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ねこのレーニン  作者: るびー
序章 勇者召喚
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勇者召喚・中

 自走手榴弾というネーミング通り、それは勝手に転がって行く手榴弾である。開発者曰く、「焼夷手榴弾も、化学手榴弾もありますよ」とのことだが、今回は発煙手榴弾である。ぱんと弾けて、催涙効果のある白煙をそこら中にぶちまける。


「狼狽えるな!扉を開け!魔術師は送風を!」


 現場指揮の怒号が響くが、即応できる者はそう多くない。まともに煙を吸い込んで咳き込む者が大多数である。そして、次の瞬間──


ちゅどーん。


 轟音と共に大地が揺れる。爆発は一つではない。どーん、どーんと続き、城の各所で煙が上がる。おかげで、平和な王城は蜂の巣をつついたような混乱に陥る。


「くそっ、何なんだ」

「何でもありませんよ」


 場に似合わぬ高く怜悧な少女の声、それはまるで異界からの応答だった。次の瞬間、彼の全身に電撃が走る。何事かを理解する間もなく、屈強な体躯が崩れ落ちる。遠ざかる意識の中で、彼は揺れる金色の房を見た。


「スタンガンでちょっと気絶して頂いただけです」

「いや、まあ、死んでいないならいいんだ」


 応える少年の声からは諦観の念が滲み出る。崩れ落ちた騎士団の分隊長に目を遣れば、股間のあたりに水たまりを作っているようだった。それでも、命があるなら問題ないだろう。少年はそう納得する。


 咳き込み、無力化された兵士を無視して、二人は正面入り口から堂々と退出する。同居人はお土産とばかりに懐から赤色の枇杷っぽい何かを取り出し、ピンを抜いて後方に投げた。ぱんという破裂音、直後、赤い煙が広がる。


「業務用ミルで挽いた微細とうがらしパウダー100パーセント手榴弾です」


 エグいなぁとレーニンは感心する。同居人は肩に乗った三毛猫を優しく撫でると、その顔面に張り付いたマスクを無造作に外して投げ捨てる。エリオ君も相当に息苦しかったのか、マスクをはぎ取って放り投げた。同居人もそれに倣う。


「さて、麗しのレオーニ陛下はどちらですか、エリオ」

「……日中なら王政府庁舎内の執務室にいらっしゃるはずだよ。中央の塔にくっついた巨大な建物だ」

「正直で結構。では行きましょう」


 更にちゅどーんと爆音が響く。その中に微かな悲鳴が混じっていた気もするが、レーニンは気にすることをやめた。どうせこの先、悲鳴と怒号だらけなのだから、いちいち気にしていたら心がもたない。

銀髪の少年に導かれるままに、同居人は城内を行く。


 同居人は相変わらずメイド服に白衣を羽織り、底の厚くて硬そうな編み上げブーツを履いている。凶悪なのは肩からぶら下げている得物である。FN P90。ブルパップ式の採用により短く抑えられた全長、採用するSS190弾はライフル弾並の貫通力を有し、樹脂製のマガジンにはそれがたっぷり50発も装填できる。危ないので軍隊か法執行機関にしか販売されていない筈の銃なのだが、何故か箪笥の中に入っていた。レーニンがにゃ?と首を傾げると、同居人はこっそり「安かったので大人買いしたのです」と教えてくれた。一体どこでどう安かったというのか。レーニンは突っ込む気力も失った。


 こんな奇天烈なものが堂々と歩いているが、それを見咎める者は居ない。同居人の同時多正面攻撃によって混乱している上に、正規の見習い魔術師であるエリオが先導しているため、怪しく見えないようである。魔術師というと、偏屈でエキセントリックなイメージがあるが、異世界でもその辺は変わりないらしい。慌ただしく走り回る兵隊さんににゃーと挨拶しながら、レーニンは安心する。



 あの時、同居人の拳銃は弾切れだった。


 同居人が手を放すと、エリオは力なく崩れ落ちた。レーニンは油断なく水たまりも確認している。そんな彼の耳元に、同居人はこう囁いた。「取引しましょう」と。


 同居人の要求は概ね、①安全な脱出のために労務を提供しろ、②責任者の顔が見たいので道案内しろというものであった。対価は少年の生命である。しかし、不遜な少年は無謀にもこれに条件を付した。もう誰も殺さないでほしいと。それは懇願に近いものだった。同居人は「可能な限り、生命は維持する方向で努力しましょう」と応じた。「人の死とは心停止であるという理解で構いませんね?」とも言っていたので、この小娘の思考を想像したレーニンは背筋が震えた。実際、何の躊躇いもなくとうがらしパウダー手榴弾などという非人道兵器を使ったのだから、懸念は杞憂ではないのだろう。


 脱出には大量のC4が用いられた。箪笥の引き出し一段いっぱいにプラスチック爆薬が詰め込まれていたのだから、もう笑うしかない。薄暗い地下通路をマグライト片手に彷徨い、適当な量の爆薬を適当にばら撒いて、電気式時限信管をセットした。道中たまに化学剤で無力化された兵隊さんが転がっていたが、それを安全そうな場所に移動させるのは勿論エリオの仕事だった。


 一通り爆弾を仕掛け終わったら、信管の作動時刻まで入り口付近で待機、後は先刻のようにスモークグレネードで入口の封鎖を無力化し、悠々と脱出するだけである。状況はほとんど同居人の反則勝ちであった。勇者様とやらを呼んだら、一緒に武器弾薬がごっそりついてきたと誰が思うだろうか。


 ちゅどーんとまた爆発が起こり、綺麗に手入れされた中庭の芝生に大穴があく。遠くで蟻のような人影が右往左往するのが見える。同居人の作り出した混乱は、未だ収まる兆しはない。


「もうすぐ塔だよ。その先が王政府庁舎だ」


 少年が扉を開くと、不意に不思議なものが目に入る。四角錐を上下に張り合わせたような細長いクリスタルである。仄かに燐光を放つ結晶体は特に支えもないのに浮遊している。


「大昔に作られた防御結界装置だって言われてる」


 レーニンが二本の尻尾をぶんぶん振っているのを見て、エリオが説明を加える。にゃーと礼を言うと、「君の猫、変わってるね」と余計な感想を漏らした。同居人は「レーニンです」と肩の三毛猫を撫でながら答える。そして、「偉大なる革命の指導者、人民の導き手、労働者のよき模範なのです」と付け加える。真顔でしれっと寝言を言うから、この小娘は恐ろしい。


 通常の城の塔は、立て籠もり、外敵に備えるための拠点だが、この塔はどうやら不思議な結晶体の格納容器に過ぎないようである。王城は切り出した石を積み上げて作ったいかにも軍事施設といった無骨なものだが、この中央の塔だけ明らかに別の素材、継ぎ目のないセラミックのような素材でできている。実にファンタジーである。レーニンはこんな巨大な焼き物を作る技術に興味津々だが、少年の口ぶりからすると、その辺の一切合財はとうの昔に失われているようだった。


「まあ、何にせよ、庁舎はこの先だ。行こう」

「待ってください」


 先を急ぐ少年に、同居人はP90を突き付ける。


「どうやら歓迎会の準備ができているようです。ちょっと人質になってください」

「歓迎会ねぇ。まあいいけれど、約束は守って欲しいな」

「善処しましょう」


 刹那、クリスタルが真っ赤に輝き、視界が暗転する。振り返れば、扉の向こうが半透明ポリゴンを張ったように暗くなっており、恐らく魔術文字とかそういう設定の紋様が帯となって往来を妨げている。結界である。ファンタジーである。なんだか楽しくなってきて、レーニンは激しく尻尾を振る。


「ここは一応、国家の中枢なのでね、こういう仕掛けもあるのだ」


 低く、張りのある声が響く。それが合図だったのだろう。物陰から全身黒ずくめの兵隊さんがぞろぞろと出現し、二人と一匹を半包囲する。見るからに汚れ仕事専門部隊である。数はおよそ20、主武装は太いボルトを射出するクロスボウで、お腰には短剣がぶら下がっている。


 そんな堅気に見えない皆さんの後ろから、ボスと思しき男が歩み出る。肩にかかる白髪はゆるくウェーブがかかっていて、口髭はふもふもしている。環境光が赤いので瞳の色は判然としないが、多分翡翠のような緑色なのだろうとレーニンは感じた。獅子の白変種のような印象を受ける。明らかに偉そうな赤マントや略冠は、おまけと言って差し支えない。


「初めましてお嬢さん。このレンブールの国王、レオーニだ」

「初めましてレオーニ陛下、ヴィオル・メクリーベルティウス・フィネトエルモ・ヴォクローレル・ブレン・マーラフェルトです。我が祖国では大公として領邦ブラントリクスを拝領しています」


 お前は一体何のネトゲの話をしているんだとレーニンは突っ込みたくなったが、駆け引きの一環なのだろうと思い直して口を噤む。同居人が大公と言えば大公だし、皇帝と言えば皇帝なのである。先方には調査手段などあるはずもないから、実際言った者勝ちである。


「これは失礼した、マーラフェルト卿。何分、我々にはエルフの諸侯というものに馴染がなくてな。我々の知る彼らは人里離れた森の奥でひっそりと暮らしている」

「高度産業文明の進展が我々の森を変えてしまったのです。巨大で過密な人口を支えられるようになった代償として、森は切り拓かれ、農地となり、我々は石と鉄でできた新たな森に移住を強いられたのです」


 エルフ設定は採用らしい。寧ろレーニンは同居人のようなサブカル文脈的な意味におけるエルフが本当に居るのだということに清新な感動を覚える。もう何でもアリである。きっと、ドワーフとか、グラスランナーとか言わないと権利的に怒られるらしい小人さんとかもきっと居るのだろう。


「エルフの世界も大変なようだ。ところで……」


 国王が銀髪の少年に目を向ける。


「そろそろ、彼を解放してはもらえないだろうか。将来有望な魔術師と聞いているし、何かあってはミーディア伯爵から恨まれることになる」

「残念ながら、彼は大切な肉壁です。もし、安全に身柄を取り戻したいなら、その物騒なお友達を下げるという選択もありますよ」

「それは難しいな。我々は首輪の外れた勇者を放置することなどできんのだ。伯爵から恨まれることとなっても、これだけは譲れない」


 要するに言うこと聞かないと殺すぞと言われているのである。P90で応射すれば半分くらいは片付けられるかもしれないが、その刹那の後に太いボルトががしがし刺さるのは動かしがたい運命に思われた。


 それでも、同居人の表情は崩れない。表情筋が退化していることを疑いたくなる鉄面皮である。


「エリオ、卿にはどのような説明をしたのだ」

「き、北の力魔族が襲来し、我々では力及ばないから……と」


 国王はふむと唸る。そして、「すまないな、それは嘘だ」としれっと言った。


「実のところ、我々は貴卿に我々の勇者として名乗りを上げる以上のことを求めてはいない。折を見て人民を鼓舞して貰えればそれでいい。必要なのは名分だ。荒事は我々で済ませる。屋敷も従者も用意しよう。だから、どうか矛を収めてはもらえないだろうか」

「私なら、矛を収めたところで撃ち殺しますが」

「召喚の手間と費用は意外と馬鹿にならないのだ。何度も繰り返せば国が傾く」

「なるほど。魅力的な話ですが、やはりお断りしましょう」


 即答だった。エリオが泣きそうな顔で同居人を見遣る。今にも逃げ出したいのだろうが、血の色に染まった同居人の瞳が、動いたら殺すと語っているようで動けないらしい。


 国王は「そうか」と呟いて、右手を高く上げた。


「ところで、私からも大切なお話があるのです。その掲げた手はそのままにしておくと良いでしょう」


 同居人が言うや否や、どこか遠くで何かがぱんと弾けた音がした。国王が訝しむ。


「L3という化学剤があります。地下で使ったものと違い、至って真面目な神経ガスです。こぶし大の容器に充填した原液でも、数千人は殺せるでしょう。それをこれに詰めて城の各地に撒いてみました」


 懐から自走手榴弾を取出し、国王と物騒な仲間達に示す。


「現在は時限信管モードで作動しています。適当に設定しておきました。リモートで再設定と解除が可能です」


 私を殺すと化学弾が止められなくなりますよと言外に言っているのである。上げられた国王の右腕がぷるぷると震える。


「状況を理解して頂けたようで何よりです。最初の一発だけはただの通常弾ですから、ご安心ください」

「何が目的だ」

「私はお家に帰りたいのです。貴方達にできるとは思わないので、私が自分でやります。そういうわけで、お金をください。必要資材の現物でも構いません」


 同居人はまっすぐ国王を見つめる。その視線には、「責任を取れ」という同居人の確固たる要求が滲んでいた。国王もばつが悪そうに「下がれ」と命じ、真っ黒で物騒な皆さんを退かせる。


「何がどのくらい必要なのだ」

「とりあえずそこの結晶体を400個分ほど」

「無茶を言ってくれるな……」



 その後も同居人は延々と何だかよくわからないものを要求し続け、国王陛下がどんどん涙目になって行くのをレーニンは確かに見た。


 不毛な同居人の要求は、金も現物もないならその調達を保証する身分を寄越せということで、いつの間にか国立研究所所長の椅子へと変遷していた。「ニキタをふもふもしたいです」と同居人が涙を流すに至って、国王陛下は情勢の致命的な悪化に気付いたらしい。慌てて「どこか別の部屋で落ち着いて話し合おう」と申し出ると、これには同居人も素直に従った。結界は、いつの間にか消えていた。


 込み入った話である。別室でじっくり話し合うのが良いのだろう。しかし、レーニンは気がかりなのだ。神経ガス手榴弾で事実上城とその周辺の人々を人質にとっているのに、何故かエリオも裾を引っ張られて連行されている。会議など猫からすれば対岸の火事だが、人間には胃の痛い戦場となることだろう。


 銀髪の少年に幸あれ。にゃーとレーニンは鳴いた。


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