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第八話 お前は〔カワリモノ〕

「……先輩。すみませんでした」

「どうしてお前が謝るんだ?」

 ぼくはコーヒーを一口飲み込んでから――先輩に謝った。

「〔はらたつ〕のこと。先輩が忙しいからって、勝手に思い込んで。連絡もしなくて」

「……俺はあいつとの付き合いは浅いから、それ考えたら、お前の判断は間違いじゃない。  

 ただ〔はらたつ〕ってあだ名つけたの俺だったからな……」

 


 そうだ。

 高校に入って、あいつとは同じクラスになって。そんな繋がりで先輩を紹介したときに、あいつの名前から先輩がつけたあだ名だった……。

 あいつはしばらくこのあだ名を嫌がっていたけど、そのうちそれも嫌そうにしなくなって、高校がっこうを卒業しても呼びつづけることになった。

 先輩はそれを気にしていたのかもしれない……。


 

「こんな話をして本当にごめんな」

「いいえ。聞けてよかったです」

 先輩は俯き加減のぼくの顔を見て、苦笑いを浮かべた。

「嘘だな。お前がそんな顔してるときは、聞きたくなかったって思ってるときだ」

 ……尊敬している先輩だが、こんなところは苦手だ。

 ときどき見透かされたように、こんなことを言われる。

 ぼくの行動はそんなにわかりやすいらしい。中学のときからこんな調子だ。

「お前はわかりやすいんだよ。すぐ顔に出る。

 それと……今日のお前、ときどき変なところを見てるよな?なんかあるのか?」

「へ?い、いや?」

『お前は誤魔化し方が下手くそだ。マサキ……』

 慌てたぼくに、マキがぼそりとつぶやいた。

 


 タイミングが良すぎるんだお前はっ!!

 ぼくはマキを蹴っ飛ばしてやろうかと思ったけど。このやろ。ぼくの足に抱きついて、力ずくで阻止してる!!



「お前、足……どうかしたのか?」

「い、いえ。なんでもないっす!」

 テーブルの下でマキとの攻防を繰り広げているぼくに、先輩が不思議そうな顔をして尋ねてきた。

 くそ。離せ、マキっ!!

「……もしかして……お前、見えんの?」

「は?」

「その……幽霊ってやつ。前は霊感はないって言ってたけどさ。

 今、そういうことに少し興味があってな。身近にそういうやつがいるのなら、話を訊きたいと思ってんだよ」

「いや……見えるとか……その」

「……だから、お前さ。誤魔化すの本当に下手だよな」

 真顔の先輩にまで言われて、ぼくはすごいショックを受けた……。

 そんなに下手なのか、ぼくは。



「次はホラーでも描くつもりなんですか?」

 先輩は今、『ぎょーだ秋伸』のペンネームで、青年誌に女子高生の生態を描いたマンガで人気を得ている。

 見た目や性格と描いてるもののギャップがすごすぎて、ちょっとこの人がわからないときがあるんだ……。

 今度はホラーものでも描くつもりだろうか?

「ホラーというかミステリーだな。ネタとして考えてるだけだから、まだマンガを描くかどうかまではわからないさ」

「いろいろ大変なんですね、マンガっていうのも。ぼくは……絵はまったく描けないからわかりませんが」

「好きで描き始めたから。大変なのは覚悟の上さ」

「それでも……いいな」

「ああ?何気にリア充してるお前に言われたかないっ」

 一瞬、先輩を羨ましいと思ったけど。次の瞬間にはえらい剣幕で怒られた。

「いや……まぁ、そうなんですけどね……」

「俺は彼女すらいねぇんだぞ?人を羨ましがってばっかいないで。

 もっと自分を見てみろ」

『そうじゃ、そうじゃ。よく聞け。おい、マサキ』

 ああ……マキ。お前がそう言わなきゃ、先輩の言葉も素直に聞けるんだよ。

 マキの一言で、先輩が言ったいい言葉のすべてが台無しになってしまったじゃないか。

「お前……何が不服なんだよ?」

「いいえ。違うんです……」

「なにが?」

「いや……ちょっと守護霊の声が……」

 どう言っていいかわからず。そんな誤魔化し方をしたために、「なんだと。その話よく訊かせろ!!」と先輩に粘られ。

 ぼくはマックに三時間も缶詰にされた――。



◆◆◆



「鬼?」

「はぁ……」

 根負けしたぼくは、とうとう先輩にマキの存在を暴露した。

 マキも『かまわん。言ったところでこいつには見えんからな』と言った。

 その後も根掘り葉掘りと、先輩は興味津々といった表情を変えることなく、ぼくから〔鬼〕について訊きだした。

「名前かぁ……俺の肩に茶色のカラスのような〔鬼〕がいるんだな?」

「はぁ。今は右肩にとまって、こっち見てます」

 確かにその通りだし。

「名前をつけたら強くなるんだよな?」

 先輩の質問に答えたのはマキだった。

『そうだ。でもおいらとその茶太郎とは意味が違うぞ、マサキ。

〔鬼〕を見てわかるやつと、「いるかもしれない」っていう感じとは〔たま〕の力が違う。でも〔名前〕をつけてやれば、〔たま〕の力は弱くても、この世に〔存在〕する力は強まるからな。いい事だろな』

 


 ぼくは「いつの間に〔茶太郎〕とつけたんだよ?」とツッコミを入れたくなったが、マキの言葉をそのまま先輩に伝えた。

「なんだか、イタコと話しているみたいな気持ちだな。

 そっか。お前の〔鬼〕が俺の〔鬼〕のことを〔茶太郎〕と呼んでるなら、こいつの名前は〔茶太郎〕にしてやろう」

 素直に右肩を触れながら喜んでいる先輩の姿に、ぼくは違和感を覚える。

 ぼくがおかしいとは、先輩は思わないのだろうか?

 物かきの〔さが〕だと笑っているが、こんな簡単に信じてもらえるものなのだろうか?

「なんだよ?」

 じっと先輩を見ていたぼくに、先輩が訊いた。

「……いや。変だと思わないのかな……と」

「〔鬼〕の話をか」

「はい」

「……満足に誤魔化すことも出来ないお前が、こんな作り話を即興で作れるなんて思わねぇよ。ちゃんとお前というやつのことを知ってるから、信じてるんだ」

 ――う、嬉しいかも。

 こんなこと笑顔で言ってくれるの、日菜ちゃんと先輩ぐらいだな。

『……マサキ。お前、男が好きか?』

 


 テーブルの下がにわかに騒がしくなる。

 先輩にカミングアウトしたぼくに、迷う気持ちはなかった。

 マキを蹴り出そうとするぼくの右足を抱え込んで離さないマキとの攻防で、テーブルが小さく揺れる。

「……なんだ。結構〔鬼〕が見えるのも楽しいんだなぁ」

 羨ましそうにつぶやく先輩。

「……楽しくないです……」

 ぼくは真顔で先輩に答えた。

「で?ちなみに今度はなんて言ったんだ?」

 先輩のその質問だけは――ぼくは最後まで答えることはなかった。



◆◆◆



 夕暮れまで先輩と話した。

 いろいろあって、疲れと興奮がぼくの中に入り混じったものとして残ってる。

 まさか、マキのことを他の人に話す機会があるとは思わなかった。

 先輩は「誰にも言わない。言ったところで信じてももらえないから」と約束してくれた。

 


 日菜ちゃんが待つアパートまでの帰り。

 ペタペタとマキが、ぼくにだけ聞こえる足音を立てながらついてくる。

「……っ!?」

 まだ駅からの大通りを歩いていたぼくの目には、駅前が多くの人で賑わっている様子が見えている。

 その中で。

 ぼんやりと、行き交う人たちの背後――またはその隣に黒くもやもやとしたものが見えてきた。

「……なんだ?」

 ぼくは小声で驚きの声を上げる。

『〔鬼〕だろに』

 マキの声が聞こえた。

『やい、マサキ。どうしてかお前の力が強くなったんだ。

 だから今までは、時間をかけないと見えなかったもんがぼんやりとでも、人の〔鬼〕が見え始めたんだろに。慣れるほかないな』

「……おい、冗談じゃないぞ」

 だって。そうだろ?

 そうそうすぐに他人の〔鬼〕が見えてたら、普通の生活なんて出来なくなるだろうが。



 ぼくは駅前から足早に立ち去った。

 できるだけ人と目を合わせないように――〔鬼〕を見ることないように。

『腹を括れ、マサキ。いくら足掻いても無駄じゃ。

 見えるもんは見える』

 後ろから追いかけてくるマキの声が耳に届く。

「やめろ」

『おい、マサキ。お前は〔カワリモノ〕だろに』

「ああっ?」

 大通りの外れにある、最近閉店したメガネ屋の建物を見つけると、ぼくはその影に入り込み、マキに振り向いて睨んだ。

『お前は人としては〔カワリモノ〕だろに。だからおいらが見える。

〔鬼〕が見える。〔カワリモノ〕は〔カワリモノ〕だ。それは変えようもねぇ』

「変わり者って……ぼくが変だって言うのかよ?」

『違う。人であって少し〔人〕と違うモノ。それがお前だ、マサキ。それでもおいらにはお前はマサキだろに。違うか?』

「……意味がわからん」

『わからんでもそういう意味じゃ』

 


 人と違う者――それはお前たち〔鬼〕のことなんだろう、マキ?

 ぼくがそれに近いとでも言うのか?

『お前はお前だろに。おい、マサキ』

 


 ぼくはマキに振り向くことなく、大通りに戻る。

 そのまま家に向かって早歩きで進む。

 マキは遅れることなく、ぼくの後ろをピタリとついてきた。

 


 本当に変なやつに憑かれたのかもしれない。

 〔カワリモノ〕――それはお前なんだろう、マキ。

 ぼくはマキに話し掛けることなく。心の中でそうつぶやき、繰り返していた。

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