薬と対峙
暴走者の足取りを追うのは、思ったより難しくなかった。
問題は――
辿り着ける場所が、必ず途中で途切れることだった。
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「またここで止まってる」
皐月が眉を寄せる。
狭い裏路地。
古びた建物。
そして、地面に散らばる小瓶。
中身は空。
だが、残った匂いで分かる。
「薬だな」
新は瓶を拾い、指で軽く回した。
「昨日の暴走者も、これを使った可能性が高い」
「でも……」
皐月は首を傾げる。
「この薬、どこから入手してるんでしょう……」
「……」
足取りを追えはしたものの、見つかるのは使用した痕跡のある空瓶のみ。
それも作りが雑だ。
瓶の封印は甘く、ラベルもない。
粗悪品。
新は眉をひそめる。
(あいつらまで辿り着くのは難しいかもな)
聖火の集いが関わっているなら、
もっと完成度の高い薬を使うはずだ。
これは――
模倣品。
聖火の集いが作っていた薬が秘密裏に広がり始め、
それを真似た粗悪な模造品が増えた。
結果として、聖火の集いは手を汚す必要がなくなり、
裏から手を引いたのだろう。
(まずは模造品を作る連中を見つけるしかない)
⸻
数時間後。
二人は小さな倉庫に辿り着いた。
扉の向こうから、下品な笑い声が聞こえる。
「昨日のやつ、すげぇ暴れたらしいぜ」
「マジかよ!」
「まぁ俺らは儲かりまくりだし関係ないけどな」
新と皐月は目を合わせた。
間違いない。
ここだ。
⸻
扉を蹴り開ける。
「なっ……!」
中には、粗野な男たち。
机の上には瓶と薬草。
「覚醒者か!?」
「ちっ、面倒な客だ!」
男たちは武器を取る。
だが――
数秒後。
床には全員転がっていた。
皐月が軽く息を吐く。
「弱いですね」
「ただのチンピラだ」
新は机の上の薬を手に取る。
匂い。
色。
粘度。
暴走を誘発する薬。
だが精度が低い。
(やはり模倣)
「これ、お前達が開発したのか?」
倒れた男の胸ぐらを掴む。
「し、知らねぇ!」
「レシピが出回ってるだけだ!」
「裏市場だよ!誰でも作れる!」
新は手を離した。
つまり――
出所はさらに上にある。
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倉庫を出た時。
「おや」
声がした。
二人が振り向く。
そこには、一人の青年が立っていた。
柔らかな笑み。
整った顔立ち。
白い服。
「貴方達は、ここで何を?」
天宮翼だった。
⸻
「……誰だ?」
新はあえて知らないふりをする。
「失礼。名乗り遅れました」
天宮は穏やかに頭を下げる。
「天宮翼と申します」
「ただの慈善団体の者ですよ」
皐月が小さく警戒する。
だが天宮は気にせず、床の男たちを見る。
「なるほど」
「薬を追っていたのですね」
新は答えない。
天宮は微笑む。
「安心してください。私も同じ目的です」
「この薬は危険すぎる」
「街を壊します」
真剣な声。
だが新は内心で冷静だった。
(白々しい)
この男こそが、その元凶に間違いない。
だが証拠はない。
敵対すれば、逃げられる。
⸻
「あなた方は覚醒者でしょう?」
天宮は優しく言う。
「ならば、この薬を根絶するため協力しませんか」
皐月が新を見る。
新は少しだけ考えるふりをした。
「……いいだろう」
短く答える。
天宮の瞳がわずかに輝いた。
「それは心強い」
だがその笑顔の奥にあるものを、新は見逃さない。
(探りに来たな)
白珠の剣士を探しに来たのか。
それとも、薬を追うレギュラート側を警戒しているのか。
だが新もまた、探っている。
⸻
「まずは情報交換からですね」
天宮は言う。
「最近、この薬が急激に出回っていて……我々の信者の中にも被害が出ています」
そして床の男たちを見る。
「レシピが出回っているらしい」
「彼らだけでなく、別の者たちも模倣しているようです」
それは事実だった。
だから厄介だ。
本物の影が、隠れてしまう。
「あなた方も調査しているなら」
「きっと良い協力関係になれるでしょう」
天宮は微笑む。
穏やかに。
まるで善人のように。
⸻
だが新は知っている。
この男は、
笑顔のまま人を壊すタイプだ。
「そうだな」
新は静かに答える。
敵でも味方でもない顔で。
その裏で思う。
(聖火の集い)
(お前らは必ず潰す)
だが今は――
まだ踏み込まない。
⸻
天宮もまた思っていた。
(必ず君を手に入れるよ)
(白珠の剣士)
互いに正体を知りながら、
互いに知らないふりをする。
静かな駆け引きが、始まっていた。




