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ハッピーエンドにはまだ早い。  作者: 世野口秀
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第十三話 「エル・フォスケット」

女が顔を上げ、桃太郎へと目を向けると。

「君さあ、話 長いって言われない?」

 桃太郎は明らかに飽きたような様子で、口の中で飴を転がしていた。

「……へ?」

 予想だにしていなかった桃太郎の様子に、襤褸布の女は間抜けな表情を浮かべた。が、肝心の桃太郎は口の中の飴を噛み砕くと、満足そうに飲み込んだ。

「この飴ちゃんさ、昨日 街の人に貰ったんだけど。端的に言ってね、うまい」

「そんなことは別に聞いてないわよ!!」

 呑気な桃太郎の様子に、女は怒声を張り上げた。それもそのはず、彼女がこれまでの人生の中で抱え続けた苦しみを、全て打ち明けたのだ。まさか こんなにも軽いノリで扱われるとは思っていなかった。

「き、君は我の生涯を何だと思っている!!」

「いやあ、某だって思ったよ。『やっべ、これ重い話じゃん。某そういうの超苦手~やばみ溢れる~』って」

「軽いわ!! もっと真面目な顔は出来んのか!!」

「いや、現時点で結構 真面目だよ。ちょっとした葬式よりもきちんと話 聞いてたよ」

「葬式にちょっとも何もないだろう!! というか本当に不謹慎だな君は!!」

「まあまあ、落ち着きたまへよ。ほら、飴 舐める?」

「要らん!!」

「えー、美味しいのになあ。リンゴ味で」

 桃太郎は紙に包まれた飴をもう一つ取り出すと、口の中に放り込んだ。その様子を見て女は頭を抱えた。自分の所為とは言え、まさかこんな男に自分の秘密を打ち明けるとは。

「それはそれとしてさぁ、某はそちらさんのことを何て呼べばいいんだ? シンデレラって呼び方は今の王妃様に取られちゃったんだろ? それに、そもそもシンデレラってそんなに良い意味じゃ無さげだしさ。聞いてなかったけど、アナタの本名は何て言うの?」

 至極まともな桃太郎の言葉に、彼女は確かにと頷いた。

が、しかし。

「その前に、他人に名前を聞くときには自分から名乗るべきでは?」

「えええええ!? 何、この状況で!? あれだけ自分語りしておいて、本名を名乗れないのおかしくない!? どういう価値基準してんの!?」

「む? そうなのか?」

 そう言って首を傾げる女は、別にふざけている様子には見えない。少々変わった価値観らしいが、そう言われれば桃太郎としては従うほかない。

「ま、いいや。某は桃太郎。桃から生まれて拳法家の父母に育てられ、鬼ヶ島での鬼退治の果てにこの国までやってきた。ちなみに年は17だよ。おなしゃーす」

「……桃から生まれた?」

 やはり桃から生まれたという言葉が引っ掛かるようだが、事実は事実なのだから仕方がない。

 それに、ここはおとぎの国フェアリーテイル。女もそれほど追及することなく、まあそんなものかと受け入れた。

「我は元シンデレラ。本名は……エル・フォスケット。親から貰った大事な名前だ。ちなみに年は26だ」

「26かあ。やっぱ年上か。桃栗三年柿八年とうちの国では言いますが、某とあなたの年の差だと柿を育てても1年お釣りが帰ってきますな」

「ほっとけ!!」

「さて、それは冗談として。……某を殺しに来たのは何故でしょうか? 別に関係ないでしょ、某は」

 軽薄な笑みを浮かべてはいるが、桃太郎は居住まいを正して尋ねた。その目は笑っていない。エルは桃太郎の視線に対し、自分の胸に手を当てると 体の中から一冊の黒い本を取り出した。

 ごく自然な様子で取り出したが、人体から本が出てくるという光景に流石の桃太郎も多少は驚いた。自分も桃から生まれているのであまり強く指摘できないが。

「この本が黒綴りだ。あの女――今の王妃は、他人から運命を奪え と言っていたが、それにもいくつかの方法がある」

 エルは黒綴りをパラパラとめくっていたが、あるページで手を止めて指先でなぞりながら書いてある文言を読み上げた。

「『運命を奪うには、対象となるものと入れ替わるか、他人を殺して運命の力を奪い取るかの二択しかない。ただし、入れ替わりと違って殺した場合は運命の全てを奪うことはできず、黒綴りから解放されたければ相当数の人間を殺すしかない。どちらを選ぶかは、お前次第だ』……運命を奪う方法はこの二つ。ただ入れ替わりは非常に困難な方法だ。王妃と我が入れ替わり直すよりも、殺すほうが手っ取り早い。しかし今の王妃は城で護衛に守られている。殺すにしても武力が必要だ」

「……なるほどね。で、君は実践訓練と運命の力を奪い取るために某を狙ったのか。異国の人間ならフェアリーテイルの人間を殺すよりも多少は罪悪感ないでしょうし」

「いや、君を狙ったのはそれだけじゃない。お前は異国の地でもフェアリーテイルでも化け物を倒していたのだろう? 大きなことを成し遂げる人間はそれだけ大きな運命の力を有する。つまりは君のような奴だ。それに、運命の力を奪い取るメリットはもう一つある」

「ん? 何です、メリットって?」

 エルは開いていた黒綴りを一度閉じると、自分の胸の内に仕舞った。代わりにその手で近くの焚火の灰を握りしめ、手を開くと そこには一発の銃弾が転がっていた。

「これは我が黒綴りを手にして得た能力『灰の銃弾』。運命の力を得れば得るほどに、この弾丸の威力は増していくのだ。君のように大きな運命を有するものであれば、より大きな力を手に入れることが出来るだろう」

「ああ、そういうことね。つまり某を殺してパワーアップしようとしていたんだね~。やってくれますね~某 何も悪いことしてないのに~」

 唇を尖らせ、桃太郎は責めるようにそう言った。それもそうだろう。二発も撃たれているのだ。寧ろ殺しも怪我もさせずに、武器を取り上げただけで済ませた桃太郎の方が本来は異端なのだ。

「……ああ、そうだな。我の都合で君の命を狙った。そのことは否定しない。謝罪もしないがね。我にとっては必要なことだったからな」

 エルは俯きながらも、はっきりとそう言った。

 彼女にとっては、それだけの思いを懸けた復讐なのだ。目的を達成するためには多少の犠牲は厭わない、というほどに。

「そう言って、某を撃つの躊躇ったろ? 人殺しには向かない性格ですね、エルさんは」

 だが桃太郎から言わせれば、その程度のものだ。

 人を撃つのを躊躇うような人間に復讐が完遂できるとは思えない。エルもそれは分かっていたため、拳を握り固めて何も言わない。

「でもまあ、それは悪いことじゃないでしょ。人間なんて殺さずに済むなら殺さないでいたほうがいいしさ」

 桃太郎はそう言って、エルに手を差し出した。どういうことかと、首を傾げるエルに対して桃太郎は優しく笑った。

「人殺しなんてしないでさ、ちょっと遊びに行こうぜ」

 


今回から一日に二話 投稿します。

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