな様子であった。

 大した病気でなければいいが、と流石の桃太郎も心配になって彼女の汗をぬぐった。


「飲み過ぎと食べ過ぎと疲労じゃな」

 白髪頭に丸眼鏡の老人医師はそう言った。

 本当に大した病気ではなかった、もちろん 大病でないに越したことはないのだが。

 診察を終えた医師はカバンから何種類かの粉薬を出すと、それを一つの小瓶の中に入れて混ぜた。

「アンタ、暫く何も食わんかったのに 一気に食べ過ぎたろう? そういうのは体に良くないんじゃ。薬を置いておくから、食後に少しずつ水に溶かして飲め。そうすりゃすぐに治るわい。じゃあの」

 医師はそう言って荷物をまとめて立ち上がり、エルの部屋を後にし、大事なかったことに桃太郎と瑚白は安堵のため息を吐いた。

「大したことなかったみたいで良かったよ。エルさん、何か欲しいものとかあります?」

「……水を貰ってもいいだろうか?」

「はいよー」

 エルの言葉を受け、桃太郎は彼女のためにグラスに水を注いだ。

 元々、この国のベッドは枕ではなく大きなクッションを重ねて、深く腰掛けるようにして寝るようになっている。

 そのため、エルは軽く首だけ起こして水を飲んだ。

「ん……、ぷはっ。ありがとう、助かった」

 汗で額に張り付いた髪を手で払い、エルは空になったグラスを桃太郎に差し出した。桃太郎がグラスを受け取り、片付けている間に瑚白は心配そうにエルのベッドの隣にしゃがみこんだ。

「エルさん、大丈夫? ボクも何か手伝いますぞ?」

「……ふふ、大丈夫だ。瑚白君は優しいな。じゃあ、そうだな。汗を掻いたので服を着替えたいんだが」

「はーい! この桃太郎めが、お手伝いします!!」

「……女性のスタッフさんを呼んできてくれるかい? 瑚白君」

「はーい、ちょっと待ってるでございますぞー。ご主人、バカなことを言っていないで行きますぞ!」

「あいだだだだ! ちょっとしたジョークじゃん!」

 ふざける桃太郎の耳を引っ張って、瑚白はホテルのスタッフを呼びに行き、そのスタッフは直ぐにやってきた。

 彼女は昨日エルを風呂に入れて髪を切ってくれた年配の女性であった。恰幅がよく 元気のいい彼女は、今日も威勢よくエルの部屋にやってきた。

「やあ! 元気かい!? って病気なんだから元気なわけないか! ガハハハ!」

「は、はあ」

 ただ彼女の陽気さは、弱った体には少々堪えるものであった。


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