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* 神様の鳥居 2





 「ここら辺かしら?」


 草木を掻き分けながら由梨が問い掛ける。


 「ああ、そう聞いてるけど、っと……あったぜ!」


 同じく緑に埋もれるように捜索を行っていた健司が、こちらを振り返り大声をあげた。

 二人が森の入り口になる鳥居を探している間、愛子は二人の様子を後ろから見守っていた。誰か大人が来たら真っ先に知らせる様に、という命を受けてのことだった……表向きは。実際には、歩いていれば何も無い所で転ぶ様な愛子に、草木を掻き分けながら入り口を探すなんて芸当ができるはずが無いというのが本音だ。


 「どこ?」

 「あったのね?」


 健司の声を聞き駆けつけてみると、古びて崩れかけた木同士がなんとか支えあって建っていた。雨風に長い間晒され続けたのだろう、およそ鳥居とは言えないような風体だが、これ以外にそれらしい物も無く、その奥には僅かに、獣道らしきものも存在することから、これが三人の探していた森の入り口にある鳥居であることは間違いない。


 「ほんとうに、これ?」

 「もう腐って崩れちゃってるじゃない。」

 「でもそれっぽい道もあることだし、入ってみようぜ!」


 僅かな不安は有るものの、それよりも好奇心が勝ったらしい健司と由梨は、愛子の手を引きながら、森の中へと足を進めた。

 しばらく道なりに歩くと、少し開けた空間に出た。その先は長い石段が続いていて、脇から伸びる木々も邪魔し、その終わりは見えなかった。

 

 「すげー。」

 

 思わずそう感想を漏らした健司に、由梨と愛子も頷くことで同意を示した。

 一歩一歩を踏みしめ、確かめながら進んでいく。そうしなければならない程に石段には苔が生い茂り、見るからに造られてから長い年月が経っていることが分かる。

 長い石段を根気強く登り続け、漸く終わりが見えた頃には、三人の息は上がっており、愛子にいたっては、もう息も絶え絶えといった状況だった。

 最後の一段を上りきると、その先には鮮やかに、燃えるような朱色をした、小さなビル程もある大きな鳥居が姿を現した。

 建造から長い年月を経ているにもかかわらず、綺麗に当時の姿そのままで存在している不思議な鳥居を目の前にして、いよいよ愛子は背筋が冷えるのを感じた。

 祖父の言っていた鳥居とはこれのことだ。この向こうには行ってはいけない。愛子の中で何かが必死にそう呼びかけているような気がしたのだ。

 

 「ねえ、やっぱり止めようよ。」

 「何言ってんのよ、今更。」

 

 長い階段を経て漸くたどり着いた未知の世界に、由梨と健司は興味津々だ。愛子の言葉に答えながらも、視線は常に大鳥居へと向けられている。

 

 「大丈夫だよ、愛は怖がりだなぁ。」

 「健ちゃん!」

 

 駄目だ、二人はもう行く気満々だ。自分が何を言っても、きっと聞きはしない。けれど、祖父が言っていたことは本当の事なのだ。そう愛子に信じさせる何かが、ここにはあった。

 今まで感じたことのない威圧感のある空気を、目の前から感じたのだ。

 

 「あのね、でも……、おじいちゃんが――」

 「またおじいちゃん?もう良いわよそんな話は。さ、行きましょ!」

 「大丈夫!一緒に行けば怖くないって、な?」

 「え、ちょっと!」

 

 健司に手を引かれ、由梨の手が愛子のもう一方の腕を掴んだ。両側を固められ、逃げられないように固定されたまま愛子は引っ張られる形となってしまった。

 時折吹く風が森の木々と共に、愛子の癖の付いた長い髪をゆらす。

 鳥居の向こうまで、距離で十数歩、時間で考えれば数秒のできごとだったはずなのに、やけに長く感じた。

 今ならまだ間に合う。

 今引き返せば、まだ――。

 そう何度も頭の中で繰り返せど、どこにそんな力が有るのだと言いたくなる程の力で腕を引かれ、結局逃れることはできなかった。

 いつの間にか風は止み、木々の、葉を擦り合わせるサラサラという音さえもしていなかった。健司の肩に顔を埋める様にして、歩いていた愛子の真上から声がかかる。

 

 「な、大丈夫だっただろ?」

 

 健司の声をすぐ近くで聞いても、愛子は答えることができなかった。

 未だ早鐘を打つ胸を落ち着けようと、首から下がるお守りの勾玉を取り出し、握り締めると大きく深呼吸を繰り返した。

 しばらくすると、動悸も治まり、愛子にも辺りを見回す余裕が出てきた。由梨の姿が見当たらず不安を覚えるが、どうやら愛子がぐずぐずしている間に、痺れを切らしたのか様子を見てくると健司に言い残し、行ってしまったらしい。

 健司からその事実を聞くと、愛子は安堵の息を付いた。

改めて自分の周りを見回してみるが、特に変わった様子は無い。どこにでも在りそうな、小奇麗にそれでも手入れの行き届いた神社の境内の中だった。

 

 「ほらな、心配しすぎなんだよ、愛は。」

 「う、うん。」

 

 祖父の言っていたことは嘘だったのだろうか。

 町に伝わる話は、危ない場所へ行かせないために、作られたものだったのか。

 おじいちゃんの言っていたことが嘘だったなんて思いたくは無い。けれど、鳥居を潜った先にあったのは、怖い化け物ではなく、何の変哲も無い小さな神社の境内だった。

 特に変わったことなど――

 

 「っっ!そうか、無いのがおかしいんだ!」

 

 今まで通ってきた道を考えれば、気付かない方がおかしい。

 月日が経ちすぎて、腐り、崩れかけた、森の入り口の鳥居。また、長い間誰も足を踏み入れた痕跡の無い石段には、その証拠に、青々とした苔が生い茂っていたではないか。

 それがとたんに、綺麗で、色鮮やかな風景へと様変わりしたのだ。この境内など、明らかに誰かが手を加えて管理していることは一目瞭然なのに、何故今まで思いつきもしなかったのか。あの朱い大鳥居も、考えてみればおかしいことだらけだ。村に近い鳥居の方が風化が進んでいて、森、否、山奥にある大きな鳥居はというと、まるで、つい最近建てられた様な姿を保っているなんて。

 あまりに不可解な事実に気付いた愛子は、今一度鳥居の向こうを確かめようと、目をやろうとしたその時、愛子の体がよろめいた。

 いきなりの事態に何事かと慌てるが、ふと、そういえば健司と手を繋いだままであった事を思い出した。

 

 「何?どうしたの?」

 「何だよ、聞いて無かったのか?」

 

 何でも、様子を見に出ていた由梨が、境内の裏からのびる道を発見したらしい。今回も、道と言ってもどうやら獣道らしく、愛子は先程の考えをいったん頭の端に追い遣ると、細かな傷を負った手足を眺め、そっと溜息をついた。

 由梨に言わせると「どんくさい」愛子は、森の入り口から石段までの獣道で、すでに数回足を取られて転んでいた。

 自身の傷だらけの足を見て、スカートなんて穿いてくるんじゃなかったと後悔したのは記憶に新しい。

 健司に手を引かれるままに、本殿を右に避け、敷石の上を跳び移るように駆け抜けた。鳥の声一つしないこの空間にある種の気持ち悪さを感じていた愛子は、この先で起こる出来事に嫌な予感を抱いていた。

 胸がザワザワとざわついて落ち着かない。

 そんな愛子の様子など気付いていない二人は、意気揚々と再びの獣道へと歩き出した。



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