金魚掬い
上京して五年。仕事で積み重なった疲れを取ろうと、休みを貰い実家に帰ってきた。
丁度、近所の神社でお祭りがあるというのでやってきた。小さい神社ながらも沢山の人で賑わっている。その中には同級生や近所のおばさんなど、見知った顔もあった。いろんな屋台を回り楽しんでいると、人気の無い暗い場所に金魚掬いの屋台があった。気になって寄ってみると、お爺さんが僕を見てにっこりと笑った。
「掬っていくかい?」
特にするつもりはなかったのだが、気付けば僕は頷きポイと器をお爺さんから受け取っていた。ゆらゆらと泳ぐ金魚達を見つめる。その中に一匹、淡く光る青い金魚を見つけた。
「おめでとう。これは君のだ」
気付けば水槽から青い金魚は消え、お爺さんが持っている水の入った金魚鉢で泳いでいた。
「これに今、一番欲しいモノを願ってごらん」
─そうすれば、だんだんみえてくるよ…─
お爺さんの言葉を背に、僕はふらふらとおぼつかない足取りで家への道を歩いた。
家へ着き部屋に入る。電気も着けずに椅子に座り、机の上に金魚鉢を置き青い金魚を眺める。
ふと思い浮かぶ、モノ。
それは心から欲しくて欲しくて堪らないモノ。
僕は無意識に強く願っていた。
すると金魚の身体が、ぐにゃり、と歪み始めた。次第に姿を変えていく金魚に僕は目を見開く。
金魚鉢の中には、2年前に交通事故で死んだ彼女がいた。
見覚えのある顔、お気に入りと言っていた服を纏い、そして事故に合う前日にプロポーズして渡した結婚指輪を嵌めていた。
虚ろな瞳で見つめる彼女。口をパクパクと動かし呼吸をしている。だが、よく見てみると何かを言っているようにも見え恐る恐る近付いてみる。口の動きを見てもわからない。金魚鉢に耳を当ててみれば、微かに聞こえる彼女の声を聞いたと同時に、金魚鉢を床に強く叩きつけた。
恐怖から後ろへと後ずさり、背が壁に当たった。そのままずるずると座り込む。
「 」
僕の名前だ。
翌日、起きて部屋を見てみると、割った金魚鉢のガラスの破片も、こぼれた水も、青い金魚も、何も無かったかのように綺麗に消えていた。
終