* 序章
「序章」
「なあ、知ってるか?」
「ん?何?」
教室の一角で始まった会話に、クラスの大半が耳を傾けた。
わらわらと数人の生徒達が、話しなじめた少年の元へ歩み寄って行く。
この五年二組は比較的男女の仲も良く、会話や流行がクラス単位でなされている。一人が面白そうな話を始めれば、皆でその会話に加わるのは常だった。
「神隠しの話。」
神妙な顔をして話し出した少年に、クラス全員が期待を込めた目で先を促す。
「かみかくし?」
「そう。兄ちゃんから聞いたんだけどさ、隣村って山に囲まれてんじゃん?」
――隣村。
その言葉に、窓際に陣取っていた三人組が肩を揺らした。
この小学校は二つの村と、町の三区から子供たちが集まって学んでいる。小学校がある町を中心に、北と西に村が在り、西の村は周りを山に囲まれていて、閉鎖的とも言える小さな村だった。もとより人口が少ないせいか、子供の数も極端に少なく、学校全体でもこの村の出身者は五人しか居ない。その中の三人が、このクラスに在籍していた。
「山…そうなのかぁ?健司?」
名前を呼ばれ、少年は人好きのする笑顔を向けながら、窓に寄りかかっていた背を離し答えた。
「おう、山ばっかだぜ。」
「ふーん。」
「でさ、もう、何十年も前の話なんだけど、そこであったんだって。」
「何が?」
「だから、神隠し!」
人差し指をピンと立て、真剣に話す少年とは裏腹に、周りから笑い声が広がった。
「お前、それ本気?」
「絶対ウソだって!」
「そうかなぁ。」
なんだそんな事か、とそれぞれの席に戻りだすクラスメイト達を横目に、健司の横で机に腰を下ろしていた少女が口を開いた。
「面白そうじゃない。」
真っ直ぐな黒髪を持つ彼女は、切れ長な目を細め、にんまりと笑みを浮かべると、席に座るもう一人の少女に声をかけた。
「愛子。あんた、今日暇だったわよね?」
「え?」
「おい、由梨。まさか…。」
訳の分かってない様子の愛子と、分かった上で何か言いたそうな健司を見て、由梨は満足そうに笑った。
「ちょうど退屈だったし、放課後、行ってみましょう。」
聞いているはずなのに疑問形になっていない。今日はお昼を食べたらすぐに下校となっていたので、暇だと感じていた由梨の中では既に決定事項なのだろう。
「由梨ちゃん……。」
「…まぁ、確かに退屈だったけど。」
「楽しければ、それで良いのよ。」
こうなった由梨を止める術を、二人は持っていなかった。