情報屋メイト
拠点の外れ。
人目につかない倉庫裏で、新と皐月は周囲を警戒していた。
誰にも見られないように。
誰にも気づかれないように。
「……じゃあ、やってみるね」
皐月は一度深呼吸して、スキル名を口にした。
「《グレート・ウッド・ウォール》」
次の瞬間、地面から木々が伸び上がり、
皐月を包み込むように絡み合った。
厚い樹皮。
隙間のない防壁。
新は、短く息を吸って攻撃を放つ。
——弾かれた。
皐月に、ダメージは届かない。
「いいじゃないか」
新は率直に言った。
「防御系の技は、パーティだとかなり強い」
「それが……」
皐月は言いにくそうに視線を逸らす。
「ん?」
「それが……」
「……?」
「これ、私しか守ってくれないみたい」
気まずそうに、皐月は続けた。
「私専用、というか……
私だけの防御、みたいな」
新は一瞬黙り込み、それから言った。
「……まあ、自分の身を守れるのは大事だ」
「……!! うん!」
皐月は、少し安心したように笑った。
「じゃあ、もう一つも試してみるね!」
皐月は、今度は少し自信なさげに言った。
「《ライフ・ツリー》」
——何も起こらない。
「あれ?」
もう一度。
「《ライフ・ツリー》」
静寂。
「……何にも起こらない」
「スキル情報、見てみろ」
皐月は頷き、ウィンドウを確認する。
「……MP不足で発動できない、って」
「今、どれくらい残ってる?」
「……8割くらい、かな」
新は内心で舌打ちした。
(8割残ってても使えないスキルか……)
「とりあえず、回復するまで待つしかないな」
皐月は、少し考えてから言った。
「精霊と契約を増やせば、
新しい能力が使えるようになるみたいなんです」
「契約、か……」
精霊と契約すれば、その分スキルが増える。
理屈としては、チート級だ。
——問題は、精霊の居場所だ。
新は何度も周回してきた。
だが、精霊に会ったことなど、一度もない。
「……仕方ない」
新は、小さく呟いた。
「行きたくなかったが……」
⸻
トーマスには、
「装備を買いに行く」とだけ伝えた。
それ以上は聞かれない。
それが、正しいNPCの反応だ。
⸻
居住地区は、騒がしかった。
覚醒者も、非覚醒者も、
様々な人間が行き交い、活気に溢れている。
屋台の呼び声。
子どもの笑い声。
生活の匂い。
だが、その裏側。
路地裏には、
覚醒者にも非覚醒者にもなりきれなかった連中が溜まっている。
新は、そんな裏路地の奥を見た。
「新……まさか、ここ入っていくの?」
皐月が小声で言う。
「どうせなら、あっちの屋台とかが……」
「……こっちだ」
雑居ビルの影。
自販機の光が届かない場所。
男が一人、立っていた。
痩せ型。
安物のコート。
視線だけが、異様に鋭い。
「皐月、ここで待ってろ」
「え、なんの用で?」
新は男に向かって言った。
「誰もが気に入るスイーツの店を知りたい」
男は、にやりと笑った。
「そうですかい。
《ハニーメイト》って店がおすすめですぜ」
少し間を置いて、続ける。
「特に一番奥のソファー席で食べる
メープル苺パンケーキは、格別です」
「……そうか」
「おっと。
お代がまだですぜ」
新は、男を見据えた。
「もう貰ってるだろ。
伝言屋なんだから」
それだけ言って、通りへ戻る。
⸻
「用事、終わりました?」
「ああ。甘いの、好きか?」
皐月は、目を輝かせて頷いた。
「よかった。
俺は甘いの、苦手なんだ」
⸻
ハニーメイト。
店に入った瞬間、
甘ったるい香りに新は顔をしかめた。
「いらっしゃいませ!」
可愛らしい店員が明るく迎える。
「お好きな席へどうぞ!」
一番奥のソファー席。
「メープル苺パンケーキを一つ」
「かしこまりました」
「……いいんですか?」
「ああ。
全部、綺麗に食べてくれ」
運ばれてきた、巨大なパンケーキ。
皐月は黙々と、それを平らげた。
——完食した、その瞬間。
「いやー!
いい食べっぷり!
好感もてちゃうよー、皐月ちゃん♡」
「……誰ですか?」
人懐っこい笑顔。
可愛らしい容姿の少年。
「あれ?
君たちが会いたがってるんだと思ってたけど」
新は、ため息をついた。
「……真田メイト。
お前に調べてほしいことがある」
少年の顔が、ぴくりと動いた。
「名前知ってくれてるなんて、嬉しいなー」
「精霊についての情報がほしい」
メイトは、特に驚いた様子もなく言う。
「精霊なら、いくつか情報はあるけど」
にっこりと笑う。
「対価は、分かってるよね?」
金か。
もしくは、メイトが知らない情報。
「……分かってる」
「それじゃあ」
メイトは軽く手を振った。
「来週、またこの場所で!」
次の瞬間、
彼は煙のように消えていた。
「あれ?
さっきここにいた……女の子?
おじさんでしたっけ?」
皐月が、混乱したように辺りを見る。
「どこ行ったんですか?」
「……これが、メイトのスキルだ」
新は低く言った。
「認識阻害。
本当の顔と名前が一致してない相手には、
正しく認識されない」
時間が経てば、
会った顔すら忘れる。
——俺がメイトに会いたくなかった理由は、一つ。
メイトに会う条件が、あまりにも面倒だからだ。
路地裏で情報を仕入れ、
指定された席で、
指定されたスイーツを食べる。
しかも完食が条件。
甘いものが苦手な俺には、
鬼畜仕様もいいところだ。
「……皐月がいてくれて助かった」
「へ?」
新は、皐月の頭を軽く撫でる。
「本当に」
それから、言った。
「とりあえず、明日またダンジョンに潜る」
「金も必要だし、
装備も調達しないとな」
「わかりました!」
皐月は元気よく答える。
新は、明日のダンジョンを頭の中で選び始めた。




