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ねこのレーニン  作者: るびー
1章 第二常備軍始動
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図書館にて

 渡り廊下の先は塔に付属する低層構造物である。エリオの説明によれば、王立魔術院の行政事務部門が入居している区画なのだという。お役所に用はない。一行はそのまま行政区を抜け、塔の基部に位置する接続区画を経由して、聖堂のように天井の高い中央廊下に出る。神話か何かをモチーフとしたと思しき壁の浮彫を眺めながら進むと、唐突に装飾のない無骨な石壁が現れる。これが図書館の入口なのだという。


「入館許可証は持ってるから、近付けば入れるよ」


 少年の言うままに壁に近付くと、一瞬その中央部が橙色に光り、刹那の後、壁全体が下方へとスライドを始める。認証鍵に対応して動作する、重量級の自動ドアということらしい。壁の厚さは50㎝はあろうかという分厚いもので、銀行の金庫を思わせる威容にレーニンの鼓動も高まる。思わず二本の尻尾で同居人の後頭部をぺちぺちしてしまうが、迂闊な三毛猫はそのことに全く気付いていなかった。


 自動ドアの先はひどく薄暗い。設計意図はよくわからないが、光石による照明も最低限に絞っているらしい。だから、そこが円形の大書庫であることに気づくまで、ひどく時間がかかった。


 エリオが光石に金属の取っ手をつけたランタンを持ってくるが、同居人は暗闇などお構いなしに書架へと歩み寄る。「見えるの?」と問う少年に、「夜目は利く方なので大丈夫です」と答える。適当に手に取った書物をぱらぱらと捲り、終わったら戻すという作業を繰り返しながら、徐々に書架の奥へと進んでいく。同居人は尋常ならざる速読スキル持ちなのである。5㎝ほどもある書物を読むのに1分もかかっていない。


「エリオ、国家統計や地方監察報告書の類はどこにありますか」

「こっかとうけい?」

「各地の人口、主要産品の種類と生産高、徴税実績、他にも色々ありますが、そういった類の情報です」

「そういうのは地方の領主に問い合わせないとだめなんじゃないかな」


 封建国家らしく、中央政府は末端の民衆統治についてあまり関知していないらしい。少年の反応はあんまりなものだったが、同居人は委細構わず書物を読み進める。


 ふと、同居人は少年に掌を差し出す。唐突な所作に首を傾げる少年。次の瞬間、同居人の手から真っ白な閃光が迸り、正体不明の巨大な光球を形成する。


「ひとまず現代現象術体系とやらは承知しました。私でも問題なく扱えるようですね」


 同居人は涼やかに言い放つ。


「む、無詠唱現象術……」


 少年が驚愕しているあたり、なかなかの高等技能らしい。


「何の害もない冷光源です。LED電球より便利かもしれませんね」


 そう言って、同居人は光球を宙に放り投げる。ふわりと浮かんだ光球は空中で静止し、高圧水銀灯のように図書館を照らし始めた。


「利用可能な産業インフラについて検討していますが、まるでダメですね。製鉄所も、化学工場もありません。およそ戦争遂行を支える基盤がないようですね」


 人類は必要なら石と棍棒でだって戦えるのだが、同居人からすれば、そのような形態は到底戦争と呼ぶに値しないらしい。ぱらぱらと本を捲りながら、同居人は続ける。


「現行戦力の延長では、恐らく状況を左右することは困難でしょう。帝国軍の内容は皇帝や諸侯の手勢と傭兵隊を核に、強制徴募した農民兵で規模を補強したというところでしょうか。なるほど、『人類の危機』を煽る必要があるわけです。今のところ、あちらの勇者様も立派に仕事をしているようですね」


 寄せ集めの組織を円滑に動かすため、危機を煽って強烈な同調圧力をかけているのである。向こうにとっての勇者とは、その舵取り役なのだろう。


「数は力です。たとえ王国常備軍が練度に勝っていても、数に任せて押し込まれたらひとたまりもないでしょう。つまり、我々は寡兵で大軍と渡り合うことを強いられているのです」


 同居人は懐から林檎印の動画再生端末を取り出す。適当に何かを操作すると、徐に少年へと放り投げた。


「これは?」

「携帯型の情報閲覧端末です。今再生しているのは百年ほど昔の戦争に関する記録映像です」

「へぇー、便利なものがあるんだね」


 興味深そうにエリオは画面を覗く。しかし、その表情はすぐに曇った。動画の内容は草原を悠々と行進している兵隊が、次々とその場で倒れていくという不可解なものであったからである。


 シーンが変わる。大きく映し出されるのは二人の兵隊である。一人が機械のハンドルを回し、もう一人が機械に何か帯状のものを突っ込んでいる。機械の先では、小さな人影がひとり、またひとりと倒れ伏していく。


「1914年夏の西部戦線、機関銃が猛威を振るった開戦劈頭の様子です。久しぶりの戦争だったので、戦闘教義がまだこの新兵器に対応していなかったのです。その結果、大きな犠牲を出すこととなりました」


 読み終えた本を棚に戻しながら同居人が解説を加える。


「短時間に大量の弾丸を投射できる機関銃は、極めて優秀な防御兵器でした。生身で悠々と歩いていれば、その記録映像のように即座に蜂の巣にされてしまいます」

「きかんじゅう……」

「たった一門そこに据えておくだけで、数百名の敵兵の行軍を阻むことができたのです。この見えざる壁を突破できなかったが故に、戦争は長く陰鬱としたものになりました」


 映像は地面を掘る兵隊の姿を示していた。その後4年に及ぶ塹壕戦の始まりである。


「これがあれば、敵の侵攻を止められるの?」

「彼我の戦力評価は今後の課題ですが、現状では十分に防御戦闘を行うことができるとみています」


 問題は果たして数が揃うかである。レーニンは訝しい目つきで同居人を見遣る。機関銃を作ると一言で言っても、原材料の調達から部品の加工、組み立てと多くの段階を踏むのである。各段階の手順を履践するためには、勿論、それに見合った工具や機材、施設が必要となる。ある種の工芸品としての生産を目論むなら、職人の手作りで構わないかもしれないが、事は戦争における消耗品の生産である。果たして適当な生産基盤を整備できるのだろうか。限りなく疑わしいと言わざるを得ない。


 それでも、同居人は強気である。「権力と暴力で、大抵のことはどうにかなるのです」などと、不穏なことを口走っている。これにはエリオも苦笑いで応じざるを得なかった。


 少年は手元の端末に目を下す。白黒の戦場では、盛大に泥を巻き上げながら菱形の物体が前進していた。大砲を備え付けた鉄の箱である。塹壕を越えた菱形は、無数のクレーターが点在する荒地を進む。しかし、やがて、より大きな火砲の集中射を受けて炎上した。


 想像すらしたことのなかった泥沼の消耗戦である。少女は、この泥沼をこの世界に持ち込もうとしている。技術革新と大兵力の動員が約束する泥沼の未来に、エリオは暗澹たる気持ちを隠せなかった。


「今でも君たちはこんな戦争をしているのかい」

「実のところ、四半世紀後には飛行機から都市一つを丸ごと吹き飛ばせる爆弾を落とすようになったので、状況は幾分改善しました」


 少年から端末をもぎとった同居人は、手早く操作を終えると、別の資料映像を提示する。1945年8月6日、広島への原爆投下の映像である。その恐るべき火力に、少年はのけぞるより他なかった。





所信表明回?

何はともあれ、お嬢様は殺る気満々のようです。

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