混沌と暴走
天宮と別れた後。
新と皐月は街の通りを歩いていた。
夕方の光が建物の影を長く伸ばしている。
人通りも多く、普段と変わらない日常に見えた。
だが。
「……増えてる」
新がぽつりと呟く。
「え?」
「薬の痕跡だ」
路地の隅。
排水溝。
壁際。
小さな瓶の破片が、いくつも落ちている。
皐月も気づいた。
「確かに……目につくかも……」
新の表情が、わずかに険しくなる。
(これは……)
嫌な予感がする。
⸻
その瞬間。
「やめろおおおお!!」
悲鳴が響いた。
通りの中央。
一人の男が地面に倒れている。
体が震え、黒い魔力が噴き出していた。
「ま、また暴走……!?」
皐月が息を呑む。
男がゆっくりと立ち上がる。
目は焦点を失っている。
そして――
拳が振り下ろされた。
建物の壁が砕ける。
人々が悲鳴を上げて逃げ出した。
「新!」
「ああ!」
新は白珠を抜いた。
だが。
(……多い)
通りの向こう。
別の場所でも叫び声。
さらにその先でも。
暴走が、同時に起きている。
「これ……」
皐月の声が震える。
「薬、ばら撒かれてる……」
新の視線が鋭くなる。
(天宮)
あいつだ。
間違いない。
街の中で暴走を増やせば――
白珠の剣士は必ず動く。
それに俺だけじゃない。
皐月の力だって同時に知ることができる。
つまりこれは。
炙り出しだ。
⸻
暴走者が突っ込んでくる。
新は踏み込む。
白珠が閃く。
手首。膝。肩。
関節だけを断つ。
最小限で止める。
だが次の瞬間。
背後で叫び声。
「きゃああ!!」
皐月が振り向く。
子どもが一人、路地で立ち尽くしている。
そこへ、もう一人の暴走者が迫る。
「皐月!」
新の声。
皐月は迷わない。
地面に手をかざす。
「《アース・スパイク》!」
地面が裂ける。
岩の槍が突き出し、暴走者の足を止めた。
だが。
暴走者は止まらない。
「くっ……!」
皐月が歯を食いしばる。
その瞬間。
白い閃光が走った。
新の太刀。
白珠が滑るように振るわれる。
暴走者は崩れ落ちた。
⸻
静寂。
子どもは泣きながら走り去る。
皐月は大きく息を吐いた。
「……大丈夫?」
「こっちはな」
新は刀を納める。
だが表情は険しい。
通りのあちこちから、まだ騒ぎが聞こえる。
「これ……」
皐月が呟く。
「街中で起きてる」
「そうだ」
新は短く答える。
これは事故じゃない。
意図的な暴走拡散。
白珠の誓約。
目の前の人間を見捨てられない。
それにこの数では、俺だけでなく皐月だって力を使わざるを得ない。
(天宮……)
確信に近い怒りが胸に浮かぶ。
⸻
その頃。
街を見下ろす屋根の上。
天宮翼は静かに立っていた。
遠くで白い閃光が走る。
剣。
あの軌跡。
「やっぱり君だ」
楽しそうに呟く。
隣の信者が頭を下げる。
「暴走は順調に広がっています」
「ええ」
天宮は微笑む。
「素晴らしい」
街で戦う白珠の剣士。
それを遠くから見つめる。
「美しい」
白い刃。
迷いのない太刀筋。
そして。
守るために戦う姿。
「白珠は、本当に良い剣ですね」
天宮の目が細くなる。
「だからこそ」
声が柔らかくなる。
「その剣士は、僕のものにならないといけない」
信者が静かに頭を下げる。
「監視は続けます」
「ええ」
天宮は頷いた。
「焦らなくていい」
笑顔のまま言う。
「白珠は、必ず僕のところへ来る」
なぜなら。
白珠は――
人を見捨てられない剣だから。
そして。
天宮は一緒に戦う少女を見る。
得体の知れない力を持つ女。
凄まじい力であることは間違いない。
だが。
「美しさがないんですよねぇ」
ぽつりと呟く。
しかし。
使える駒ではある。
「今は見守りましょう……」
天宮はそう言うと、楽しそうに街の惨劇を眺めていた。
⸻
なんとか暴走した覚醒者をすべて制圧した頃には――
新も皐月も、完全に疲れ切っていた。
「新……私、限界……」
皐月はその場にへたり込み、動けなくなる。
新はため息をつく。
「……仕方ない」
皐月を背負うと、そのまま拠点へ向かった。
⸻
「新、ありがとう」
「礼を言われることじゃない」
新は短く答える。
「まぁ……もう少し体力値を上げないとな」
『まったくだ!!』
声が響いた。
皐月の契約精霊――ラピスが現れる。
『私の契約者なのだから、もっと強くなってもらわねば』
そこへもう一つの光。
『まぁまぁ!でも前より戦えるようになったし、成長してるよな?主!』
サンが愉快そうに笑う。
「うん!サンありがとう!」
皐月が笑う。
「ラピスも心配してくれたんだよね?ごめんね!」
『分かっているなら早く強くなるのだぞ!』
ラピスは照れたのか、そう言うとすぐ消えた。
サンも愉快そうに手を振りながら消える。
⸻
「やっと落ち着いたな」
「あっ、ごめん!!」
「今日はもう休め」
「うん!」
戦いの余韻が残る夜。
だがその裏で。
天宮の計画は、まだ始まったばかりだった。




