* 神様の鳥居 6
「っで?どうすんのよ、ソレ。」
「「あ。」」
由梨の問いかけに愛子と健司の声が揃う。
せっかく忘れかけていたのに。出来る事なら忘れたままで居たかった。
「や、やっぱり、返して来ないと。」
愛子は自らの掌に乗せられた勾玉から健司の方に視線を移しながら答えた。
神社の中にあったという事は神様の物だ。それに、誰かの物を無断で盗むのは、それが例え神様で無かったとしてもいけない事だもの。
「…健ちゃん。」
「そうね。行ってらっしゃい、健司。」
「は!?俺?」
愛子と由梨の二人の視線にたじろぐ健司は、驚きの声をあげた。
「当り前でしょ!アンタが盗って来ちゃったんだから。」
「いや、でも、さ。一人はちょっと…。」
「(由梨ちゃんの正論には勝てないよ、健ちゃん。)」
いつも怒られている自分だから分かる。何か悲しい理由だけど。
それでも何だかんだとごねる健司にキレた由梨が怒鳴り、言い合いとなってしまった。
「ねえ、早く返した方が――」
こうなってしまえば、愛子の主張なんて聞き入れてもらえない。うっそうとした雑木林の中に二人の言い合う声が延々と響く。
あ!アザミの花だ。良く見ると、他にも色々な植物があるのかもしれない。
キョロキョロと辺りを見回した愛子の目に黒い影が写り込んだ。
一瞬の事だったため気のせいかとも思ったが、猪やクマだったら危険だ。目を凝らして再度辺りを、今度は慎重にうかがう。
と、今度は目の前を影が横切った。
何だろう、速すぎて分からなかった。速すぎて?猪かな?クマならあんなに素早く無いだろうし。
でも、猪にしても、正体が分からない程早く駆け抜けるなんて事ができるのだろうか。今回は目の前を通った筈なのに。黒い影とは認識できても、それが何の生物なのかまでは分からなかった。
まあ、猪だったとしても背丈は1m位あったし、気性の荒い奴だったりすると危ないよね。あまり騒いでいると刺激しかねないし、早く二人の喧嘩を止めた方がいいかも――
「…なにこれ、どういうこと?」
「え?」
「…分かんねぇ。」
愛子が喧嘩を止める為に二人の方を振り向くと、由梨と健司は既に喧嘩を止め、辺りを警戒するように見回していた。
「由梨ちゃん?健ちゃん?どうしたの?」
心配そうに尋ねる愛子。
もしかして、二人もさっきの変な影を見ていたのだろうか。
「どうしたって、アンタ気付かないの!?」
「え?」
「音がしないんだ、さっきから。」
「へ?音?何の?」
「だから、『何も』だよ!」
「は?」
「あーもう!だーかーらー、何か聞こえてれば問題無いのよ!何も聞こえないから問題なの!良く耳をすましてごらんなさい!」
「?」
良く耳をって言われても、一体何が――あれ?
「何も…聞こえない。」
風の音も、木々のざわめきも、鳥の声でさえ。
「森は生きている」これも、昔おじいちゃんに教わった事だ。
木々が芽吹き、草花が生い茂ると、そこを住処とする小さな虫が集まり、またそれを餌とする鳥や動物たちが生活を始める。こうやって世界はまわって行くのだ。
そして、確かにこの森に足を踏み入れた当初は、そういった生き物たちの気配が感じられた。
だが、――それが今は無い。
目に映る景色は確かに森の中な筈なのに、まるで、何も無い空間に自分たちが取り残されてしまったかの様で、愛子はその身を震わせた。
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