第十四話 「着替え」
これからは一日で二回投稿します。
「ただいま~」
「お帰り、……ってどうしたのですかな!? ご主人、その怪我とお姉さんは!?」
ホテルのエントランスホールでソファに座って待っていた瑚白は、桃太郎の怪我と薄汚れた女性に仰天した。
だが桃太郎はマイペースな様子で、瑚白の頭を撫でまわしつつ ホテルの受付スタッフに声を掛けた。
「すみません! 彼女をお風呂に入れたいんですが、女性スタッフでの入浴準備とか頼めますか?」
「え? ええ、まあ構いませんが……」
「では、お願いします。それと彼女の着替えのためにハンプティダンプティに連絡してもらえませんか?」
「はい、分かりました」
エルの薄汚れた格好を見てスタッフも多少 面喰ってしまったようだが、しかしすぐに準備に取り掛かった。
桃太郎は瑚白の手を取ると、彼の膝の上に載っていた王からの謝礼金が履いた袋を持ち、ホテルの階段へと歩き出した。
「エルさん、某たちは部屋で待っているので とりあえず綺麗にしてもらってくださいな。そんじゃあね」
「え!? ああ、ちょっと!?」
「では、お客様。こちらへ。そのままホテルに入って頂くわけにはいきませんし。さぁさぁさぁ! お客様は磨けば光る気がしますよ~!」
「う、うわ!! 待って!! あわわわわわわわ!!」
いきなりホテルに連れてこられた挙句、一人にされたエルは困っていた様子であったが、颯爽と現れたホテルの女性スタッフに強引に連れていかれ、間抜けな叫び声だけがホールに木霊していた。
「いやあ、一日に何度もスマンね。ハンプティダンプティ」
「まあ、それは構わんが。俺様のスーツを早速ダメにしてくれたのは頂けないな」
ハンプティダンプティに新しいスーツを貰った桃太郎は、ホテルの自室で着替えを済ませた。やはり そこだけは譲れないのかジャケットでなく自分の羽織を着ていたが。
「ああ、それこそ本当にスマン。悪気はなかったし、気に入った服装だから気を付けていたんだがな。これからは気を付けるよ。あと、今回は代金も払っとくわ。某から頼んだし」
桃太郎はそう言って、王に貰った謝礼金の内から金貨の数枚をハンプティダンプティに渡した。
ハンプティダンプティは少し悩んだが、結局は金貨を受け取った。
「そうか、お前がそう言うなら貰っておくよ」
「そうしてくれ、エルの分も頼んだしな。で、エルはまだ風呂なのか?」
「いや、俺様が来た時にはもう風呂は上がったと聞いたが。ただ髪も切ってるらしいからな。大分 時間が経ったから、そろそろだとは思うが」
ハンプティダンプティの言葉に桃太郎は頷いた。そこまでホテルのスタッフに頼んだつもりはなかったが、思ったよりも手をかけてもらっているようである。
スタッフにも後で幾らかのチップを渡しておこう。
「……で、ご主人。いい加減に教えて欲しいですぞー、あのお姉さんとはどういう関係ですかな?」
「ああ、そうだな。俺様も聞きたかった。誰だあの女は?」
ソファの上で膝を抱きかかえるようにして座っていた瑚白の言葉に、桃太郎は頭を掻きつつ 彼の隣に腰かけた。そして一度 納得したように頷いて言った。
「アレだ、ほら。街で見かけて一目惚れ」
「誤魔化さないのですぞ!」
怒ったように瑚白は桃太郎の脇腹に頭突きした。桃太郎は「いでっ!」と声を上げ、何をするんだと瑚白に視線を向けた。
だが桃太郎の視界に映る瑚白は、頬を膨らませてその目には涙を浮かべていた。
「……怪我して帰って来て。心配してたのに、何も言ってくれないのですかな?」
瑚白は、桃太郎に何度も何度も頭突きする。これは彼が拗ねたときに、桃太郎に対してよく取る行動だった。
桃太郎は困ったように笑いつつも、瑚白を抱きしめて自分の方へと引き寄せた。
「ああ、そうだな。ごめん。……瑚白と初めて会った時と同じだよ、何となく連れて来ちゃっただけだよ。放っておけなくてさ」
桃太郎は、瑚白の大きな犬耳を指先で弄り 細くて量の多い髪に顔をうずめた。髪越しに伝わる桃太郎の体温と言葉に、瑚白は納得したように笑った。
「うん、そっか……。ボクと一緒ですかな、それは仕方ないですなー」
瑚白の瞼の裏に思い浮かんだのは、桃太郎と出会った時の光景。妖怪として封印されていたときに、ふらりと現れた人間が こんなことを言った。
『鬼退治に行くんだが、人手が足りないんだ。そんなに暇そうなら、付いて来てくれないか?』
そして瑚白は封印を解かれ、桃太郎と共に旅立った。
(……軽薄で捻くれてるけど、相変わらず面倒見の良いご主人だね)
だらしない笑みを浮かべて桃太郎に身体を預ける瑚白の様子に。
「あー、俺様も居るんだがな。と言うかお前らこそ どういう関係なんだ? 二人とも男だよな……そういう関係なのか?」
ハンプティダンプティが困惑したように尋ね、瑚白は顔を赤らめて桃太郎から離れた。
「ち、違いますぞ!! 別にそう言うんじゃないのです!!」
「慌てるところがますます怪しい」
「違うんですぞー!!」
「そうだぞ、ハンプティダンプティ。あまり人間関係のデリケートなところを責めるな。某と瑚白は時々 匂いを嗅ぎ合ったりするだけの関係だ」
「どういう関係だよ。さっぱり分からんわ」
桃太郎の言葉に、ハンプティダンプティは呆れたような表情を浮かべた。悪い人間ではないのだろうが、桃太郎は何を考えているのか分かりにくいものがある。いや、もちろん今の発言に関しては単にふざけたものなのだろうが。
「入ってよろしいですか? エル様のお着替えが終わりました」
と、そこでノックするものが居た。その声には聞き覚えがある。確か、桃太郎がデスワームから助けたこのホテルのオーナーの夫人である。
桃太郎が「どうぞ」と声を掛けると、ゆっくりとドアが開けられ 夫人がドアを押し開け室内に這入り、ドアを抑えて奥の女性に「どうぞ」と声を掛ける。
声を掛けられて、もう一人 女性が中に這入ってきた。
ぼさぼさだったダークブロンドの髪は綺麗にカットされ、三つ編みにしてサイドから垂らし、襤褸布のような服装から皺ひとつないブラウスと上品なコルセット、濃紺のジョッキーパンツとブーツ、そして怪我をした目には真っ白な包帯を巻き、スチームパンク風の衣装を着た、その女性は。
「エルさん……! 驚いた、めっちゃ格好いいですね!!」
エル・フォスケットは雰囲気をがらりと変えていた。
モデルのように長い手足と美しい髪に、顔立ちも元々が整っているため 顔に巻かれた包帯もいっそ神秘的な美しさを放っているように見える。
「ふ、ふん! そんなことを言って、みんなで我を面白おかしい玩具にしようとしているのだろう!! 騙されんぞ!!」
だが肝心のエルは緊張しているのかぶっきらぼうな調子だ。しかし、その後ろにいた年配女性のホテルスタッフと夫人は楽しそうに笑う。
「やあねえ、そんなこと言って! あんなに楽しそうに服を選んでらっしゃいましたのに」
「そうですよ! 髪も服も自分でお選びになったものじゃあありませんか! もっとご自分のセンスは大事になさった方がいいですよ!」
「……うぅ」
婦人たちも囃し立てているわけではないのだが、エルは恥ずかしいのか顔を赤らめていた。
「え!? 自分で選んだんスか!? いいじゃないスか!! 超格好良いッスよ、そのファッション!! 良く似合ってますよ!! そういうのがお好きなんですね、実に美しい!! 素敵なセンスでいらっしゃる! 何と言うか、恰好良くて可愛いって感じですね!」
「おお、全くです。大変よくお似合いですよ。当店自慢の品々を揃えたつもりでしたが、あなたの美しさには敵いませんなぁ。本当によく似合っていらっしゃる!! もし、お店にいらして下されれば、もっと色んなものもご用意できますよ!!」
「うん、そうですなー。とても格好いいですぞー」
また、男性陣もおしゃべりな桃太郎と客商売をしているハンプティダンプティであり、彼らもエルの姿を見て褒め称えた。ハンプティダンプティが商売根性を出しているのは、実際に商人なのだから仕方が無いのだが、それでも褒める言葉に偽りはない。
瑚白だけはそれほど喋る方でもないので、上手に褒めることはできないが格好いいと思ったのは本当だ。
周囲の皆に褒められるという これまでになかった経験をしたエルはと言うと。
「ふ、ふふふ……。我はそんなに格好いいだろうか?」
と あっさり相好を崩しており、その場の誰もが心の内で。
『あ、この人 意外とちょろいな』と思っていた。