双星の約束
「また女の子を振ったらしいじゃんか。え~夏彦くんよ~!」
なれなれしく話しかけてくるこいつは僕のたった一人の友人だ。
名前はというと物語に関係するわけでもないから説明しなくてもいいだろう。
「なんでそのことを知っているのさ……」
「学校一と自称する情報屋をなめるなよ……?」
「はいはい」
実際彼にはなんども助けられているから馬鹿にすることは出来ない。
「しかし今回告白されたのって隣のクラスの可愛い子だろ?
付き合えば良いのに!!なんで振るんだよ!!!
前回も前々回も可愛い子に告白されてるのに振ったし!!!意味が分からない!!!」
「僕には運命の人がいるんだ」
「この学校か……?」
「いいや。学校のことは知らない。」
「は?
年は?年上か?年下か?」
「分からない。」
「いやいやいや。運命の人だろ?なんでなにも知らないんだ?」
「何も知らないわけじゃないよ。名前は知ってる。」
「名前以外知らないことが驚きだよ!なんて名前なんだ?」
「織姫」
「は?オリヒメ?」
「うん。七夕伝説の織姫と同じ字を書くんだ。」
「面白いこというじゃないか!お前が彦星ってわけか!」
「そうなるね。」
「てことはなんだ?7月7日にしか会わないとかあるのか?」
「そうなるね。」
「面白い冗談だ。」
「ほんとだってば!」
「はいはい。授業始まるぞ~!」
友人Aは僕のことを馬鹿にしてるが本当に織姫はいるんだ。
今日は7月5日金曜日。
今年の七夕は日曜日だ。今年は特別にする予定だから休みでよかった。
その日の授業には身が入らなかった。
今から明後日のことを考えてうきうきしていたのかもしれない。
~
日が変わり土曜日。
明日彼女に会うために用意をしていた。
正確に言うと半年前から用意していたものの総仕上げだ。
そのとき友人Aからの電話がなった。
『おい夏彦』
「昼下がりになんのよう?」
『面白い話を聞いたから教えてやるよ
この町を見渡せる結構大き目の展望台があるだろ?
あそこで1つ年下の後輩がなぞの女に指されたらしい。』
「詳しく聞かせてもらえるかな?」
『はなしによると後輩がそこに行ったら「ある人を殺すためにここにいる。あなたは邪魔だから消えて」といってきたらしい。
そのあともその場に残ったら思いっきり切られたらしいぜ!
思いっきり切られたけど致命傷にはならずに命からがら逃げ帰ってきたらしい。』
「織姫だ……」
『は?織姫って昨日言ってた?』
「うん。彼女が殺すって言ってたある人って言うのは僕だ。」
『なんだよ……。運命の人って言うのは嘘かよ……』
「ほんとだよ。僕も明日彼女を殺しにいく。」
『意味が分からねえよ!!』
電話越しに興奮しているのが分かる。
「冷静になろうよ。僕は織姫を愛してる。
そして彼女もまた僕のことを愛しているんだ。」
『ちょっとまて……!なにいってんだよ……!!』
「人というのは不思議なものでね。好きになればなるほど苦しいんだ。
会えないことも、好きという感情もね。」
「だから僕たちは殺しあうことにした。年に一度、天帝によって引き離された夏彦と織姫が会える日に。」
「好きだから支配したい。僕らが愛し合うすべは殺しあうことなんだ。」
『わからねえよ……。』
「だろうね……。分からないのが普通さ。」
『……殺すのか。』
「殺したい」
『殺される可能性もあるんだろ?』
「それはそれでうれしいかな」
『……分からないけどよくわかった。彼女とのひと時を楽しんでこいよ。』
「うん……ありがと」
「じゃあね」
電話を切ると一瞬の静寂のあと昼下がり特有の騒々しさが戻る。
今夜は寝られないだろうと思い、僕はもう一度寝ることにした。
~
起きたらあたりはすっかりと暗くなっていた。
「7時間も寝てた……」
約束の展望台までは1時間はかかるので早めに準備をしないと……
結局僕の準備は1時間ほどかかり10時には用意が終わった。
今から出たら11時にはついてしまう。
どうしようかと思考をめぐらせたところで家のチャイムがなった。
「おい!いるんだろ?」
外から聞こえる声。
「友人Aかよ……」
玄関をあけてやった。
「今からか?」
その問いが織姫のことだということはサルにだって分かるだろう。
「うん。そうだよ」
「俺もついていかせろ!」
「え?」
「言わなくても分かるが俺はモブキャラだ。
名前も与えられてないし、お前と織姫ってやつの関係も詳しくは知らない。」
「だけどな。友達なんだよ!
お前のことを大切な友達だと思ってる!」
「そんなお前が死ぬかもしれないって時に俺は黙っていられないんだ!
お前と織姫ってやつの邪魔はしない!だから連れて行ってくれ!」
「条件をだしていいかな……
12時ぴったりにあとから展望台に来てくれないかな?
それまでは少し恥ずかしくて聞いてもらいたくないし……」
「そっか…分かった。12時ぴったりに展望台に行く」
「ありがと。じゃ外に行こうか」
「おう!」
その瞬間友人Aが背を向ける。
その背中に
「ごめん。君のことも大好きだったよ……」
~
展望台に着くと手すりの部分に腰かけている女の子を発見した。
黒くて長い髪。
この暗闇の中でも黒だと分かる漆黒。
月明かりしかないこの展望台でもすぐに彼女のことを見つけられた。
「めずらしいこともあるのね。まだ11時半よ?どういう風の吹き回しかしら。ねえ?夏彦?」
こちらを見ることなくそういった。
「よく僕だって分かったね織姫」
「足音が夏彦だもの」
「そっか。」
「それにしてもだめじゃない。まだ7月6日よ?」
「7月7日だったら会ったとたんに殺しあわなきゃだしね。
少し織姫と話しがしたかったんだ。」
そこまでいうと織姫はふりかえった。
「そう。ならば時間がおしいわ。話しをしましょう。」
月明かりに照らされた彼女は美しかった。
「背伸びた?」
「僕もまだ成長期なのか分からないけど伸びてる」
「そう。」
「そういえば織姫って何歳なの?」
「内緒。私を殺せたら教えてあげる。」
「そっか」
”私を殺せたら”
僕たちの約束だ。
「私たちが出会ったときのこと覚えてる?」
「さあ」
「教えてくれてもいいじゃない」
「僕を殺せたら教えるよ。」
「いじわるなのね。」
”僕を殺せたら”
これも僕たちの約束だ。
「今日は催涙雨降らないわね……」
「織姫と彦星が流す涙のことだね。」
「夏彦は相変わらずロマンチストね。」
「今日は僕らの約束が果たされるからね。泣く必要はない。」
「ねえ夏彦。私のこと愛してる?」
「うん。愛してる。」
「よかった。」
「織姫は僕のこと愛してる?」
「ええ。愛しているわ。」
「よかった。」
そうして二人で町の夜景を見続けた。
愛を誓いあう。
その行為になんの意味があるのだろうか。
精神的につながっているのに。
こんなにも愛し合っているのに。
言葉にしなくては伝わらないもどかしさが僕らには耐えられなかったんだ。
「時間ね……」
織姫は例年のように僕から距離をとる。
「ルールはいつも通りでいいよね。」
「ええいいわ。」
「勝者は敗者を好きなようにしていい」
「勝敗はどちらかの死をもって決する」
「朝日が昇ったら引き分けとし来年に持ち越す」
「愛しているわ夏彦」
「愛しているよ織姫」
12時を知らせる携帯のアラームがなる。
すると同時に織姫は地を蹴り風にのり一気に距離をつめた。
「今年こそはあなたを殺してあげる夏彦」
その手にはバタフライナイフ。
彼女の姿にはあまりにも不釣合いなそれは月の光をあびてギラリと光る。
「それはこっちの台詞だよ。」
突き刺そうとかざしたナイフを左手でつかむ。
手の平にナイフが食い込み血が流れる。
僕はそれを我慢しながら渾身の力でわき腹を殴る。
「……くっ!」
織姫は体をくの字に曲げながらもつかまれたナイフを振りほどこうと手を動かす。
手に激痛が走る。
二人は一旦距離を置く
「そのナイフよく切れるんだね……」
「あなた力強くなったわね……まあ指1本もらったけど」
「左手だし指の1本くらい必要ない、ねっ!!!」
僕は用意していた鉾を手に織姫に襲い掛かる。
「パルティジャーナかしら…」
「ハーフ・パイクと呼んくれっと」
織姫は僕の攻撃をいとも簡単に、いつのまにか手に握られていた太刀で流していく。
「また織姫つよくなった?」
「夏彦が弱くなったのよ…ハッ!」
ぎぃんと甲高い音とともに僕のもっていた鉾が飛ばされる。
「くっ!」
「私の勝ちかしら……」
「まだまだ!!!!!」
仕込んでいたナイフで織姫に飛び掛る。
「あまいのよ……」
織姫はそれをよけ、
僕の右手を切り落とした。
「うがあああああああああああああああ」
あたりに悲鳴が響き渡る。
「夏彦……すぐに楽にしてあげるから……」
織姫はそのまま太刀を左足に突き刺す。
「っっく、あぁあああああああ!!」
織姫は太刀を手放し僕に近づく
「最後は手で首を絞めて殺すって決めてたの。」
「愛してる。」
織姫が首に手を回す
僕は声を振り絞る
「ぼくもあいし、て、いる……。」
痛みで声が出るのを抑えていた。
こんなに幸せな瞬間に悲鳴など不釣合いだから。
織姫は笑う。
僕も笑う。
そして織姫の胸には深々と僕のヒ首が突き刺さっていた。
「ここに隠していたの…?」
気道を傷つけてしまったのか織姫は息を吸うのも精一杯だった。
「うん。1ヶ月前くらいに隠したんだ。」
「そう…私死ぬわね…」
「そうだね。心臓を一突きにしたから」
「愛しているわ」
「僕もだよ。」
「そういえば私が何歳か聞きたがっていたわね……」
「うん。」
「20歳。あなたよりも年上…かしら…」
「僕は19歳だから織姫のほうがお姉さんだ」
「そ…う…」
織姫の目が曇りだした。
「ちぇ…私が殺したかったな……」
泣きながら織姫は言う。
「大丈夫、織姫を一人にはしないよ」
「ほんと…?」
「本当だよ。今までだって僕はずっと約束を守ってきたでしょ?」
「…そうね、そうだったわね…」
織姫の手が弱々しく上がる
僕はその手をやさしく握った
織姫の手が徐々に冷たくなっていく
「だから、先に行ってまってて。僕もすぐに行くから」
「うん、あり…が…と…」
とさっ
織姫の手から力が抜け地面に落ちる
その顔はまるで苦痛などなかったかのように安らかだった
「おやすみ、織姫。またね」
僕は織姫を抱き上げ崖へと歩を進める。
「夏彦っ!!」
あと少しで崖から足が出そうになったとこで友人の声が聞こえた
「やぁ、遅かったね」
僕は後ろを向いてじっと彼の顔を見た
「っ!?、夏彦…お前…」
彼は僕の抱いている織姫を凝視していた
「紹介するよ。彼女が僕の運命の人…織姫だ」
彼は呆然と僕と織姫を見ている
「まぁ今となっては話すことも、目を合わせることもできないけど…」
僕は左手で顔にかかった織姫の髪をそっと横に掻き分ける
「おまえが…やったのか?」
「そうだよ…、僕がやった」
「なんでっ!!お前ら愛し合ってるんだろっ!!だったらなんで…」
「言ったよね。僕たちの愛し合うは殺しあうことだって…」
「そうだけどっ!!でも…そんなのってねーよっ!!」
「別に理解してもらおうなんて思ってないよ。これは僕と織姫の問題なんだ」
「なんでだよっ!!なんでそうやって周りに壁を作るんだよっ!!俺たち友達だろ…、だったら!?」
「友達だから何?きみは僕に何かできたの?」
「っ!?それは…」
「誰にも止めることはできなかったんだよ。実際僕の一番近くにいたきみですらなにもできなかった」
「そんな…」
「僕たちにはこれしかなかったんだ。殺しあうしか…」
「…お前はこれからどうするんだ?」
「…約束を果たすよ。織姫との」
「約束?」
「うん、織姫が死ぬ間際に約束したんだ。きみを一人にはしないって…」
「っ!?お前っ!?まさかっ!?」
「またねって…」
「やめろっ!!、お前まで死ぬことなんか…」
「それはできないよ、だって…約束したんだから」
「そんな、死人との約束なんて守る必要なんかっ」
「織姫を侮辱するなっ!!」
「っ!?」
「それ以上織姫を侮辱したらいくらきみでもゆるさない…」
「…」
「…それじゃ僕はもう行くね。織姫が待ってる」
「夏彦っ!!」
「短い間だったけど楽しかったよ…ありがとう。じゃあね」
「考え直せ夏彦っ!!」
足を一歩後ろに出す
すると一瞬体を浮遊感が襲ったがすぐになくなる
そして…体が落ちていく…
「夏彦~!!」
友人の声が遠のいていく
体に力が入らない
だけど…
織姫だけは絶対に離さない
離すもんか
そのとき織姫の顔がふと笑ったように見えた
(ああ、そうだね織姫)
(これからはずっと一緒にいよう)
ずっと……一緒に……