第一話
「わ、私は何てものを呼び出して……」
「何てものってそんな……」
「世界の危機だというのに災厄をもう一つ生み出してしまうなんて」
「危機?」
「もうおしまい……おしまいだわ」
聖少女はまるで糸の切れた人形の様にその場に膝から崩れ落ちる、イクスはその様子から軽く自分の置かれた状況を考えてみる。
勇者かと聞かれたから違うと答えたのが不味かったのかもしれない、だが魔王であるイクスが少女に私は勇者ですと嘘をつく義理もない、だから嘘偽りなく答えた。
結果としてそれが少女には受け入れ難いものだったのらしく、イクスの前で涙を流して神よ何よとうわ言の様に呟き続ける。
しかし本当に泣きたかったのはイクスの方だったりした。
「とりあえず僕まで世界の災厄みたいな言い方はやめてほしいんですけど……」
この世界に来る前もイクスは世界の災厄と恐れられた。
ただ魔王という存在なだけで。
だがイクスの言葉に少女は憎悪の限りを叩きつけんばかりにイクスを睨みつける。
「だって貴方は魔王なんでしょ!」
少女の言うとおり、イクスは魔王だ、少なくとも呼ばれる前の世界では魔王と確かに呼ばれていたし、イクスには自分が魔王だという自覚もあった。
「だからと言ってどうして僕が、この世界を破壊しなければならないんですか?」
「……え?」
少女は一瞬イクスの言葉に耳を疑った。
魔王とは世界を破壊し人々を殺し、終焉を招く者……少なくとも少女はそう教えられて育ってきた。
しかし少女の目の前にいる魔王は世界を破壊しないばかりか、何故破壊しなければならないのかと尋ねてくる。
「じゃあなんでここに……」
「そら君が僕をここに呼び出したからでしょうに」
何を聞いてるんだと訝しげな表情を向けるイクスに少女ははたと気づく、この魔王は自分が呼び出したからここにいるのだと。
「僕は望んでここに来たわけではない、君が僕を呼んだからここにいる、つまり君が僕がここにいる理由を一番よく知ってるはずですよ」
少女にとってイクスが魔王か勇者かよりも、自分を世界を救ってくれるのかが重要な事を思い出す。
「魔王イクスフォリニア様」
「別にイクスで構いませんよ」
「じゃあイクス」
「はいなんでしょか?」
「私はフリスタ王国王女アリシア・フリスタ、伝承により世界を終焉から救う勇者を願った」
「その様ですね」
「ですが結果は魔王である貴方を呼び出す事になった……」
アリシアは一度言葉を切り、イクスに視線を向ける。
イクスはアリシアの知る魔王の様な邪悪さは無い、アリシアは意を決し、言葉を口にする。
「お願い、この世界の魔王を倒して世界を救って」
「はい、わかりました」
イクスはアリシアの言葉にあっさり二つ返事で答える。
「本当に?」
「たまには良いんじゃないでしょうかね、魔王が魔王と戦うってのもそうは無いですからね」
そう言ってイクスはアリシアに手を差し伸べる。
アリシアはその手を恐る恐る掴む。
「えっ」
「どうしました?」
「あ、その……温かいなって」
「一応生きてますからね」
イクスは苦笑しながら手を引いて、アリシアを立たせる。
「それで、どうしますかね? 魔王というからには僕と同等の力を持っているとは思いますが、まさか無策に突っ込んで行けとか言われます?」
「まさか、一度城に戻るわ」
「召喚の成功を民衆に知らしめ、希望を与えて士気を高める為ですかね……ってここは城じゃなかったんですか?」
イクスの言葉にアリシアは驚いた表情を浮かべ、それをすぐに呆れた表情に変えてため息をつく。
「貴方は察しが良いんだか悪いんだか……」
「よく言われてましたねえ」
「よくって……まあいっか」
アリシアは背後にある大きな扉に手を当てる、小さく呪文を囁く。
すると扉は淡く輝きゆっくりと開いていく。
「呪文認証による開閉ですか」
イクスはぼんやりとその光景を眺めながら、そういえば魔王の城なんだから鍵の一つもつけろと、自分の世界の勇者に怒られたことを思い出す。 自分しかいないし、盗られて困る物も無いからと腐ってつけなかったが。
開かれた扉の先に広がる世界、高台の上にでもあるのか遠くまで見渡せる。
「僕のいた世界とあまり変わらないですね」
「見た目は平穏、だけど実際は魔王の脅威に曝されているわ」
イクスはとてもそう思えなかったが、アリシアの真剣な表情にそうなのだろうと思い直す。
「フリスタ王国はどちらにあるんですかね」
「ああ、あっちよ」
そう言ってある方向を指さしたアリシアの動きが止まる。
遙か彼方、アリシアの指さす先、中央に城を備えた街が見える、それが幾筋もの黒煙をあげていた。
「そ、そんな」
「アリシア、掴まってください」
そう言うとイクスは遠慮もせずアリシアの腰に腕をまわす。
アリシアはイクスの行動に驚き体を震えさせるが、すぐにイクスの言葉に従うことになる。
急転する世界、魔法も何も使わないで至るには不可能な速度、野を駆け森を跳び川を滑る。
「喋ると舌を噛みますよ」
イクスの言葉にアリシアはただ頷く。
遙か彼方に見えていたフリスタの城や街が、あっという間に近づいてくる。
そしてイクスはその目に敵を捉えた。