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ねこのレーニン  作者: るびー
1章 第二常備軍始動
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調べてみた

 もしかすると、何か使えるものがあるかもしれないという希望は、数時間に及ぶ大雑把な資料調査によりあっさりと否定された。魔法の利用により、単品でみるならば驚異的な性能を示す品物もあるようだが、工業生産力という観点からみると前近代水準に留まるのが実情である。


「まあ、この国と帝国のことは概ねわかりました。今日のところはそれを成果としましょう」


 同居人の掌の上で、王国と周辺地域の概略を示した地図の立体映像がくるりと回る。曰く、幻術を利用したプレゼンテーション用魔術なのだという。資料閲覧の合間に同居人が開発した。開発しちゃったのである。器用なものだと、レーニンは溜息を禁じ得ない。エリオが泣きそうな顔をしている件に関しては、見なかったことにした。


 結局、適当な統計はどこにもなかったため、同居人のいう理解とは、主として歴史的経緯に関するものである。要するに、古代帝国の崩壊と、その後の離合集散の歴史の把握である。


 既知世界の大半を版図としていた太古の帝国は、古代ローマよろしく広大な版図の分割統治を試みるも失敗し、蛮族の度重なる侵入を受け弱体化、中央政府が有名無実化し、属州総督など地方の軍権と行政権を握っていた者が封建領主化することによって多数の小国に分解したようである。


 分解の後に起こるのは勿論再結合である。有利な土地を押さえた諸侯はそうでない諸侯を征服、服属させ、その版図を広げていった。王国が魔王軍と同じくらい恐れているライデール帝国は、その再結合の終着点である。遠い昔に滅びた帝国は、今ライデールの旗印の下に再び統合されつつあるわけである。


 ところで、レンブール王国の都であるメフィルだが、これが問題の古代帝国の首都である。王国の起源を辿ると、どうも古代帝国の首都管区行政長官のような役職に辿り着く。平地に築かれたメフィル王城も、元は古代帝国の役所の敷地だったらしい。日本政府亡き後、こぢんまりと仕事を続けた東京都が東京国に昇格したといったところだろうか。イメージとしてはそういう間柄である。


 古代帝国の後継を標榜するライデールにとって、かつての帝都が支配下にないというのは、耐え難い現実だった。かつて王座にある者が神と同一、または、その地上代理人であると宣伝することによってその地位を正当化していたように、ライデール皇帝にとって、古代帝国の再来であることは、領内の諸民族を支配する正当性を提供する重要なフィクションである。帝国にとってのレンブールは、地政学的に帝都の喉元に突き付けられた棘であるだけでなく、帝国を支える物語を脅かしうる存在ということらしい。


「レオーニとレヴィナはよくやっているようですね。凡庸と罵られるのはさぞ不本意でしょう」


 同居人は現国王の治世を手短に評価する。凡庸王というのはレオーニ王の渾名である。

目障りな王国には常に軍事的圧力が加えられている。同居人の掌に浮かぶ地図には、文字通り王国を取り囲む帝国の軍団が示されていた。平時に張り付けられている兵力だけをみても、帝国軍は王国常備軍の4倍から5倍の人員を擁する。有事なら、その兵力は更に膨れ上がることだろう。数字だけをみるなら、王国は風前の灯と言って差し支えない。


 それでも、帝国は王国に対する本格的な侵攻を控えてきた。半世紀前のロゼニア戦争は稀有な例外だが、それも途中で腰砕けに終わっている。帝国が王国に野心の矛先を向けると、何故か知らないが、決まって辺境が火を噴くのである。武を以て四隣を併呑したライデールだが、どうやら水面下では未だに亡国の王党派が再興を夢見て燻っているらしい。帝国に内在するある種の不安定さが、結果的に王国を存続させてきたのである。


 エリオは勇猛な王国常備軍将兵が国境で睨みを利かせているから、帝国が侵攻を決心できないのだと可愛い反駁を試みるが、「戦争は数です」と無慈悲な現実を突き付ける同居人にあっさりと撃破されていた。頭を垂れる少年、レーニンはその頭に飛び乗ってにゃーと慰める。


 資料の分析から見えてくることは他にもある。レンブール王国は確かに小さいのだが、存外豊かな国でもある。海上交易を中心とした、商業部門が大きいのである。王都メフィルはどうやらシルクロードっぽい東西世界交易システムの結節点らしく、東方から運ばれる貨物が一時集積されている。勿論、国内市場の小さなレンブールでは捌ききれないので、大半はライデールに輸送されるのだが、このプロセスによって国内に蓄積される富が馬鹿にならない量なのである。


 小さな王国が国王直属のまとまった常備軍を維持し、金食い虫に他ならない魔術師の研究活動を国家的に支援できるのも、貿易が実現する富があってこその話である。


「何にせよ、需品調達の選択肢が広いことは喜ばしいことです」と同居人は淡々と締めくくる。


 資料分析から見えてこないこともある。魔王軍の実像である。


 つい最近の出来事であるため、歴史と伝統ある王立図書館には未だ魔王軍に関する文献は収蔵されていない。もしかすると、王政府には報告の書簡があるのかもしれないが、その質に期待するのは些か無謀に思われた。


「さしあたり、設立準備室の開設と、魔王軍に関する情報収集を急ぐべきなのでしょう」

「情報収集って、一体何をどうするつもり?」

「百聞は一見に如かずともいいます。直接観察すれば、おおよそのことがわかるでしょう」


 一体どうやって観察するつもりなのだと、突っ込む間すら与えずに同居人は図書館を退出する。エリオも慌てて追従する。何とも忙しない連中である。まあ、なるようになるだろうと気楽に結論して、レーニンは流れに身を任せることとした。



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