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ハッピーエンドにはまだ早い。  作者: 世野口秀
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第十六話 「へべれけ」

「いやー、軽く酔ったなあ。某的には別のとこに飲み直しに行くか、それかこの街のこと良く知らねえし何処か遊びに行きたい気もするんだけど。エルさん、何か知りませんことよ?」

「さあな、我とて金のない生涯を送って来たのだ。そんな贅沢は知らん」

「お店の人に聞くのが良いのではないですかなー?」

「ああ、それもそうだな。すみませ――」

 瑚白の言葉にうなずいた桃太郎は、近くにいた女性店員に声を掛けようとした。だが、その時 店内が急に暗くなった。

 キッチンの方はそのままのようだが、どうやら客席の方では明かりのほとんどが消されてしまったようだ。

「ん? どうしたんだ?」

「な、何ですかなー!?」

「もしや、何者かの襲撃か。我が返り討ちにしてくれる!」

「いや、その割にはみんな落ち着いてるし。……あ、エルさんの銃ホテルに置いてきちゃいましたわ」

「何をしているんだ君は!! 人のものくらい大事にしたらどうなんだ!!」

 エルは憤ったようにそう言うが、しかし桃太郎はどこ吹く風といった調子である。

 しかしやがて、店の前方にスポットライトが灯った。

「よお~、みんな。調子はどうだい!?」

 光に照らされて姿を現したのは、何やら見慣れない格好をしたロバだった。彼は全身をチェーンやメイクで着飾り、ギターを手にしていた。

 更にその後ろにはドラム担当の犬、ベースを担いだ猫、マイクを前に立つ鶏という異様な状況な上、しかも全員が派手なメイクをしているので桃太郎たちはぎょっとしていたが、他の客は誰も気にしていない。

 むしろ静かに胸の内で興奮を高めているような、そんな様子であった。

 彼らの前に立ったロバは静かに告げる。

「今日は新しいお客さんも来てるから自己紹介ってことで……派手にいくぜ!! 俺らなりの自己紹介ってやつをよぉおおおおおおお!!」

 ロバの叫びに合わせ、犬は激しくドラムを打ち鳴らし、猫はベースをかき鳴らし、そして鶏は大きく息を吸い込むと。

「YEAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!」

 これまでに聞いたことが無いほどに甲高い叫び声をあげた。

 鶏の叫びに合わせて店内の客、いや 観客(オーディエンス)達は拳を突き上げて同じように声を上げると、さらに激しい音楽が店全体を震わせるように鳴り響く。

 桃太郎と瑚白は初めて見る光景に口をあんぐりと開けていたが、しかし心の中の思いは一緒であった。

(あ、ブレーメンの音楽隊ってそういう感じの音楽性なんだ……)

 二人は呆気に取られていたのだが、しかしその一方でエルは頬を紅潮させて興奮していた。まるで新しい遊びを見つけて興奮する子どものようだ。

「エルさん? エルさん!! こういうの好きなんですか!?」

 すぐ隣だというのに、音楽と他の観客たちがあまりにも騒がしいため、声がろくに届かない。桃太郎が必死に声を張ると、エルは高揚した調子で言葉を返した。

「分からん!! 何せこういうのは初めてなものでな!! 好きかと問われても何とも言い難い!!」

「じゃあ何でそんなに機嫌良さそうなんですか!?」

「決まっているだろう!! 楽しいからだ!! 舞踏会に行った時も豪勢な食事や優雅なダンスを見たが……何だろうなこれは!! 周りは騒がしいし、料理も気取ったものじゃないが、でもだからこそ楽しい!! こんなに楽しいのは初めてだ!! それだけで十分だ!!」

 満面の笑みで、エルはそう返した。

 シンプルで裏表のない言葉、しかしだからこそ嘘でないということがわかる。彼女が本気で楽しいと思っているのだと伝わる。

 ならば、桃太郎たちも呆けている場合ではない。他のオーディエンスの見様見真似でこぶしを突き上げ 声を上げ、鶏は更に盛り上げるように声を掛けた。

「Everybody Say!!!!」

「「「「「「「「「「YEAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH」」」」」」」」」」

 ワケも分からぬままに叫び、ワケも分からぬままに拳を突き上げたが、しかしそれは間違いなく楽しい時間だった。


「ハハハハッハハハハハハハハハハハハアハ!! ウケる~! 具体的に何がウケるのかと聞かれると答えには悩むんですけども~! うぉえッ!!」

 桃太郎は爆笑しながらも道端で吐き気を催し、道端の側溝に胃の中のものをまき散らした。足はフラフラとして落ち着きがなく、これぞまさしく千鳥足と言ったところだ。

「う、うわぁあああああ!! なんで道端にゴミが落ちてるのー!! 世界って汚いよー!! うわああああん!! うぉえッ!!」

 一体 何に泣いているのかは分からないが、エルは泣きながら吐いていた。

 その二人をズルズルと引っ張りながら、瑚白は尻尾で鼻を覆って必死に悪臭に耐えていた。

「ううう、お酒臭いのですよー。何かいっぱい吐いてるし~! だから飲み過ぎるなって言ったのに。フェアリーテイルに漂流したのも、元はと言えば酒に酔ってロクに海図も見ずに船出したからなのに!! 何の反省もないではないですか!! 本当に困るのですぞー!!」

 悪態をつきながらも 何とか必死に二人をホテルに連れ帰る瑚白、実にけなげな姿である。

「ハハハハハ!! 怒らないでよ瑚白ちゃーん! 今日も今日とて可愛いよ~」

「五月蠅いですぞ! 笑い上戸め! ちゃんと歩いて欲しいのですぞー!」

「うぇええん! 瑚白君が怒ったー!! 何でだー! 我は何も悪いことしてないのに~!! これも社会の所為だ! うぇええええん!!」

「何でもかんでも社会の所為にしないのですぞ! 泣き上戸め!! というか今回の件は10対0でエルさん本人が悪いです!!」

 なぜこんなにも二人が酔っているかと言うと、あのブレーメンの音楽隊のライブの所為である。

 時折り喉を潰すほどの勢いでシャウトしていたため、ついつい喉が渇いてより多くの酒を飲んでしまったのでる。

 もしかすると そうやって酒を大量に飲ませようという店側の狙いなのかもしれないが、その真相はさておき桃太郎とエルは浴びるように酒を飲み、その体たらくがコレである。

 桃太郎は元々 調子に乗りやすい性格をしているのだが、エルも思ったよりも調子に乗りやすいようだ。

「お、重いですぞ~!」

「ハハハハ! そんなに重い!?」

「うぇえええん! 重くてごめんね~!!」

「五月蠅いですなあ! もう!!」

 へらへら笑う桃太郎と泣きじゃくるエル、そして困った様子ではあるが何処か楽しそうな瑚白、それはまるで昔からの知り合いのように馴染んでいた。


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