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ねこのレーニン  作者: るびー
1章 第二常備軍始動
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祭りの後

 会談が終わるころには、もうすっかり日が落ちていた。国王から夕食会への誘いがあるが、同居人はしれっとこれを蹴った。「葉っぱしか食べないのです」というのがその理由である。三毛猫は、そういえばこの小娘は菜食主義者だと思い出した。ついでにびっくりする程に少食だから、夕食会は辛いのだろうと納得した。国王も「エルフは難しいな」と納得したようだった。エルフ設定は存外便利である。


 代わりに同居人が要求したのは、この国、この世界に関する基本的な資料の閲覧だった。「彼我の状況を吟味しなければ戦略など立てられません」と静かに述べる。確かに、敵を知り、己を知れば云々と先人も言っていた。レーニンは身震いする。どうもこの同居人、本気で戦争を始める腹積もりらしい。


 国王も同居人が醸し出す静かな狂気を察してはいるだろう。しかし、気前よく王立図書館の入館許可証をくれた。或いは、同居人が現実に触れれば、無謀な考えを放棄すると期待してのことかもしれない。図書館は王立魔術院管轄なのだそうで、案内は勝手知りたるエリオに任された。「秘書官、初仕事だ」と国王から肩を叩かれた少年は、面白いほどに困惑していた。先刻この同居人のせいで怖い目にあったというのに、また付き合わされるわけである。


 それでも、少年の切り替えは早かった。「可及的速やかに連れて行ってください」と注文をつける同居人の手を、「わかったよ」と苦笑いしながら引く。色素が薄い同士なのも相俟って、無愛想な幼馴染を引率しているようにも見える。背景事情を鑑みなければ微笑ましい景色だった。レーニンも面倒なので、同居人の肩に飛び乗ってついていく。


 王城は電化されていない。流石に蛍光灯に慣れ親しんだ眼には薄暗く映るが、それでも、王城は闇に沈んではいなかった。回廊の要所には燐光を放つ不思議な石がはめ込まれており、手元に明かりを用意しなくても移動には困らない。この辺の調度は、流石は魔法の世界という感が漂う。


「光石だよ。お城とか、貴族の屋敷で明かりに使われているんだ」


 興味深そうに眺める同居人に、エリオが解説する。


「常時発光している鉱石なのですか?」

「そうだね」

「これはガイガーカウンタを探す必要がありそうです」

「がいがー?」


 直ちに健康に影響はないだろうが、気になる話ではある。お前は一体何を言っているんだという顔をする少年をこちらの話ですとあしらいながら、一行は歩を進める。


 赤絨毯の敷かれた王政府を抜け、例のセラミック製水晶体格納容器を通り、さらにやや歩くと、王立魔術院、いわゆる『塔』へ続く渡り廊下に出る。通称の由来は明白である。王立魔術院庁舎は巨大な塔なのである。正しくは暁の塔というらしい。城の東に位置することに由来する安直なネーミングである。


 一般的には学術研究機関としての印象が強いらしいが、王立魔術院は歴とした魔術行政機関なのだという。研究の国費助成に関わる事務や魔術師資格制度の運用管理、他の国家機関に対する魔術的見地からの勧告など、その業務は多岐に渡る。しかし、元々宮廷魔術師の意見交換会から始まった組織ということもあって、研究職が厳然たる実権を握る組織でもある。長である宮廷魔術師総監のナイゼル師も、古代魔術史の分野で有名な研究者なのだという。


 王立図書館が『塔』の根元にくっついているのも、組織の性格を如実に反映したものだった。研究室の近くに図書館が欲しいのは人の性である。他にも、実験室や魔術の練習のための練兵場もあり、高い塔の麓は無秩序に増築された施設がひしめき合っている。この過密具合は都心の総合大学に通じるものがある。


 図書館への道程は存外長いが、その間、少年はこの見知らぬ世界について色々と説示してくれた。淡々とした観光案内のような調子だったが、話が彼の前職である近衛魔術師隊に及ぶと、流石に表情に陰りが見えた。形式上は王立魔術院の最高議決機関である賢人会議に隷属する外局組織であるが、実際には現象術のエキスパートとして国王に直属する魔術師の花形なのだという。それが今や得体の知れない第二常備軍設立準備室の室長付秘書官である。通常人の感覚から言えば左遷に等しい扱いといえよう。


「やはりご不満ですか?」

「どうだろう、僕にも正直よくわからないんだ」


 晴れ上がった星空に浮かぶ半月を睨みながら、少年が心中を吐露する。


「正直、こんなことになるとは思わなかった。なる筈なかったんだ。あの部屋に居たのはこの国でも屈指の魔術師達だったんだ。まあ、僕とリーヴァはただの見学だったんだけどね」


 同居人は顔色一つ変えず聞いていた。


「儀式の前は間違って竜を召喚しても張り倒してやるって笑っていたんだ。あれだけの人達が揃っていたんだから、できる筈だった。でも、そうは、そうは、ならなかった」


 少年は目元を袖で拭う。彼にとって、あの場で死んだのはただの他人ではないのだ。尊敬する師、偉大な先達、或いは同期が居たのかもしれない。


 しかし、残念ながら同居人はその心中を察する優しさを持ち合わせていそうにはなかった。三毛猫も同様である。拉致実行犯に対する反撃を咎められる謂れはなかろうと切に思う。沈黙を守る同居人に構わず、少年は続ける。


「正直、よくわからないんだ。皆を殺した君が憎くないはずがない。怖くないはずがない。でも、同時に、知りたいとも思うんだ。僕達が一体何に負けたのか。憧れているといってもいいかな」

「好奇心は猫をも殺すといいますよ」


 そう言って同居人はレーニンを撫でる。にゃー。物騒なことを言いながら撫でるなと三毛猫は抗議の鳴き声を上げる。少年はそんなやりとりを苦笑いしながら見ている。


「不幸な出会いだったけど、そこで僕達は、僕達を超えうるものを確かに見たんだ。僕だってまだひよっこだけど真理の探究者だ。そんな興味深いものを解明せずにいられる筈ないじゃないか」

「それに、今更好奇心で死ぬのが怖い筈ないさ」と小声で付け加える。

「まあ、好きにしてください」


 同居人の反応は素っ気なかった。「気難しいなぁ」とエリオも苦笑いを禁じ得ない。それでもめげずに、「さあ、行こう」と同居人の手を引く。同居人は素直に引っ張られていた。


 同居人を巡る状況は混沌としている。政治も、人の心も移ろい易い。今固く結ばれたこの手が離されることないよう祈るばかりである。レーニンは柄にもなくそんな風に思うのだった。


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