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ハッピーエンドにはまだ早い。  作者: 世野口秀
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第十一話 「舞踏会と少女」

「美しい……!!」

 シンデレラが舞踏会の会場に現れた時、その場にいた誰もがそんな声を漏らし、目を奪われた。継母たちは、どこかで見おぼえがあるような とも思ったが、しかし彼女がシンデレラであるということには気が付かず、その美しさに息を呑んでいた。

 王子もまた、そんなシンデレラの美しさに心惹かれた。 

「美しいお嬢さん! 僕と一緒に!」

「いえ、私と踊りましょう!!」

「ぜひ私と!!」

 誰もがそう言ってシンデレラに手を伸ばす中に割って入ると、王子は彼女の前で片膝を地面に着け、右手を差し出した。

「美しいお方。どうか、私と一緒に踊ってはいただけませんか?」

「……喜んで」

 シンデレラは王子の手を取った。周囲の貴族や豪商の息子たちは彼女を獲られたことに多少の口惜しさも覚えたが、王子が相手では仕方がない。

 王子はまだ若いが優秀な男であり、なにより将来はこの国を背負って立つものだ。あの女性と釣り合うのであれば、それは王子だけであろう。誰もがそう考えて引いた。

 王子とシンデレラは、どちらともなく両手を繋いで向き合った。それに合わせて楽団の者たちも音楽を奏で始めた。

 王子とシンデレラは、音楽に合わせて踊りだした。シンデレラのダンスは昔 父に教えられたきりのものであったため 不安な思いもあったのだが、王子のリードは優しく二人のステップは風の中で舞う花弁のように鮮やかなものだった。

 王子のステップの一つ一つがシンデレラを気遣っていることが伝わり、どんな言葉を尽くされるよりも それがシンデレラにとっては嬉しいことだった。

(楽しい……。本当に楽しい。こんなに楽しいのって、何時ぶりなのかしら?)

 シンデレラが王子に目を向けると、彼も照れたように はにかんだ。初めて出会った相手に、シンデレラは心惹かれていた。

 二人のダンスに、誰もが見惚れていた。


 しかし、どんなに楽しい時間もやがて終わる。

 休憩を挟みながらダンスをしていたシンデレラと王子であったが、気付いた時には12時近くなっていた。

 シンデレラは名残惜しい気持ちもあったが、今ここで みすぼらしい姿を晒すわけにはいかない。彼女はこっそりと舞踏会を抜け出し、立ち去ろうとした。

 しかし何分、彼女は周囲の目を集めていた。会場を出ようとしたその時、様子を見ていた貴族の青年に声を掛けられてしまったのだ。

「お嬢さん、どちらへ行かれるのですか? もしよろしければ私と――」

「ご、ごめんなさい!!」

 シンデレラは慌てて断り、駆けだした。強く断られたことに、貴族の青年はショックを受けて放心していたが、シンデレラにも余裕がなかったのだ。

 直ぐに王子もシンデレラが居なくなったことに気が付くと、彼女を追って駆け出すと、何とか会場の外の階段でシンデレラに追いついた。

「待って! どちらに行かれるのですか!? 私に何か、至らないところでも!?」

「違うのです! でも、でも私は……ダメなのです! これ以上は、もう!!」

 シンデレラは慌てて階段を駆け下りたため、ガラスの靴の片方を落としてしまった。しかし、急いで帰らなくてはならない。

 彼女はガラスの靴をそのままにして 走り去っていった。王子はシンデレラを追いかけようとしたが、しかし外は暗くなってしまっていたため、やがてシンデレラを見失ってしまった。

「ああ、どうしてッ!! たった一度 会っただけでこんなにも胸が熱いのに、何故あなたは居なくなってしまったんだ……ッ!!」

 王子は胸を押さえて呻いた。門を守っている番兵のところに行って尋ねてみても、そのような美しい姫は見ていないという。代わりに みすぼらしい少女が走り去っていったとのことであるが、使用人か誰かだろう。

 王子の手元に残ったのは、片方だけのガラスの靴のみ。しかし彼は諦めようとはしなかった。

「きっと、見つけてみせる。君に私の思いを伝えるために」

 固く決意した王子は、ガラスの靴を大切に抱きかかえた。


「はぁ。昨晩はあんなに楽しかったのになぁ。やっぱり私は灰被りのまま、か……」

 翌朝。

 シンデレラは部屋の誇りを箒で掃きつつ、そんなことを呟いた。舞踏会から一夜明け、継母たちも上機嫌で帰ってきたが、しかし自分にはやはり何も残ってはいない。

 老婆は真実の愛が導いてくれる、と言っていたがどういうことなのだろうか。昨日、家に帰った時にはもう既に老婆の姿はなく、一体どういう意味なのかは ついぞ分からなかった。

「はぁ」

 一体 何度目か分からない溜息をつくシンデレラ。そんな彼女はやがて、何故だか外が騒がしいことに気が付いた。

 窓を開けて通りに顔を出すと、フェアリーテイルで瓦版を売っている 長靴をはいたネコが、何やら騒ぎ立てながら一枚刷りの印刷物をばらまいている。

「号外! 号外! 号外だにゃー!! 王子様が『ガラスの靴のお姫様』を探してるそうだにゃー!! ガラスの靴がぴったり履けるお嬢さんをお嫁さんにするそうだニャー!! 玉の輿に乗りたい奴は全員 挑戦してみるんだニャー!!」

 その言葉を聞いた時、シンデレラの胸は高鳴った。

これか、これが、これだ! これこそが、あの老婆の言っていた言葉の意味だったのだと、シンデレラは相好を崩した。

「だから言ったろう。大丈夫さって」

 背後から聞こえた声に振り向くと、シンデレラの後ろには昨晩の老婆がにこやかな表情を浮かべて立っていた。

「おばあさん! ああ、なんてことかしら! あの王子様がこんなにも必死に私のことを探してくれているなんて! 本当に胸のドキドキが止まらないわ!!」

「まあ、落ち着きなさいな。慌てることはない。あのガラスの靴を履くことが出来る人間は、決まっているんだから」

 老婆はそう言ってシンデレラの頭を優しく撫でた。彼女の手は優しくて、シンデレラは胸の内が熱くなった。

 それと時を同じくして、継母たちも長靴をはいたネコの言葉が聞こえたのか、慌ただしく騒いでいるのが聞こえた。

 しかしシンデレラは知っている、あのガラスの靴を履けるのは自分だけだと。だから継母たちが慌てて家を飛び出しても、特に気にすることなく見送った。

「王子と家来の一行は、既に近くまで来ているようだね。さて、そろそろ支度しないとね」

 老婆は窓の外を眺めつつ そう言った。

 確かにその言葉通り、煌びやかな金色の四輪の馬車と周囲を警護する騎士たち、そして数人の使用人の姿が見える。

 最前列を歩いている使用人の手には、陽の光を浴びて輝くガラスの靴が見える。やがて彼らはシンデレラの家の前までたどり着くと、地面にひれ伏して待っていた義姉たちにもガラスの靴を試させようとしていた。

「ああ! 遂に来たわ! 私も行かないと! ……ああ、でも。どうしましょう! 私、顔に火傷の傷があるままだわ! お願い、これだけでも治して! 王子様に嫌われてしまうわ!」

 火傷の跡を気にして慌てるシンデレラの頬を、老婆は両手でそっと包み込んだ。

「大丈夫さ。そんなの関係ないよ」

「本当に? 確かに、王子様は優しくて素敵な人だったけど、この火傷は――」

「ふふふ、心配性だねえ。火傷なんて関係ないよ。だって、あの靴は私が履くからね」

「……え?」


 シンデレラの脳が老婆の言葉の意味を理解する前に、シンデレラは全身の力が抜け膝から崩れ落ちた。

 バランスを崩した彼女は頭を壁に叩きつけてしまい、両膝と頭部に痛みを覚えたが呻き声も出ず、ただ浅い呼吸を繰り返しつつ必死に眼球を老婆に向けていた。

「苦しいだろう? アンタの『運命』を奪ったからねえ」

 老婆の笑みは、今までの優しいそれではなかった。口角は裂けるように吊り上がり、目じりは溶けるように垂れ下がっていた。

 やがて老婆の顔の皮膚は、まるで熱いペンキが剥がれていくかのようにボロボロと捲れて落ちていった。

 その全ての皮膚が剥がれ落ちた時、そこにいたのは皺だらけの老婆ではなかった。

「……私?」

 あまりの光景に、シンデレラはろくに呼吸も出来ない喉で必死にそう絞り出した。

 そこに立っていたのは、間違いなくシンデレラと同じ姿をした少女だった。いつの間にか背格好までシンデレラと同じようになっている。

 ただ一つだけ違うのは、この少女はシンデレラと違って火傷も何も無い美しい顔をしたままだということである。

「ああ、そうね。『私』は『あなた』よ。つまり、今からは私こそが『シンデレラ』よ」

 目の前の『少女』の声は、シンデレラそっくりであった。

 何が起きたのか、シンデレラが全く掴めないままでいると、少女の胸元から淡い光が放たれ 身体の中から一冊の本が浮き出た。

 宙をふわりと舞うその本を、少女はつかみ取った。

「教えてあげる。これはね、『黒綴り』。昔々、お姫様みたいに幸せになりたかった不幸な魔女が他人の幸福を奪うために作ったの。これを使うと他人の運命を奪うことが出来るのよ。ただ代償として――運命を奪われた対象は、一生この本に縛られて生きていく」

 少女は一度そこで言葉を切ると、その本をシンデレラに向けて差し出した。その意味するところは、シンデレラにもよく理解できた。

「止めて……。お願い、止めて……」

 消え入るような声を出すシンデレラ。しかし運命を奪われた所為か、ひどい倦怠感に襲われている彼女は満足な抵抗も出来ない。

 少女の手の中の本がふわりと浮き、それはシンデレラの胸の中へと潜っていった。

 本が体内に入った瞬間、シンデレラは激しい悪寒を覚えた。背筋に氷柱を突き刺されたかのように、体の内側から冷えていく。

「そして、この本に縛られている ということは。アナタには運命が存在しないということ。運命が存在しない人間は、やがてこの世界に拒絶され……誰にも認識されないままに消えていく。それが怖くても辛くても、運命が無い人間は自分で死ぬこともできない。だから自殺しようなんてしないほうがいいわ。私は何度も試したけど、ダメだったから」

 少女はシンデレラの頬をもう一度撫でつつ、そう言った。やがて彼女はシンデレラの元を離れると、最後に告げた。

「貴方に同情はする。でもね、私だって幸せになりたいの。私だって同じような思いをしてきたの。やっとの思いで、幸せな思いを掴んだの。だから、譲る気はない。もし、あなたが自分の運命を掴みたいのなら、……奪え。他人の運命を。私たちみたいなのが幸せになるには、それしかないの」

 少女はそう言って立ち去った。

 シンデレラは言葉の意味を理解していた。しかし、受け入れるわけにはいかなった。やっとの思いで、掴みかけたこの幸せを容易く奪われるわけにはいかない。

 言うことの聞かない身体を必死で動かし、這うようにして家の外へと向かった。

「いや……だ。いやだ。……こ、こんなのは。……いやだ」

 自分自身に言い聞かせるようにして、重い身体を進ませたシンデレラ。

 彼女が家の外に出たときに見た光景は。

「み、見つけた。『ガラスの靴のお姫様』に間違いない!!」

 ガラスの靴を履いた少女の姿であった。


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