第十二話 「奪った少女と奪われた少女」
その場にいた誰もが、みすぼらしい姿ではあるが それでも隠し切れない美しい姿にざわめき、驚きを隠せないでいた。
「だ、だが。お嬢さん。もしあなたが本当に『ガラスの靴のお姫様』でしたら、もう片方の靴も持っているはず。……できれば、それも履いて見せていただきたい」
使用人の中でも最も地位が高いのであろう、年配の男がそう告げた。もし、少女がもう一足のガラスの靴を持っており、それがぴったり合えば間違いなくその少女が『ガラスの靴のお姫様』だと、誰もが固唾を飲んで見守った。
「ええ、勿論ですわ」
少女は懐からもう一足のガラスの靴を取り出した。それは、シンデレラが屋根裏に隠していたはずのものだった。
少女は足元にガラスの靴をそっと置いてから、足を入れた。
それはまるで蝋で型を取ったように見事に収まった。最早 誰にも疑いようはなかった。
「あなたこそが! あなたこそが『ガラスの靴のお姫様』だ!!」
使用人は今度こそ断定した。
遂に『ガラスの靴のお姫様』が見つかったのだと。
その光景に誰もが歓喜の声を上げ、馬車の中から様子を見ていた王子も待ちきれずに飛び出した。
「ああ、待ち侘びた!! 名も名乗らずに去ってしまった美しい方よ!! たった一晩の出会いだというのに、私の胸は焦がれるような思いでいっぱいだった!!」
王子は少女に駆け寄ると、彼女の両手を取って満面の笑みを浮かべた、対する少女は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「王子様……。思いを寄せていただくことは、大変うれしいことです。しかし、見てわかるとおりに私はみすぼらしい女です。こんな私を……」
「委細構わぬ!! 今日から、貴方に我が妻になって欲しいのだ!! さぁ、あなたの名前を教えてくれ!!」
見ているだけで胸が熱くなるような情熱的な王子の言葉に、少女は温かい笑みと共に答えた。
「はい、私の名前は『シンデレラ』。シンデレラでございます。こんな私でよければ、……何時までもアナタ様に寄り添っています」
シンデレラの言葉に、周りの誰もが最大限の喜びの声を上げ、あちこちから拍手が飛び交い、二人を祝おうと口笛を鳴らして囃し立てた。
若く凛々しい王子様とみすぼらしい少女の身分を超えた恋。
至高に 至上に 至極に美しいロマンチックな物語に、誰もが湧きたっていた。
「ま、待ってよ。違う……、そいつじゃない。シンデレラはそいつじゃない」
ただ一人。シンデレラを除いて。
ふらつく足取りで、シンデレラは王子のもとに向かおうとした。
(あなたがダンスを踊っていたのは、そいつじゃない。ちがう、違うんだ。お願い、王子様。私に気が付いて)
重たい足を引きずっていたシンデレラは、直ぐに護衛の騎士に止められた。
「おい、止まれ!! 王子様に近づくな!!」
「ち、違うの……。違うんです。あの女は、違うんです……」
護衛に肩を掴まれながらも、シンデレラは必死に王の元へ向かおうとした。しかし弱り切ったシンデレラが騎士に敵うはずはない。
「ええい! 邪魔だ!!」
「ッ!!」
シンデレラは騎士に突き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。
それでも必死に顔を上げて、立ち上がろうとするシンデレラは誰かからの視線を覚え、そちらに目を向けた。
それは継母と二人の義姉であった。
彼女たちも、自分たちが虐げてきたシンデレラと傷の有無以外は瓜二つの少女が、シンデレラを名乗っていることに驚いていたが、自分たちの良く知るシンデレラの様子からどうやら あの二人の間には何かあるようだと感付いた。
「お、お母様!! お姉さま!! わ、分かるでしょう!? 私が、私がシンデレラなんです!! アイツが、私から運命を奪ったんです!!」
そしてその言葉から、シンデレラがあの少女に利用され、捨てられたのだということまですぐに気が付いた。
継母たちは何故そんなことになったか疑問には思った。
しかし、それ以上に彼女たちは打算的な人間であった。
「ああ、シンデレラ!! 今まで嫌なことばかりしてごめんよぉ!!」
「今まで辛かったろう!! ごめんよ、ごめんよ!!」
「ああ、シンデレラ!! この嫉妬深い母をぶっておくれ!! 叩いておくれ!! 蹴っておくれ!!」
継母たちは、少女を『シンデレラ』と呼んでひれ伏した。三人は少しでもお零れに預かれるようにと、プライドを捨てて頭を下げた。
少女は頭を下げる継母たちに優しく微笑むと。
「構いませんわ。これからは、他人にも優しくなってくださいな」
と、そう言って許した。
継母たちは泣きながら少女に頭を下げ、許してもらったことに対して感謝の言葉を並べた。自分が虐げていたのが、その少女でないことを十全に分かっていながら。
「う……嘘。何で」
継母たちは、シンデレラを良いように利用し尽くしたうえで、容易く捨てた。
胸を締め付けられる思いに、シンデレラは最後の思いを王子に懸けた。あんなにも優しくしてくれた王子なら。
王子様なら。
「お、王子様ッ!! 待って!!」
誰もが声を上げる中でも、シンデレラの声が届いたのか それとも偶然なのかは分からないが、しかし王子様はシンデレラの方へと顔を向け、二人は目が合った。
「王子――」
シンデレラは王子に声を掛けようとしたが、しかし王子は。
視界には何も映っていなかったかのように目を逸らし、シンデレラを名乗る少女に向き直った。
「さぁ、シンデレラ。お城へ行こう。君のことを父上と母上に紹介しなくては」
「はい、王子様」
二人は手を繋いで馬車へと向かった。
シンデレラは、茫然自失としたまま立ち尽くしていた。
継母たちだけでなく、王子までもが自分のことを見捨てた。いや、認識すらしていなかったのだろう。
王子の探していた『ガラスの靴のお姫様』はもう見つけた。シンデレラなど、視界に入っただけの人間であり、何の興味もなかったのである。
「待って……。待ってよ!! お願い!! 待って!!」
シンデレラは咄嗟に駆け出し、王子の者へと向かおうとした。だが、当然のようにそんなことが出来るはずもなく。
「ええい!! 聞き分けのないガキめ!! めでたい場を台無しにするな!!」
騎士は腰の剣を抜き、脅しのつもりで振り下ろした。そして動揺していたシンデレラは騎士のことを見ておらず、結果として。
シンデレラの右目が切り裂かれた。
「ッああああああああああ!!」
右目が燃えるように熱く、シンデレラは両手で目を抑えて蹲った。騎士としてもそこまでする気はなかったのだが、しかし斬ったものを元に戻せるわけではない。彼は後味の悪さを忘れようと、シンデレラに背を背けた。
やがて王子を乗せた馬車は王城へ向けて動き出し、継母たちや騎士や周りの人々もその後に着いて行ったため、パレードのようになりフェアリーテイル全体がお祭り騒ぎになった。
だが、シンデレラだけは王城とは反対の方向へと歩き出した。
「う、うう。うああああッ!! っああああああああ!!」
右目からは血が流れ、左目からは涙が溢れ、口からは嗚咽が漏れた。シンデレラは歩き続け、歩き続け、やがて危ないから行かないようにしていた貧民街にまでたどり着いたが、そこで石に躓いて転んだ。
「いたッ!!」
誰かがたき火をした後だったのだろう、地面に倒れたシンデレラは燃え残った肺の中に倒れ込んだ。
「また……灰か」
灰に塗れたシンデレラは、苛立ちを込めて灰を握りしめた。手に付着していた血液で灰が固まったのか、彼女の手の中の灰は一つの大きな円筒形になっていた。
いや、しかしよく見れば。ただ握り固めたにしては形が綺麗に整い過ぎている。
それは銃弾のようにきれいな円筒形をしていたのだ。
「これは、銃の弾? ……ああ、そうか。分かった。何となくだけど、分かった」
あの老婆が不思議な魔法を使っていたように、『黒綴り』を身に着けるものは特別な力が使えるようになるのだ。
シンデレラは――いや。『シンデレラで無くなった少女』は、弾丸を握りしめ王城を見据えて誓った。
「私は、他人の運命なんて奪わない。……お前から私の運命を奪い返してやるッ!! そして私のことを見捨てた継母たちも、あの王子もッ!! 絶対に許さないッ!! それ以外の私の邪魔をする奴らも、まとめて全部 叩き潰すッ!!」
灰色の銃弾を握りしめ、彼女は復讐のために立ち上がった。
「その運命を奪われた少女が、我だ」
小さな小屋の中で、襤褸布の女は そんな言葉で締めくくった。