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第四話 〔鬼〕を認めるとき

 あれから三日が過ぎていた。

 

 

 その日はお互いの休みがあったこともあり、僕の部屋には河村がやってきて、なんとなく〔はらたつ〕の思い出話となった。

「……そんなこともあったっけ……」

 高校時代の〔はらたつ〕の話に、ぼくと河村は夢中になった。

 思えばあの頃が一番楽しかったと思う。



「そうか……そう言えば〔はらたつ〕が変わったのって、予備校を通い出した頃だったなぁ」

 河村がぼくの話を聞いて、その頃の〔はらたつ〕のことを思い出しながらなのだろう。上目使いになりながら答えていた。

「あいつが狙っていたのが医学部だからな。二流程度の大学ならあいつは余裕で入れる頭はあっただろうさ。それがプレッシャーになっていたのかな……」

「そうだろうな……。

 でも学力だったら、おまえだって負けてなかっただろう?」

 河村はぼくにそんな話を振る。

「まさか。〔はらたつ〕には負けるよ。それにぼくは諦めた」

「……それはおまえが親に面倒をかけたくないから、国立を狙って……それが駄目で浪人を諦めたってだけだろ?

 今じゃ立派に社会人やってんだし……」

「バイトで入ったホームセンターで、社員で雇ってもらったってだけだけどな」

 ぼくはそう言って肩をすくめる。

「それでも立派だろう。俺も百均の会社に入ったけどさぁ。もうパートのおばちゃんとかやってらんねぇよ。自分たちのことばかりで、辛く当たるとすぐに大騒ぎするし。

 ストレスたまってしかたねぇ。それなのに給料は安いし、ボーナスも販売業は特に安いけどなぁ……」

「そう言うなよ。今の世の中、もらえるだけありがたいだろ」

「……まぁな」

 いつの間にかしけた話になる。

 ぼくも河村も互いに苦笑いをしながら、そんな話をやり過ごした。



 で。あの〔化け物〕は……。

 何やってんだっ!!

 ぼくが見ると、マキは冷蔵庫の扉を開けて中を探ってやがる。

「あれ……冷蔵庫の扉、開いてんぞ?」

 河村も気がついたらしい。

「お、おうっ!!古いからなぁ、これ」

「中古で買ったんだっけ?」

「そうだな。嫌になるなぁ」

 あははと乾いた笑いで河村の話をかわし、ぼくは急いで立ち上がると、マキを蹴飛ばしぱたんと扉を閉めた。



『いたいっ!!こらっ!!痛いぞ、マサキっ!!』

 マキが大騒ぎしているが、ここでこいつに答えたら大変なことになる。

 マキはぼく以外に誰にも見えない。

 ぼくには見えてマキに普通に答えても、はたから見たら、ぼくはただの危ないやつにしか見えないからな。

「新しいの買えないのか?戻って来た金があるんだろう?」

 河村はそんなことを言ったが。ぼくはすぐには答えられなかった。

 あの金は、すぐに何かに使えるような簡単なものではないように思えていたからだ。

「……考えとくよ。これも騙し騙しだけど、まだ使えそうだからな」

 実際、マキのバカが開けただけだから。

「そうかぁ。俺は教習所の支払いに使うつもりだけど」

「休みとれるのか?よく、そんな時間あるなぁ……」

 河村の見えないところで、怒るマキの頭をぽんぽんと叩いて宥めると、ぼくはモノのついでで缶のコーラを二本、冷蔵庫から取り出し河村へと持っていく。

「おう、サンキュー。

 有休使いまくりだよ。休みなんて全部潰れるだろうな」

 コーラを受け取りながら、河村はそう言ってため息をついた。

「そっかぁ。ぼくは昨年とったから。

 あとは車が欲しいんだけど……今の給料じゃすぐに買えないよ。

 できればローンは組みたくないし。」

「相変わらず真面目だよな、おまえ。でも維持とか考えると頭がいたいし……。あれば便利だけど」

 河村はぼくを見て苦笑を浮かべた。ぼくもなんとなく同じ笑みで応えてしまう。

 


 ぼくは一人暮らしで精一杯の給料だから。実家への仕送りの分もある。

 もう少しためないと、車には手が出ない。この金はそのために使うのもいいかもしれない。

 


◆◆◆ 




 河村との話は楽しかった。

 だけど。ぼくは河村を直視するのが辛かった。

 何故か……って。

 河村の背後には、少なくとも四体の〔鬼〕が蠢いていた。

 


 蛇のように長い体でとぐろを巻き、顔は人のもの。たまにこいつと視線があってしまうのがたまらないんだ。

 ただ真っ黒で、ごそごそと動くだけのもの。

 カエルのような姿でぬめりのある体に、目は異様に飛び出るように大きいもの。

 そいつが時々「げふげふ」とうめくように鳴く。それが気持ち悪くて仕方がない。

 そして三、四歳の子供ぐらいの大きさの〔鬼〕。

 でもそいつの胴には、頭が突っ込めるぐらいの大穴が開いて、その〔鬼〕は小さい声で「いたい、いたい」とつぶやいている。



 これが河村の〔鬼〕たち。

 これが〔鬼〕。河村の〔写し身〕。マキでさえ、見慣れるのに二日はかかってる。

 ぼくは河村だけ見るようにして、背後には視線を向けないように努力していた。

 どうして突然こんな連中が見えるようになったのか。

 マキは言っていた。

『そんなことおいらにわかるものかよ。まぁ、なれるしかないな』と。

 なれるかよ……こんなやつら。おまえだってまだなれないのに。



 でもこれだけは言える。

 ぼくがこれだけ早く立ち直れたのは、マキが丁度いい話し相手になったからだ。

 不服だが、それはマキのおかげと言っていい。

 そしてぼくがこんな気持ちの悪い連中を、そこまでパニくらずに認められるのもマキのおかげなんだろう。本当に悔しいが。

 〔鬼〕は本当に存在して、ぼくにはその〔鬼〕を見ることができるらしい。

 これは本当のことなんだと、認めるしかなさそうだった。


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