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前編

 あたしの友人、川崎美鈴はショタコンである。

 ショタコンというのは、つまり、少年愛好者のことで、自分の子供でもないのに、そこらを走り回っている小学生位の男の子に愛着もってしまっている人のことを言う。

「だって、だって、可愛いじゃない。純真で打算もないし、真っ直ぐで元気だし。……やっぱ男の子はあの頃が一番輝いているわぁ。それを見ても何も感じないなんて、絶対変。同年代の男よりずっと素敵なんだから。それに……半ズボンから出ている足が、どことなく色っぽくて……大人だとあの未発達故の色香はだせないわよ……」

 うっとりとして言う美鈴の方がよっぽど少女。……外見はともかく。

 あたしはあきらめの胸中で、陶酔している美鈴を尻目に、ため息をついた。

 ああ、何が楽しくて、高二の女の子が弁当食べながら、ランドセル・半ズボン少年の話をしなくしゃならないの?

 普通は、もっと別の話になるもんじゃない? 一応青春期なんだし‥‥。

 なのにそれが、口を開けば反抗期も終わりきらない、小学生の話ばっかり。

「ねぇ、毎子まいこぉ。今日は高広くん達、公園で遊んでいるかな?」

 高広たかひろ、という名にどきりとする。

「最近の子供って塾ばかり行ってて、放課後集まって遊ぶことが少ないんだもの。……つまらないわっ」

 ぷくり。大人っぽい顔をふくらませて、ブツクサつぶやく。

 そう、美鈴はどう見ても大学生、もくしはOLにしか見えないくらいに老けた顔をしているのだ。

 本人けっこうそれを気にしてたりして、ショタに走るのはそのコンプレックスの反動に違いないと、あたしは思っている。

「……きっと塾行ってて、誰もいないんじゃない?」

 例の高広はどうだか知らないけど……。

 奴は塾なんぞには通っていないはずだ。

「うう、ひどい。意地悪だわ。毎子だって彼らに会うの楽しみにしているくせに……あたし、知っているんだからね」

「じょ、冗談じゃないわっ。誰がガキ共に会うのを楽しみにしているもんですかっ! あたし、年下趣味じゃないわ」

「だって、いつも楽しそうに子供たちにまじって、遊んでいるじゃないの……」

 恨みがましい目で、美鈴ってばあたしを見る。

 あたしはぎょっとして勢いよく首を振った。本当に、冗談じゃない。

「あたしは美鈴と違って、ショタじゃないの。いやいや遊んでるのよっ」

「あらっ。あたしだってショタじゃないわよ?」

「……小学生に色香を感じるなんて、ショタ以外の何者でもないわよ。……ま、それはともかく、公園に行くなら一人で行って。あたし、あのくそガキに会いたくないの」

「え? やだっ、ついてきてよ。友達じゃない。一人で行ってもつまらないし、それに――変に思われちゃうじゃない!」

 美鈴ががっしと箸を持っているあたしの手を握りしめる。

 その反動で、箸にさしてあった卵焼が弁当箱へ逆戻りしてしまった。

「もう、充分変に思われているわよ」

 再び卵焼に挑戦しながら、あたしは高広の顔を、ぼんやり思い出していた。


 市原高広。

 あたしの母校である近所の小学校の五年生。いわゆる後輩ってやつ。

 放課後、学校のすぐ前の大きなグラウンドのある公園で玉遊びに興じているグループの中心的存在。

 子供らしいハスキーな声に、ぱっちりとした大きな目。

 思わず触れたくなるような、やわらかそうな髪の毛。くるくるとよく動く、でも賢そうな表情。

 本当に将来が楽しみで、かわいくて、美鈴がショタに走るのもうなずけてしまうってくらいの、いわゆる美少年、なんだわ。

 ――そう、外見は。

 あたしも騙されたクチよ。黙ってれば弟に欲しいと、ショタでないあたしが思うくらいだもん。

 けれど、顔がいいくらいじゃ、生意気盛りの小学生のリーダーにはなれないのよね。しみじみ思い知った。

 まず、高広は、恐ろしく口が悪い。彼の辞書には敬語という字が存在していないのではってくらいに悪い。

 おまけに超生意気。あたしと美鈴なんか、未だかつて年上扱いされたことがないくらいだ。

 更に、こっちが恥ずかしくなる程、ませている。

 子供って、大体この年齢はませているものだけど、それに輪をかけて早熟なのだ。

 ほんっと、会った瞬間に挨拶代わりに殴ってやりたくなる程の子供なの。高広って。

 それが目下美鈴の一番愛しい人だって言うんだから、ショタの趣味ってわからないわぁ。

 そりゃあ、長い目で見れば、いい男になる可能性も無きにしも非ず、だけど‥‥。

 けれど、以上の理由だけであたしは高広に会いたくないと思っているわけではないのだ。

 腕力で勝とうと思えば、勝てるもの。六歳の年齢差は伊達じゃあない。

 じゃあ、なぜ会うのを躊躇ちゅうちょしているのかというと――。

 聞いてびっくり、見てびっくりだよ。

 未だにあたしは信じられないくらいだわ……。

 ああ。悩んでしまうというより、あたしははっきり言って、悲しい……。

 だって。

 だって。


 その高広に。小学五年生に。愛の告白ってのを、されてしまったんだもの―――。



「何だ。また来たのかよ?」

 結局押し切られて、無理やり公園に連れてこられたあたしと美鈴と見るなり、高広はそう言った。

「悪かったわね。来たくて来たわけじゃ……」

「高広くん、今日は野球なのね」

 あたしの言葉を遮った美鈴の台詞に、グラウンドを見渡すと、グローブを手にした子供がキャッチボールしたり、バットを振り回しているのが目に入った。

 高広も、左手にグローブをつけている。

「あんた、どこのポジション?」

 ふと聞いてみる。すると高広はふふんっと不敵に笑って、

「オレが、ピッチャー以外の場所につくわけないだろ? 打順はもち四番だぜっ」

 ……高広は、自信家で傲慢でもあった。

 あんた、その歳で俺様ってどうよ?

「すごいっ。さっすが高広くん」

 惚れた弱みなのか、盲目なのか、美鈴はやたら高広を褒める。

 これが高広を増長させている原因だと思うぞ、あたしは。

「そうだ、毎子。メンバー足りないんだ。入るか? 小学生の球を打つ自信がなけりゃ、やらなくてもいいけどさ」

 思わずムカッ。呼びつけも気にくわないが、人を馬鹿にした態度も気にくわないっ。

「美鈴っ! やるわよっ」

 ぐっと拳を握りしめて言ったあたしに、美鈴はあっさり答えた。

「あたし、やめとく」

「あら、どうして? 具合でも悪いの?」

「うん……ううん。そ、そういうわけではていけど、さ」

「あ、オレわかった。あれだろ? 女の子の日ってやつ……」

 妙に嬉しそうに高広はとんでもないことを口にする。

 あたしはとっさに、二十センチは低い高広の頭をゴインッと殴った。

「痛ってー! 何すんだよっ。このババァ」

 ……ほんっと、かわいい子供だことっ。そのババァに愛の告白なんてことしたくせに。「お黙り、この恥知らず。とっとと守備位置につきなさいっ!」

 痛い痛いとわめく高広を、グランドの方へと突き飛ばすと、あたしは真っ赤に頬を染めている美鈴に向き直った。

「本当にどうしたの?」

 いつもは、スポーツが苦手なわりには高広と一緒にいたいが為に、参加するのに。

 美鈴は頬を染めたまま、ぼそぼそと口の中で何かをつぶやく。

 聞こえはしなかったものの、何を言いたいのか、わかった。

 つまりは、高広のバカタレが言ったように、女の子の日だったってわけね。

 美鈴はハーッとため息をついた。

「あーあ。毎子がうらやましいわ。高広くんとだって気さくにお話できて……。あたし、何話していいのか、わからないもの……」

「うらやましくなんて、ないないっ」

「おーい。毎子ぉ。早く打席に入れよ。何悠長に話してんだよー」

 グランドの中央から、高広の声がかかる。すっかり用意は整っているようだ。

「今行くっ」

 年上の意地を見せてやる。鼻息も荒く歩き出したあたしに、美鈴が声をかけた。

「毎子。手加減してあげてね。高広くんを傷つけちゃいやだからね」

「……」

 ……わざとぶつけてやる。あたしはそう決心した。



 結局、勝負は引き分け。

 あれほど望んだにもかかわらず、高広に球をぶつけられないうちに、夕日が沈んでいまったのだ。

 薄暗くなったグランドで美鈴と別れると、あたしはそそくさと歩きだした。

 悲しいことにあたしと高広は同じ町内に住んでいるのだ。

 みんながいるならともかく、二人きりになるのはまずい。とてもまずい。

 そう思っていたのに、しかし、高広はあっさり追いついてきてしまった。

「どうして、さっさと帰ろうとすんだよ」

 先にグローブをさしてあるバットを担いで高広はあたしの隣に並んだ。

「あたしは一人で帰りたいのっ。あんたは友達と帰ればいいでしょ」

「こっちの道行くの、オレ一人だもん。……あ、毎子、オレを避けてるな? そうだろ? この間言ったこと、気にしてるんだ」

 にやにや。意地の悪い笑いをする。

 図星だったものだから、あたしはかあっと赤くなってしまった。

 も、もしかして、この間の告白は、あたしをからかうためだったんじゃ‥‥?

 小学生が高校生に惚れたと考えるよりは、そっちの可能性の方が高い。とすると、悩んだ(悲しんだ)あたしが馬鹿みたいじゃないか。

 そんなあたしの考えが分かったのだろうか。高広は急に真面目な顔になって、

「言っておくけど、オレ本気だよ。悪ふざけで言ったんじゃないからね」

「……冗談……」

 ぴくぴく。顔が引きつってしまう。

 何と言っていいのか、判らなくて、途方に暮れてしまうわ。

「冗談じゃないって。オレの言うこと信じろ。男が一世一代の大告白したんだからよ」

「な、何が一世一代だ。人を待ち伏せしたあげく『オレの女になれ』だなんて。あんた、あたしを馬鹿にしてるわね?」


 そう。この間、家の前で突然立ちはだかった高広は、しばしあたしを上から下までじっと見つめ、それからおもむろに言ったのだ。

「決めた。毎子、オレの女になれよ」と。

 絶句していると、「何だか知らないけど、好きになっちまったんだよなぁ。あ、返事はちゃんとくれよな。できれば、いい返事」などと勝手に言いまくり、あたしの頭を真っ白にしたのだ。


「馬鹿になんてしてないっ」

 高広はむきになって言った。

「オレ、正直に言っただけだ。年齢だって気にしない」

「あたしは気にするのよっ。すっごくっ!」

「愛があれば歳の差なんて関係ないって、テレビのドラマで言ってたぞ」

「愛なんてないわよっ」

 あたしはなんだか泣きたくなってしまった。

 何が楽しくて、こんな道の真ん中で小学生に口説かれなくちゃならないんだ。

「心配すんなよっ。オレが愛してるからさ」

 自信満々に、高広は告げる。

 全く、こんな言葉をどこから覚えるのだろう。小学生の言うセリフじゃない。

「オレ、将来すっげーかっこよくなるんだぞ。今だってかっこいいけどさ。そのオレをふったら、毎子絶対こーかいすんぞ」

「……後悔って、漢字で書ける?」

 ぽつり、言うと、高広はぐっと言葉につまる。

 やっぱり小学生。ませていても語彙力ないや。

 もっとも頭のいい子なら答えられただろうけど、高広は、どう見たって頭いいとは思えないしなぁ。

「五年後に出直してらっしゃい。その時、あんたの言うようにかっこいい男になってたら、つきあったげる」

 高広のやわらかい頬を、両手でむにゅとつねる。

 背だって、あたしより低い。何より六歳も年下じゃないか。考えるだけで無駄無駄。

 あっさり決断を下すと、あたしは両手で頬をおさえている高広を残して、さっさと歩き出した。

「何だよ、五年後につきあうと決まってんなら、今からだっていいじゃないか。けちっ。けちな女は嫌われるぞ。そんな物好きは、オレくらいなもんだからなっ」

 背後でそんなことを高広は、わめいたのだった。



 名誉のために言うが、あたしはショタではない。そんな趣味は、全然全くない。

 あたしの理想は、背が高くて優しくて、贅沢言うなら年上の人、なのだ。

 六歳も年下は問題外。だから、悩む必要なんてない。

 ないのに、どうしてだか、気になってしまうのだ。高広のこと、そして美鈴のこと。

 実はいうか、当然というか、あたしは美鈴に高広とのこと話していない。

 だって、一応高広は美鈴の好きな人なのだ。その高広に告白されたなんて、言えないわ。

 それにあたしにだってプライドがある。

 生まれて始めてモテた相手が、小学生だなんて、笑い話にしかならない。それじゃあ、あまりにあたしが哀れだし、なんといっても虚しいすぎるわ。

 だから誰にも、特に美鈴に知られる前にカタをつけてしまいたい。

 馬鹿な感情は捨てて、前のようにケンカ友達(?)に戻ろう。そう思っているのに。いるのにっ。

 ところがあいつ、あきらめなかったのだ。

 あたしと二人きりになると――避けているのに、どうしてだかついてくる――しつこいくらいに、口説こうとするのだ。

 それでも二人きりの時、っていうあたり、けっこう気をつかっているのかもしれないが。

「毎子ってば、本当に冷たいよな。普通これだけ言えば、情にほだされて折れてくれるもんなのに……」

 夏の暑い日に照らされて、すっかり焼けてしまった頬をぐいっと手で拭いながら高広はぼやく。

 汚れをとるつもりだったようだけど、手の方が汚れていたため更に汚くなってしまった。

 夕日のせいで、赤いのか黒いんだか、全く区別つかない。

 とぼとぼと歩きながら、あたしは仕方なしにハンカチを高広に差し出した。

「へへっ。サンキュー」

 うれしそうに高広は笑って、赤色の――とは言っても本当は白いのだが、夕日のせいで赤く見えてしまう――ハンカチで、遠慮なく顔を拭った。

「だったら、情にほだされてくれる女の子を口説けばいいじゃない。それだけ熱意があれば、中にはおちてくれる女もいるかも……。そういう相手はいないの? 同世代に」

 だいたい、情にほだされるなんて、意味判ってて言っているのだろうか?

「だめだめ。あいつら、オレたちを馬鹿にしきってるもん。もっと年上の、頼れる男がいいんだってよ」

「女の子の方が、男の子より早熟だものね。同じ歳より、年上に憧れるものよ……」

 何気なく言って、ふとひっかかりを覚える。

 別にそれは女の子に限ったことじゃない。男の子だって、思春期は憧れるものだ。そう、年上の女性に。

「わかった。それだ。そうに決まってる」

「……何が?」

 怪訝そうに眉をひそめる高広に、あたしがあれこれ説明してやると、

「じぁあ、オレが毎子を好きなのは、その年上に対する憧れだっていうのか?」

 うなずくあたしを、高広は馬鹿にしきったように笑った。

「自分というものを、よく考えたこと、ある? その考えでいくなら、毎子より美鈴の方を好きになるよ。オレは」

 などと、聞き捨てならないことを言う。

「……あたしが、年上らしくないと言うのね?」

 ひくひく。抑えてるのに頬が引きつってしまう。

「だってさ、外見は高校生だけど、小学生相手に遊びで本気になるだろう? それ見てると、どうしても年上に思えなくてさ」

 ぎりぎり。歯ぎしりしてしまう。

「あれ? もしかして、怒った?」

「そこまで言われて、楽しくなる奴はいないわよ……」

 こんなとんでもないガキに好かれてしまったあたしって、もしかして不幸なのかもしれない。そう思う。しみじみと。

 高広は、外見だけはいいその顔を綻ばせ、あたしを見上げて言った。

「ごめん。でも、本当だからさ。オレが毎子を好きなのは……。憧れなんかじゃ、絶対ないよ。誓うよ。だから、少しは真面目に考えてくれよな。毎子」

 にこっと笑ったその顔は、やけに大人びていて、あたしは怒りも忘れてどきっとしてしまった。

 そして、まずいことに、その後すぐてへへっと照れてしまった高広を、かわいいとも思ってしまったのだ。

 車だけが多いくて人通りの少ない公園前の通りを、二人並んで歩きながら、あたしは、そんな自分の心に心底驚いていた。

『年下』をテーマにして書いた短編。

俺様小学生を書くのは楽しかったので、話がサクサク進みました。

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