第六話
【フリスタ王国・西の森】
「まあ割とうまくいくものですねえ」
イクスは笑って草のクッションに背を預け、空を見上げる。
フリスタの命運の決める戦いから3日。
戦いは総大将のガイが戦闘不能、代役となったスミンが停戦を呼び掛け、アリシアが着く頃には全て終わっていた。
「皆には良く怒られてたけど、散歩もたまには良いものですね」
そう言ってイクスが見据える先には木天蓼がこれでもかと群生している。
イクスがガイとまみえたのは一度きり、だがイクスはその一度で直感する、こいつとはまた敵としてまみえるだろうと。
リリーに話を聞いていた為、イクスはすぐに対策に出る、プライドが高い奴は同じ物で固めるのが好き、ならばガイは猫や獅子、虎の獣人を多く使うと予想がついた。
後はアリシアを抱えて駆けた道中、木天蓼が群生しているのを見つけたこの場所にに、早々に来て準備をした。
「後はとりあえずアリシアたちに任せますかね」
政治に介入するのは違う、自分はあくまで召喚された便宜上勇者、召喚者の剣となり盾となれば良い、イクスはそう考えていた。
「そう思いませんか? シャルロットさん」
やや沈黙の後、木陰からばつの悪そうな顔をしたシャルロットが現れる。
「イクス様……」
「今日は普段着ですか、まあ戦うわけじゃないですからね、似合ってますよ」
その身は深紅の鎧に包まれていなかった。
代わりに飾り気は無いが、上質そうな布で作られた純白のワンピースを纏っており、足元のサンダルが、シャルロットの色とも言える赤だった。
「どうしました? 木陰は冷えるからこちらに来ませんか? 『シャル』」
イクスは体を軽く起こし、魔王とは思えない慈悲深さに溢れる微笑みを浮かべ、シャルロットにそっと手をさしのべる。
と、イクスは視界と体が上に向く感覚と同時に、柔らかな温もりを胸に感じる。
「いきなり飛びついてきたらびっくりしますよ……」
「ごめんなさい……でも、でもイクスは……」
「まあ良いですけどね」
イクスは声を震わせるシャルロットの頭を優しく撫でながら、そっと背に腕を回す。
「僕は確かに一度死んでいる、それは紛れもない事実ですね、だけど今は生きている、それで良いじゃないですか」
「本当に……本当にイクスなんだよね?」
「でなければレーヴァテインの『終焉の炎』で消し炭になってますよ」
イクスは必要以上に笑ってみせる、だがそれに対してシャルロットは耳を垂れさせ、申し訳無さそうな表情を浮かべる。
「ごめんなさい……信じられなくて、だってイクスあの勇者の手で……だって」
「気にしなくて良いですよ。でもここに来たということは、僕にまた力を貸してくれると思って良いですかね?」
「勿論、私はダバロウ帝国の勇者である前に、魔王イクスフォリニアに忠誠を誓う騎士だから」
言うなりシャルロットはイクスの唇と自分のそれを重ね。
「私、獣人族が騎士シャルロットは、主君たる魔王イクスフォリニア様に髪の毛の一本まで貴方様に捧げ、千朝万夜、何時いかなる時であろうとも、立ち塞がる敵を剣となり切り裂き、そびえ阻む壁を槍となりて貫き、降りかかる災厄から盾となりその身を守る事を誓います」
「忠誠宣誓の儀式でしたっけ? 割と長い気がするけど、よく覚えてますねえ」
「イクスが言った。どうしても僕の部下になりたいなら、騎士の忠誠宣誓を諳んじてみせてくださいって」
そういえばそんな事も言ったかな……イクスは記憶を振り返りながら、手触りのよいシャルロットの髪を撫でる。
「イクス、イクス」
「どうしました? シャル」
「明日から騎士として頑張るから、だからね」
身じろぎしながら、シャルロットはイクスの耳元に口を近づけ。
「今日だけは甘えさせて……」
「甘えるのは自由ですよ?」
シャルロットはイクスの顔を見つめ、首をふるふると振り。
「そうしたら戦えなくなっちゃう」
その表情は、言葉が真実であると言わんばかりに真剣だった。
【回想・魔王城】
「ああんっ! だめえ、そんなに激しくしたらもう!」
艶めいた女の声が王座の間に響く、だがそこにいるのは屈強な男に組み敷かれた女ではなく。
「お願いっ! イクス、きてえっ!」
下着の様な鎧に、羊の角と尖った耳を持った美女が、楽しげに笑っていた。
「人を呼ぶ時くらい普通に呼べないんですか」
「へぐふっ!」
鈍い音ともに美女は奇声を上げると、
頭をさすりながら、自分に拳骨を食らわせたイクスを睨みながら抗議の声を上げる。
「ぐーは酷いと思うんだ、ぐーは」
「じゃあぱーでなぎ払いますか?」
「すんません、冗談じゃなく首が飛ぶんで許してください」
美女は両手で首を覆いながら、亀のように首を縮めてイクスを見る、イクスはそんな美女を見て、疲れたような深いため息をつく。
「それで、何か用事があったから呼んだんですよね」
「え、特には……って、ごめんなさいごめんなさい、ちゃんと用事があるので構えないでください」
美女は平謝りし、イクスの顔色を窺いながら、大丈夫と判断したのか軽く咳払いをして居住まい正す。
「いやね、先代魔王倒して魔王になったじゃん」
「なりましたねえ、おかげで僕が側近になることになりましたが」
「うん、そこは真面目に感謝してる、それでさ、先代魔王の魔王軍も倒しちゃっていないじゃん」
「確かに、四天王も倒しちゃいましたねえ」
「イクスが一人でぶっ飛ばしたよね」
「魔王を一人でぶっ飛ばした人が何を言いますか」
「ま、まあだからね、新しく作ろうと思うの、そのために、ね?」
美女、もとい魔王は、イクスに拝むように手を合わせる。
「素質ある者を探してこいと? 魔王とその配下は史上最強と謳われていたんですよ? つまりもうそんなのは……」
いるわけがない、今でこそ笑って話せるものの、四天王は実際強く、イクスとしても一人でまとめて四人相手してよく勝てたものだと思っていた。
「いるでしょ」
「人の話を……」
イクスが抗議の声を上げるより先に、魔王はイクスの眼前に人差し指を突きつける。
「四天王より強いのに魔王軍に属さずに、全くの無名の私と戦ってくれたのは誰?」
「それは……まあ」
「可能性はゼロってわけじゃないでしょ」
「はあ、まあじゃあ探すだけは探してきますけど、期待はしないでくださいよ?」
「りょーかいりょーかい頑張ってね」
そう言って魔王はイクスの頬に軽く口付けをする、普通の男なら喜ぶ所なのだが、イクスはため息をついて魔王に背を向ける。
「じゃあ行ってきますね」
言い終えるとイクスは吹き抜ける風の様に魔王の前から消える、魔王はそれを見て満足気に微笑んだ。