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ねこのレーニン  作者: るびー
1章 第二常備軍始動
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R3

 流石に主要な施設を結ぶ幹線通路は綺麗に整備されているが、少し脇道に逸れれば、そこは歴史と無軌道が生んだ迷宮である。通路は細く、曲がりくねって、更に荷物が積み上がっていて、通るだけでも難儀する。住人であるエリオですら道を見失い慌てるような場所なのだが、同居人は容赦なく進む。レーニンは少年の肩の上でのびのびとして、運んでもらっている。


 途中、窓に梯子がかかっている理解に苦しむ部分や、うねうねと動く面妖な蔓植物に覆われた通路を越え、たどり着いたのが『祭事の間』へ続く地下への入口である。結果論から言えば、『塔』の迷宮を最短経路で突き抜けてきたらしい。


 『祭事の間』は今回の一件の震源地とも言うべき場所である。入口には完全武装の兵隊さんが複数配され、厳戒態勢の体であるが、同居人は意に介さない。メイド服に白衣を羽織り、肩からP90をぶら下げた金髪少女が怪しくないはずもなく、当然誰何されて囲まれるのだが、しれっと「勇者です」と答え、「使命を果たすために必要な特殊機材を展開します。人手が必要なので全員ついてきてください」等と言い出す始末である。


 エリオが事情を説明するまでもなく、呆気にとられた兵隊さんは「まあ、そういうことなら」とついてくる。勇者の容姿や言動については、既に回覧が回っているのか、それなりには周知されているらしい。「本当にエルフの女の子なんだなぁ」と兵隊さんが呟いているのを、耳聡いレーニンは確かに聞いた。


 盛大に発破した地下通路は滅茶苦茶なことになっているが、『祭事の間』への連絡経路は一応確保されていた。地下に踏み込むと、俄かにエリオが震え始めるが、無理もないことである。慰めてあげようとレーニンは少年ににゃーと頬擦りする。少年も三毛猫の意図を察したのか、ありがとうと微笑んで頭を撫でる。心温まる子供と小動物のやりとりである。


 しかし、レーニンはふと気づいてしまったのだ、同居人が振り返って、じっとそのやりとりを監視していたことに。その金色の双眸に浮かぶ感情は果たして憎悪か絶望か、厳密な同定は困難だが、明らかに碌なものではない。世の中万事バランス・オブ・パワーが重要である。後でこやつにも頬擦りしてやらないとなと三毛猫は心に留める。表面上、感情の変化に乏しい同居人だけに、このようなサインには的確に対処しないと危険なのである。


 ややあって、一行は『祭事の間』に到達する。


 惨劇から未だ24時間を経ていない。遺体は搬出されたようだが、血だまりはそのまま残されていた。エリオが突然壁にもたれかかる。やはり刺激が強すぎたらしい。


 同居人は引き連れた兵隊さんに指示を出し、球形に切り取られたあのお茶の間から機材の搬出を始める。


「高度な魔術装置です。工芸品のように繊細なので、慎重に取り扱ってください」

「まあ気を付けるよ」


 門番の兵隊さんが気さくに答える。


 そんな調子で、テレビが、こたつが、林檎印の弁当箱が、続々とお茶の間から取り払われる。搬出された物品は祭事の間の片隅に並べられ、報道陣に公開された押収物品一覧のような体で並べられている。レーニンも愛着深い招き猫と達磨さんの隣には、B-52とニムロッドとTu-160、それに、US-2と空警200早期警戒機の模型が並んでいる。小さな航空ショーという趣の面子である。


 空っぽのお茶の間には既に寂寥感が漂うが、同居人の撤収指示はなおも続く。本命はどうやら畳の下にあるらしい。そういえば不自然な床下収納があったなとレーニンは思い出す。徴税当局の査察が入ったら一発で見つかりそうなくらい露骨なやつである。幸いにして、中身は公安当局か防衛省情報本部の領分に属する品物である。畳の下にあった無駄に重厚な鉄の蓋を開くと、翼を折り畳んだ小さな航空機が格納されていた。現物を確認したレーニンは思わずにゃーと鳴いてしまう。グレーの低視認性迷彩が施されたそれは、一見明白に軍用無人偵察機である。


「R3の予備機です。OTTK構成ではありませんが、これでも一通りの航空偵察、標的追尾、着弾観測、最終誘導は可能です。ソフトウェアを書き換えれば、もう少しできることが増えるかもしれません」


 何を言っているのか誰にも理解できないが、とんでもないことなのは確かである。


 R3のシルエットは米軍のMQ-9リーパーに近い。胴体中央の主翼は細長く、大きな上半角のついた水平尾翼と、下方に突き出した垂直尾翼をもつ。シルエットは似ているが、所詮床下収納に収まる大きさなので、機体規模はMQ-9よりも遥かに小さい。主翼を折り畳めることもあって、ハードポイントの類はない。


 一通り外見を検分して、レーニンは強烈な違和感を覚える。推進器がないのである。プロペラでもジェットでもない。機体後部上面に大きなインテークがあるが、熱交換器と思しき部品の間を抜けて、吸気がそのまま後ろに抜ける構造になっている。圧縮すら行われないので、ラムジェットの線も消える。


「そういうわけで、これを飛ばします。外に運ぶので手伝ってください」

「あいよ」


同居人の指示のもと、動力のない飛行機は神輿のように担ぎ出されていく。


「あれって、本当に飛ぶの?」


 一行を見送りながら、幾らか気分が良くなったらしい少年が素朴な疑問を口にする。奇遇である。レーニンも同様の疑問を抱いていた。にゃあと三毛猫は相槌を打って、すかさず少年の肩に飛び乗る。尻尾で少年の後頭部をぺちぺちして、追跡を促した。


「もう、自分で歩けばいいじゃないか」


 図々しい三毛猫の頭を撫でながら、少年も地上へと歩み出す。


 地上に戻ると、同居人が早速R3の離陸準備を始めていた。滑走路のような気の利いたものはなく、轍のくっきり残ったでこぼこの石畳があるだけなのだが、この際問題ではないらしい。


 薄い林檎ノートを開いて、何やら一心不乱に叩き込んでいる同居人を、門番の兵隊さんが興味深そうに眺めている。


「航法プログラムをアップデートしています」


 同居人がさらりと言う。


「GPSも航空標識も、スタートラッカーも使えません。画像認識と測距情報、慣性航法装置でどうにか動くようにします」


 やはり同居人はよくわからないことを口走っている。作業を見守る観客は「つまり、どういうことなんだ?」と囁き合っていた。勿論、それを理解できるものなど居ない。


 作業はすぐに終わった。集中豪雨のような打鍵音が止み、そっと同居人がEnterキーを叩くと、R3は音もなく滑走を始める。「おお、動いたぞ」と俄かに歓声が上がる。頼りなくでこぼこの石畳を進む無人機は、やがて飛行船のようにふわりと浮き上がると、そのままゆっくりと高度を上げ、宵闇に消えて行った。


 釈然としない景色である。初めてみる動力飛行に沸いている他の人を尻目に、レーニンはうみゃーと唸り、空を睨んだ。何とも胡散臭い絵面である。


「あれが空にある限り、我々の負けはないでしょう」


 同居人の自身は並々ならぬものがある。確かに航空偵察の優位は大きなものだが、あの面妖な代物にそこまでの力があるのか、三毛猫には疑問である。


 離陸成功でテンションの上がった兵隊さん達から、首尾よく明日の資材輸送に関する協力を取り付け、同居人は部屋を宛がわれた王城へと戻る。エリオが案内役のはずなのだが、何故か同居人が引っ張っているのがレーニンには一際印象的に映った。まあ、何にせよ仲の良いことである。王政府はまだちらほらと灯りがついているが、随分夜も更けてきた。少年の肩で伸びながら、レーニンは大きく欠伸をした。


U-2とかRQ-4とかが好きです。

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