第十五話 「ブレーメンの音楽隊」
「さーて、と。服も着替えたし、腹も減ったし。ご飯食べに行こうか!!」
「わーい、賛成ですなー!!」
桃太郎の言葉に、瑚白は拳を突き上げて喜びを露わにした。
ハンプティダンプティは仕事があるから と先にホテルを出ており、桃太郎、瑚白、エルの三人で雑踏の中を歩いていた。
街は昼間の仕事を終え家路につくなり 酒と食事の場所を探すなりしている人や、逆に夜の仕事に向かう人々でごった返している。
「……チッ」
だが、エルは街に出てから苛立っている様子であった。
それは周囲の人々の視線が原因であった。彼らの視線はエルの顔の火傷の跡に向けられていたのだ。目の傷は包帯で隠しているが、火傷の跡はそのままであるため どうしても視線を集めるのだ。
今までであれば、傷よりも薄汚れた格好の方が目立っていたうえ、エルは顔を隠していたため問題はなかったが、なまじ綺麗な格好になったうえ、顔立ち自体は整っていることもあってか傷の方に目線が集まるらしい。
「どいつもこいつも、鬱陶しいな」
自分に集められる視線に対して、鋭い眼光を返すエルの様子を見て 桃太郎は一つ嘆息すると、彼女の肩に手を回した。
すると桃太郎は羽織を着ている分、袖が大きくそのお陰で彼女の火傷の跡が隠れた。
「そう怖い顔せんでくださいよ。折角の美人が台無しだ」
「……火傷の所為でとっくに台無しだ、我の顔なんて」
「へえ、エルさんも火傷が無いなら自分は美人だって思ってるんですね。だったら、火傷を隠している今は美人なんじゃないですか?」
「別に……、そう言うつもりで言ったわけじゃない」
「ま、傷を含めてもエルさんは綺麗だと思いますよ。某的にはね」
桃太郎の言った言葉に対し、エルは無愛想に彼の腕を払って一人で先へと歩き出した。しかし、エルの耳が赤くなっていることを桃太郎は見逃さず、彼はそんなエルの態度につい破顔する。
だが、それはそれとして腹が減った。
「じゃ、とにかく飯食うとこ探しましょうかね。どこがいいかなー、と」
「おーい! 桃太郎さん!! 腹減ってるならこっちに来いよ!!」
食事の場を探す桃太郎たちに声を掛けたのは、一頭のロバであった。ロバは『お食事処ブレーメン』の看板が下がる店の窓から桃太郎たちに声を掛けていた。
誘われたのだから、と桃太郎たちはそちらの店に向かった。
「やあ、こんにちは。……初めてお会いすると思うんだが、どちらのロバですかね?」
店の入り口まで出迎えに来てくれたロバに桃太郎は尋ねた。すると、ロバが大きく嘶き、店の中から次々と犬、猫、鶏が姿を現すと、彼らは背中の上に重なりあって乗っかり 一つのタワーのようになった。
「よくぞ聞いてくれた! 俺たちゃブレーメンの音楽隊!! 美味いものと音楽が何よりも好きな動物たちの音楽隊よ!!」
ロバは大きな声でそう言うと、他の動物たちも大きな声で鳴き声を上げた。それぞれの動物たちの鳴き声は実に喧しく、正直なところ音楽として良いものかは桃太郎には分かりかねるが、誘ってもらったのなら行ってみよう。
「おお、元気がいいなあ。そんじゃあ、お邪魔させてもらうわ。三人だけど入れるかな?」
「おお、勿論だとも! 三名様ご案内!」
「ワン!」
「ニャー!」
「コケコッコー!」
という最早 収拾のつかない鳴き声に、桃太郎は笑い 瑚白は呆れ そしてエルは驚きつつも、楽しそうに笑った。
「さあ、どんどん食ってくれー! 街の恩人だからなあ、桃太郎さんは! 安くしておくぜ!!」
陽気なロバはそう言って次々と料理の乗った皿を出してきた。色鮮やかなサラダや、多種多様なチーズ、香辛料を聞かせた肉料理、甘辛く煮込んだ魚介料理、テーブルには所狭しと料理が並んでいく。
「おお、ありがとう! ロバさん」
「おうよ、楽しんでいってくれな!」
ホカホカと湯気が立つ料理を前に、桃太郎たちは強い空腹を覚えた。彼らは手にしたジョッキを掲げると。
「よし、じゃあ腹減ったし! 食いますか」
「え、ええっと、我も良いのか……。その、一応は敵だったわけなんだが」
おずおずとエルが申し出るが、しかしそれは今更だろう。彼女の服も風呂代もすべて桃太郎から出ているのだ。
「いいよ、別に。大したことでもないし、ここで飯食って仲直り……って表現も違うか。とにかく、もう某はエルさんと戦う気はないし、そっちだってそうなんだろ?」
「ま、まあ。それはそうだが……」
「じゃ、それで良し!! カンパーイ!!」
「カンパイですぞー!!」
「か、カンパイ」
三人はジョッキをぶつけ合わせて酒を煽ると、あとは次々と料理に手を伸ばした。フェアリーテイルの料理は日本のものとは大分 異なる趣であったが、しかし中々に美味い。
桃太郎も瑚白もどんどん食べ進めていくが、しかしそれ以上に食事が早いのは意外なことにエルであった。
「うっわサラダしゃきしゃき! お肉の合間に食べると口の中がサッパリして延々食べれる!! エビも甘辛くてお酒にすごく合う! チーズも全然食べたことない奴ばっかりだけど、まろやかだったり あっさりしてたり色々あるのね!! もうコレ止まんない!! 美味しい!! 何もかもが美味しい! これは まさしく味の究極進化や~! 具体的にどういう意味か聞かれると困るけども~!」
何かもうキャラ崩壊してね? と思うほどの勢いで むしゃむしゃと食事を続けるエルの姿に、桃太郎も瑚白も呆気に取られていたが、しかし肝心の彼女は二人の視線には全く気が付いていない。
だがこれも仕方がないことであろう。
エルは今までまともな生活を送ってこなかった。こんな食生活が送れる日などほとんどなかったのだろう。なら桃太郎も瑚白も何も言わない。
「やれやれ、このままじゃあ食いつくされるな。某達ももっと食おう!」
「あ! それボクの狙ってたエビですぞー!!」
「フハハハ! 早い者勝ちじゃあ!!」
三人はあっという間にすべての料理を平らげると、最後にまたしても酒を煽った。
「「「ぷはー!!」」」
程よい空腹感と酩酊感が心地いい。これだけ飲み食いすれば正直なところ満足なのだが、しかし このままホテルに帰るのも味気ない。どこか遊ぶところでもあればいいのだろうが。