告白
出されたお題を基に百分間で物語を作ろうと言う企画で生み出された小説の一つ。お題は「苺」と「魔法」。
「もう七時だよ、ほら起きて。早くしないと会社に遅れちゃうよ。」
恋人の美奈子の声に誘われて信二は眠りから目を覚まし、気だるげにその体を起こした。
信二は前夜脱ぎ散らしたまま眠ってしまったパンツを手に取り足に通す。続いて、美奈子の部屋のクローゼットにしまわれたシャツに袖を通す。そうやって衣服を次々に身に付けると、寝室を出て洗面所に向かった。途中、キッチンを通った時に、信二より一足先に部屋を出て行った美奈子が、朝ごはんの準備をしているのが見えた。
「おはよう。」
そう声をかけると、美奈子もフライパンを片手に振り返って、
「おはよう、今日はお寝坊さんだね。」
と明るく返す。その姿が信二にはたまらなく愛おしかった。そのままずっと眺めていたい気持ちを振り切り足を進める。信二は魅了の魔法でもかけられたかのように、美奈子にぞっこんだった。
洗面所に着くと、鏡の前に立ち髪に念入りに櫛を通す。伸び始めた髭も剃る。
「信二、朝ごはん出来たよ。」
そうこうしているとキッチンから美奈子の声が聞こえてきた。信二は髭剃りもそこそこに急いで居間に向かった。
食卓で彼を出迎えたのは、テーブルに敷かれた、クマの模様の刺繍のされたピンクの可愛らしいランチョンマット、真っ白な皿に乗せられた二枚のトースト、ガラスの大きな器に盛りつけられた二人分のサラダ、これまた真っ白な皿にのせられた目玉焼きに二つのウインナー、そして美奈子の笑顔だった。
トーストは綺麗に焼き目が付き、所々少しだけ黒くなったところが見える。脇にはマーガリンの箱とラベルの無い瓶に詰められた赤いジャムが見えた。サラダはレタスと真っ赤なトマトが瑞々しい輝きを放っている。目玉焼きは彼好みに半熟に焼かれ、ウインナーは茶色いからだに黒い焦げの衣をまとっている。
信二はトーストにマーガリンを塗りながら美奈子にたずねる。
「この苺のジャム、美奈子が作ったのかい。」
「ええ、私の母さんがよく私に作ってくれてたの。自信作なのよ。」
「へえ、偶然だね。僕の母さんもよく作ってくれてたんだ。懐かしいなあ。僕の母さんが作ってくれたものの中でこれが一番好きだったんだ。」
二人は他愛のない話をしながら食事をする。信二は二枚目のトーストに手を伸ばすと、瓶の中のジャムを熱々のトーストに塗る。そうして一口齧った。
すると彼の顔に笑顔が浮かんだ。
「美味しい、すごく美味しいよ。」
「そう、嬉しいわ。」
美奈子も子供のように笑って言う。これが信二に決意させた。信二は顔を必死に真顔に戻すと、しかしまだ少しだけ顔が笑っていたのだが、言う。
「ねえ美奈子、結婚しよう。ずっと言いたかったんだ。」
「ええ、喜んで。」
彼女は一瞬驚きを浮かべ、そして笑顔になって了承した。
食卓に並んだものの黒率の高さは突っ込まない方向でお願いします。元はコーヒーも並ぶ予定でしたが黒くなりすぎたので消されました。