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ハッピーエンドにはまだ早い。  作者: 世野口秀
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プロローグ

 鬼ヶ島での鬼退治を終え、帰る途中の小舟に寝転がった桃太郎は、呑気に空を眺めつつこう言った。

「やっべ。これ完全に遭難した奴じゃね?」

 そう。鬼ヶ島を発った翌日、突如として起きた嵐に飲み込まれ、桃太郎はもう三日も海を彷徨っていた。

 何故こんなことになったかというと、それは桃太郎たちが鬼を倒した時にまで遡る。

 鬼ヶ島の鬼たちが人間を襲っていると聞き、桃太郎達は鬼退治に向かった。

しかし戦った鬼たちから実際に話を聞いてみれば、鬼ヶ島周辺の漁業権争いや人間の差別的な行動などが原因で争いが起こっているという話で、鬼たちは決して凶暴な化け物などではなかった。

 そのため桃太郎たちは、鬼たちを殺すことなく人間と和解させるために奔走した。幸いにも人間側にも鬼側にも話の分かる者たちが居たため、桃太郎たちが間に立つと比較的早期に問題は解決した。

 桃太郎達は鬼から助力してくれた礼にということで、暫く鬼ヶ島で世話になっていたのだが、しかし何時までも居つくわけにはいかない。桃太郎は鬼たちと別れの宴会を開いた翌日、船に乗って鬼ヶ島を出たのだが――。

「うーん。完全に二日酔いだったからなあ、あの日は。お陰で嵐に気付かんかったわ。お酒って怖いね~」

「怖いね~、じゃないのですぞー!! ご主人! これからどうするのですかー!?」

 遭難したというのに呑気な桃太郎の隣で、犬のような耳と尻尾を持った少年が泣きべそをかいていた。

 彼の名前は瑚白(こはく)

 フワフワとした柔らかく量の多い白髪と少女のような顔立ちをしているため、一見すると少女のようだが、れっきとした男性であり かつて桃太郎が日本を旅して仲間にした犬の妖怪 狼煙神(のろしがみ)である。

「落ち着けよ、瑚白。なるようになるさ、知らんけど」

 桃太郎は瑚白の頭に手を乗せると、彼の髪型が崩れないように優しく撫で、そのついでに柔らかな耳も軽く指先で撫でる。

「それはそれとしても、相変わらずモフモフやな瑚白はー。全日本モフモフ大会とかあれば上位三位には確実に入るレベルのモフモフやんけ~。そんな大会があるのか知らんけど~」

「えへへー。そ、そうですかなー? って違うわい!! ナデナデで誤魔化さないで欲しいですぞー!!」

 桃太郎に頭を撫でられ、満更ではなさそうな表情を浮かべて、尻尾もパタパタと元気よく振っていた瑚白であったが、流石にその程度で流されはしない。危うかったが。

 瑚白の言葉に、桃太郎も困ったように頭を掻く。

「確かになー。このままだと やべえってのは否めないな。(それがし)だってこんな海の真ん中では死にたくないし。鬼たちに多少の水と食料は貰ってるけど、流石にずっと漂流してると死ぬわ」

 竹で出来た水筒の水を軽く飲んだ桃太郎は 水筒をそのまま瑚白にも渡し、彼も口の中を湿らせる程度に水を飲んだ。

「こういう時、赤華(せきか)の兄貴が居てくれれば良いんだがなあ」

 空を眺めつつ呟いた桃太郎の言葉に、瑚白も小さく頷いた。

 赤華というのは、天猩々(てんしょうじょう)と呼ばれる猿の妖怪であり、桃太郎と瑚白の仲間であり、彼もまた桃太郎が日本を旅して周っていたときに仲間にしたのであった。

 そんな彼が何故 居ないかというと。

『なあ、桃太郎。……俺、結婚するぜ』

 と、そんなことを言って赤華が青鬼の女性と結婚することになったからである。桃太郎は全く気が付いていなかったが、いつの間にやら付き合っていたそうな。

 桃太郎は反対する理由もなかったので、そのままお祝いして赤華は鬼ヶ島に残ったのだが、彼らの頼れる兄貴分だった赤華が居なくなった結果がこのザマである。

「うーん。まさか帰り道でこんなことになるなんてなあ。こういう時に助けてくれる仲間が もう一人くらい居れば良かったのに」

 それこそ赤華はあともう一体、空から援護できる鳥系の妖怪も欲していたのだが。

「そう考えると某達に近付いてきた あの雉。食わずに仲間にすべきだったのかな」

 桃太郎は自分の左耳からぶら下がる鳥の羽の耳飾りを指先で弄りつつ、そんなことを言った。そう、おとぎ話では桃太郎の仲間となる雉だが、しかし雉など本来 食用にされる鳥である。

 旅をしている桃太郎たちの前に一羽の雉が姿を現したことがあるのだが、腹が減っていたこともあって そのまま食ってしまったのである。

「そうだねー。でもあの雉は美味しかったですなー……」

 その時の味を思い出したのか、瑚白が口の中を涎であふれさせるが、しかしすぐに我に帰ると慌てて口元を抑えた。

「おいおい、涎 垂らすことはないだろ」

「だってお腹が空いたのですぞー」

 グゥ~と瑚白の腹の虫も鳴き、空腹を主張する。確かに瑚白だけでなく桃太郎も空腹を覚えている。今日はまだ何も食べていない。

 しかし食料は貴重だ。多少 腹が減ったくらいで手を付けるわけにはいかない。とはいえ、いつまでも耐えることができるわけでもない。

「はー、どうしようかねえ。瑚白」

「どうしますかなぁ、ご主人」

 そんな緊張感があるのかないのか よく分からないやり取りをしている中で、ぼんやりと海の向こうを眺めていた桃太郎は水平線の先に何か黒いものを見つけた。

 目を凝らして見てみると、それは。

「……陸地だ!! 陸地が見えた!!」

「本当ですかな!! やった!! 行ってみましょうぞー!!」

 その陸地が何処なのかは分からないが、それは間違いなく陸地であった。二人は興奮して拳を突き上げて喜びの声を上げた。

「おッしゃあ!! やっと陸の上だぜ!! 一気に漕ぐからしっかり掴まってろよ!!」

「わーい!! 行きますぞー!!」

 桃太郎は櫂をひっつかむと、陸地を目指して元気よく漕ぎ始めた。


「ぜーはー……。ぜーはー……。クッソきつい。思ったよりも だいぶ遠かったわ!」

 三時間以上も櫂を漕ぎ続けて浜辺まで船を押し上げた桃太郎は、全身 汗だくになった状態で砂浜に倒れ込んだ。

「わーい!! やった到着だー!!」

 疲労困憊の桃太郎に対し、風呂敷を背負った瑚白は元気いっぱいに砂浜を駆け回っていた。彼は舟の上で尻尾を振っていただけだったので、体力が有り余っているのである。

「はー、元気がいいなあ。瑚白は」

「うん! ご主人のおかげだよ、本当にありがとう!! 大好きだよーご主人!!」

「そうだな。某も某のことが大好きだよ。でもそれはそれとして、暑いから某の上に乗るのは止めてくれ」

 桃太郎はパタパタと尻尾を振りつつ 自分の上に乗る瑚白をたしなめる。瑚白は人間のような姿をしているが、犬の妖怪であるため体温が人間よりも多少高いのだ。

 瑚白を自分の上からどかせた桃太郎は、一度立ち上がってから呼吸を整えると、周囲を見渡した。砂浜の向こうには林が広がっており よくは見えないが、林の向こうには青々と木々の茂る山も見える。

 しかしそれだけでは流石にここが何処かまでは分からない。

「……よし。行くぞ瑚白。ここが何処か調べよう。誰か村人に会えると良いんだけど」

「うん、そうだねー! どこまでも付いて行きますぞ、ご主人!!」

 そう言って歩き出そうとした二人の前に。

「いやあ、こいつは驚いたね。異国の連中なんて見たのは いつ以来だろうな」

 と、声を掛けるものが居た。彼は木の枝に腰かけ、二人のことを見下ろしていた。

 彼の蝶ネクタイと自分の体形にぴったり合ったタキシードという出で立ちに、そのような服装を見たことがない桃太郎たちは驚いた。

だが、何よりも驚いたのは彼のその姿そのものであった。

 彼は大きな鳥の卵に直接 顔があり 手足が生えているような、独特の容姿をしていたのである。

「誰だ……。いや、何だ お前は? 卵の妖怪なんて見たことも聞いたこともねーぞ」

 突如として現れた得体の知れない相手に桃太郎はコキコキと音を立てて首を回し、瑚白は軽く腰を落として牙を剥き出しにする。

 攻撃的な彼らの態度に、『卵』は肩をすくめた。

「オイオイ、そう怖い顔するなよ。……俺様の名前はハンプティダンプティってんだ。お前ら、他所の国から流れてきたんだろう? どうにもこうにも田舎臭いもんな、お前ら」

 ハンプティダンプティと名乗った卵の化け物のようなそいつは、二人を嘲笑するようにそう言った。

 しかし瑚白は彼の態度以上に、その言葉が気になった。

「ま、……待って! ここは、日本じゃないの!? じゃあここは、いったい何処なのさー!?」

「日本? 聞いたことのない国だな。どこだ? ……まあいいさ、どうも漂流してきたようだからな。俺様が親切に教えてやろう。この国の名は『フェアリーテイル』。様々なおとぎ話を詰め込んだ、とっても不思議なおとぎの国さ」

 ハンプティダンプティは両手を広げて、大げさな調子でそう言い放った。彼の言葉に瑚白は色めき立った。

「そ、そんな話!! 信じられな――」

「いやあ、本当っぽいよ。あれ見てみ?」

 動揺する瑚白を落ち着かせるように、桃太郎は落ち着いた声音でそう言うとある方向を指さした。

瑚白が桃太郎の指先を視線でたどると、森の中から風と共に光を纏った小さな妖精たちが溢れ出し、幻想的な光のパレードが開かれていた。

瑚白はそのあまりの美しさに、思わず息を飲んだ。

少年のような身なりをしていても、数百年を生きる瑚白は それなりに知識も豊富に有していたが、しかしこんな光景は今まで一度たりとも見たことがなかった。

「そんな! まさか! ボク達は本当に 異国に流れ着いてしまったというのッ!?」

 驚愕した瑚白の言葉に、妖精の一人がいたずらっ子のような笑みと共に首肯を返してきた。

 どうやら彼らは、嵐に流されて とんでもないところに来てしまったらしい。瑚白の頬を冷や汗が伝った。

「で、それはそれとして この偉そうな卵野郎。……食えんの?」

 まあ、そんなことを言って耳を掻く桃太郎はいつも通りマイペースな調子であったが。


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